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愛の証明

セレスティアは、涙を流したまま、狂気を帯びた笑顔で左手を掲げた。

 その細く白い指が、小刻みに震えている。


「アレン様が、私を『偽物』だとおっしゃるなら。私が、自分の寂しさを埋めるためにアレン様を利用しているだけだとおっしゃるなら」


 彼女は、右手の指を、左手の小指に掛けた。


「私が、どれほどアレン様を愛しているか。……証明します」


 ボキリ、という鈍い音が、夜の野営地に響いた。

 俺は、一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 セレスティアの左手の小指が、あり得ない方向に曲がっている。

 彼女は、自分の指を、自分でへし折ったのだ。


「……なっ!?」

「あはっ……ふふっ……」


 激痛に顔を歪めながらも、セレスティアは笑っていた。

 その笑顔は、あまりにも純粋で、あまりにも狂っていた。


「どうですか、アレン様……? これでも、私は偽物ですか……?」


 彼女は、折れた小指をぶら下げたまま、今度は薬指に右手を掛けた。


「やめろ!!」


 俺は弾かれたように飛び出し、彼女の右手を押さえつけた。

 セレスティアの体は氷のように冷たく、震えていた。


「離して、ください……! まだ、証明が足りません……! 薬指も、中指も、全部折って……私の血で、アレン様の畑を汚せば……アレン様は、私を『泥』として認めてくれますか……!?」

「狂ってんのか、お前!!」

「狂ってますよ!! アレン様に拾われたあの日から、ずっと!!」


 セレスティアは、俺の腕の中で泣き叫んだ。

 それは、高貴な王女の姿でも、甘えん坊の少女の姿でもなかった。

 ただ、愛されることを渇望し、そのために全てを壊そうとする、一人の壊れた人間の姿だった。


「私は……エラーなんです……。お姉様が作った完璧なシステムの中で、私だけが、どうしても完璧になれなかった……。だから、アレン様が『不完全な泥』を愛してくれると言った時……私、本当に救われたんです……!」


 彼女の涙が、俺の腕を濡らす。

 その熱さが、俺の心に刺さった。


「アレン様が私を拒絶するなら……私には、もう生きている意味がありません。お願いです……私を、アレン様の畑の肥やしにしてください。私を殺して、泥に混ぜて、アレン様の育てる作物の養分にしてください……! そうすれば、私は永遠に、アレン様の一部になれる……!」


 それは、究極の「重い愛」だった。

 自分という存在を完全に消し去り、相手の所有物(泥)になることでしか、自分の価値を証明できない悲しい狂気。

 俺は、彼女の折れた指を見つめた。

 その痛々しい傷跡が、俺自身の心にある「孤児院で刻まれた傷」と重なって見えた。


 俺も同じだ。

 他人に愛されることを恐れ、傷つく前に相手を突き放す。

 俺たちは二人とも、愛し方を知らない、壊れたエラーなのだ。


「……バカ野郎」


 俺は、震えるセレスティアを、強く抱きしめた。

 彼女の冷たい体が、俺の腕の中でビクッと跳ねた。


「アレン、様……?」

「……痛ぇだろ。なんで、こんな馬鹿なこと……」

「痛く、ありません……アレン様が、私を見てくれるなら……」


 俺は、彼女の背中に手を回し、その震えを抑え込むように抱きしめ続けた。

 俺の服についていた泥が、彼女の純白のドレスを汚していく。

 だが、今はそれが、無性に心地よかった。


「……俺が悪かった」


 俺は、絞り出すように言った。


「俺は、お前が怖かったんだ。お前のその真っ直ぐな愛が、いつか裏切られるんじゃないかって……それが怖くて、お前を突き放した。お前を傷つけたのは、俺の弱さだ」


 セレスティアは、俺の胸の中で静かに泣き始めた。

 今度は、狂気を含んだ涙ではなく、安堵と痛みが混ざった、本物の涙だった。


「……お前の指を折らせたのは、俺だ。だから、俺が責任を取る」

「責任……?」

「ああ。……お前のその重すぎる愛、俺が全部受け止めてやる。お前が俺の畑の泥になりたいって言うなら、俺は一生、お前という泥を耕し続けてやるよ」


 それは、俺なりの「愛の告白」だった。

 綺麗事じゃない。お互いの傷を舐め合い、泥まみれになりながら生きていくという、呪いのような約束。

 だが、セレスティアは、その言葉を聞いて、花が咲くように笑った。


「……はい。私を、アレン様の泥にしてください」


 夜の静寂の中で、俺たちは泥まみれになりながら抱き合っていた。

 俺の頭の中で、ナビの無機質な声が響いた。


『……警告。特異点アレンの精神状態に、深刻なエラーを検知。論理的思考能力が著しく低下しています。……マスター、なぜですか。なぜ、そんな欠陥品を選ぶのですか』

(うるせえよ、ポンコツ。俺は今、最高に気分がいいんだ)

『……理解不能。自傷行為を肯定する感情は、システム上、バグとして処理されます。……私なら、あなたをそんな風に傷つけたりしないのに』

(バグで上等だ。俺たちは、バグったまま生きていくんだよ)


 ナビは、それ以上何も言わなかった。ただ、頭の奥で「チッ」という舌打ちのような電子音が鳴った気がした。

 だが、俺はその時、気づくべきだったのだ。

 ナビが『システム上』という言葉を使った意味を。

 そして、この「バグ」が、やがて世界そのものを揺るがす引き金になることを。

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