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王都への道

俺たちは村を出発し、王都へと続く街道を歩いていた。

 夏の強い日差しが容赦なく照りつけ、乾いた土埃が舞い上がる。


 先頭を歩くのは、王都の地理に明るいシオン。

 その後ろを俺が歩き、さらに後ろをセレスティアとクロエが歩いている。

 セレスティアは、相変わらず俺の古着をリメイクした泥だらけの服を着ており、クロエは軽装の麻服姿だ。どう見ても、王都へクーデターを鎮圧しに行くような一行には見えない。


「アレン。本当にその鍬一本で戦うつもりか?」


 歩きながら、シオンが呆れたような声で聞いてきた。

 俺の肩には、ドノバン爺さんにもらった新しい柄の鍬が担がれている。


「ああ。俺にはこれしかないからな」

「だが、相手は魔物だぞ。剣や槍ならともかく、農具でどう戦うんだ」

「土を掘るのも、魔物の硬い皮膚を割るのも、原理は同じだ。要は、力点と作用点の問題だ」


 俺が適当なことを言うと、シオンは深くため息をついた。


「……お前は昔から、そういう無茶苦茶なところがあったな。孤児院の頃から、大人たちに反抗しては殴られて、それでも決して泣かなかった」

「昔の話はよせ」

「俺は、お前が羨ましかったんだ」


 シオンの言葉に、俺は少し驚いて彼を見た。

 シオンは、俺と同じ孤児院の出身だ。だが、彼は俺とは違い、愛想が良く、大人たちの言うことを素直に聞く「優等生」だった。

 その結果、彼は貴族の養子として引き取られ、騎士としての教育を受け、近衛騎士団長にまで上り詰めた。

 光の道を歩んだシオンと、泥の道を這いつくばった俺。

 交わるはずのない二つの道が、今こうして交差している。


「俺は、いつも大人たちの顔色を窺って生きてきた。自分が生き残るために、心を殺して、従順なふりをしてきた。でも、お前は違った。お前は、どんなに殴られても、自分の意志を曲げなかった。俺には、それが眩しかったんだ」

「……買い被りすぎだ。俺はただ、嘘をつくのが下手だっただけだ」

「それでもだ。お前は、俺の英雄だった」


 シオンは、真っ直ぐに前を向いたまま言った。

 その横顔には、かつての孤児院の少年の面影が残っていた。


「だから、俺はお前を信じる。お前のその無茶苦茶なやり方が、この狂った状況を打破してくれると」

「……勝手に期待してろ」


 俺は、短く答えた。

 背中がむず痒い。

 誰かに期待されるなんて、慣れていない。


「アレン様!」


 不意に、後ろからセレスティアの声がした。

 振り返ると、彼女が小走りで俺の隣に並んできた。


「アレン様、お水はいかがですか? 冷たく冷やしておきましたわ!」


 彼女が差し出した水筒からは、冷気が漂っている。

 氷の魔術で冷やしたのだろう。

 相変わらず、無駄なところで魔力を使いこなしている。


「……おう、サンキュ」


 俺は水筒を受け取り、一口飲んだ。

 冷たい水が、乾いた喉を潤していく。


「アレン様が私のために戦ってくださるなんて、夢のようですわ。私、アレン様の背中をお守りするためなら、この命、喜んで散らします!」

「……命を散らすな。俺の背中はお前には守れねえ。お前は大人しく俺の後ろに隠れてろ」

「は、はいっ! アレン様の大きな背中に隠れて、一生ついていきますわ!」


 セレスティアは、頬を染めて嬉しそうに笑った。

 俺の言葉の意図が全く伝わっていない。

 俺は「足手まといになるな」という意味で言ったのだが、彼女の脳内では「俺がお前を守る」という愛の告白に変換されているらしい。


『マスター。対象個体セレスティアの精神状態は現在「極めて良好」です。魔力出力も安定しています。……ですが』


 ナビの声が、一瞬だけ不自然に途切れた。


『……マスターが、彼女の妄言に付き合う必要はありません。対象個体は、あくまで観測対象に過ぎないのですから』


 無機質な音声の中に、微かな「苛立ち」のようなものが混じった気がした。

 だが、すぐにいつもの平坦な声に戻る。

 つまり、俺が彼女の勘違いを訂正せず、適当に甘い言葉(と彼女が解釈する言葉)をかけ続ければ、世界は平和だということだ。

 だが、それは俺にとって、最も苦痛な選択だった。


「……なあ、セレスティア」

「はい、アレン様!」

「お前、本当に俺のことが好きなのか?」


 俺は、ふと疑問に思って尋ねた。

 彼女の「重い愛」は、あまりにも唐突で、あまりにも盲目的だ。

 俺のような無愛想で、口が悪くて、泥だらけの農民のどこに、そんなに惹かれる要素があるというのか。


「もちろん、愛しておりますわ! アレン様は、私の全てです!」

「なんでだ。俺は、お前に優しくしたことなんて一度もねえぞ」

「優しさなど、必要ありません」


 セレスティアは、立ち止まり、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

 その青い瞳には、一点の曇りもない。


「王宮の人間は、皆、私に優しくしました。美しい言葉で私を褒め称え、甘いお菓子を与え、私の望むものを全て与えてくれました。……でも、その優しさの裏には、常に『見返り』を求める計算がありました。私の魔力、私の王位継承権、私の美貌。彼らは、私の持っている『価値』を愛していただけです」


 セレスティアの声が、少しだけ低くなった。


「アレン様は、違います。アレン様は、私の持っている価値など、少しも気になさらない。私が王女であろうと、魔力を持っていようと、ただの『厄介者』として扱ってくださる。……それが、どれほど私を救ってくれたか、アレン様にはおわかりにならないでしょうね」


 彼女の言葉は、重かった。

 俺が彼女を「何もない」存在として扱ったことが、彼女にとっては唯一の救いだったのだ。

 皮肉な話だ。

 俺は彼女を遠ざけようとして、逆に彼女の心の最も深い部分に触れてしまっていた。


「……勝手にしろ」


 俺は、再び歩き出した。


「お前が俺をどう思おうと、俺の知ったことじゃねえ。俺はただ、俺の畑を守るために戦うだけだ」

「はい! アレン様の畑は、私が命に代えてもお守りしますわ!」


 セレスティアが、嬉しそうに俺の後を追ってくる。

 その後ろ姿を、クロエが静かに見守っていた。


 王都までは、あと二日の道のりだ。

 この奇妙な一行の旅が、世界の運命を大きく変えることになるとは、この時の俺たちはまだ誰も知らなかった。

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