9,笑えないはずの、作戦会議②
積み上げられた静寂が、厚みを増していく。それは重さを伴って会議室を支配した。
シュンボルム。
象徴たるものとも呼ばれる、特別な禍つ獣。
獣には第6等級よりその数字が小さい程個体としての脅威度が上がっていく。
それでも、よくて第1等級の禍つ獣である。ドスポネルもまたそのように考えていた。
だが、ウェンリーが言うところによれば……第0等級。
帝国が誕生してからの前後。
今日に至るまで4体しか確認されていない。
世界すら蹂躙できるほどの脅威。
流石にそれは――過大評価だ。
多くの将校たちはそのように思い、鼻で笑うものもいる。
ドスポネルもまた、そのように考えた一人だ。
「ウェンリー大佐?少々お熱くなっている様子だ。何か飲んで来るといい」
「ご安心ください、ドスポネル少将。コーヒーブレイクにはまだ早い」
ウェンリーは静かに席に着くと己の弁を述べる。
「個体αは恐らく。全力を出していないか、手加減をしている可能性が見受けられる」
そういい、複数の書類を机へ投げる。
今回の任務で全滅した中隊の生き残り。
死と生の境を今も彷徨う者たちを記したものだ。
その中の一束。
オーレリウス・ベルベットの調書を取り出す。
「……それが、なにか?」
ドスポネルは情報統括局長。当然今回の生存者の調書にも目を通している。
「…おかしいとは、思いませんか?」
ウェンリーが唐突な語り口で、問う。
ドスポネルは顎をしゃくる様に撫で、思案する。そのうえで返答する。
「どこにも見当たらないな。むしろ右腕の損失により、除隊が言い渡される結果を残念にすら思うがね」
そう返す男へ、ウェンリーが改めて問う。
「何故、見当たらないのか?」と。
ドスポネルは意味が解らない。という顔になる。
それは、ほかの将校たちも同様であった。
ウェンリーは小さくため息をつき、言葉を足す。
「何故、個体αは生存者を出すような真似をした?それこそ…オーレリウス二等兵に
至っては右腕に損傷を負っている。であれば――」
「いい加減にしたまえ」
ぴしゃりと、ドスポネルが口を挟む。
ウェンリーはここで、自分を鑑みる事ができた。
小さく深呼吸をする。
「…申し訳ありません。ご進言通り、コーヒーブレイクは必要ですね。ですが」
そういい、再び口を開く。
「私がコーヒーを飲む前に、これだけは考えて頂きたい。オーレリウス二等兵の右腕は完全に炭化し、崩壊するほどの火力で焼かれている」
――それなのに、なぜ彼はそれ以外の部位にほとんど火傷を負うことなく。
―何故、生きていられるのか?
瞬間、生まれる。
「それ」への、疑問。
―何故、生きている?
――右腕を完全に焼き切られているにもかかわらず。
ドスポネルの眉間に、皺が寄る。
「つまりなんだね。彼らは、見せしめとでも言いたいのか?」
自分に関わると、こうなる。
それを示す実例。
だから個体αは―――。
特にオーレリウス二等兵の右腕だけを焼失したうえで、生かした。
だがしかし、ウェンリーから帰ってきたのはかぶりを振る動作だけだった。
「あいにく私は、禍つ獣とお喋りに興じたことはありません。ですが、見せしめであれ個体αが卓越した炎の魔法を扱うことを…自ら証明したことに他なりません」
対象を生かしたまま、体の部位一つを完全に炭化させるほどの瞬間火力と熱制御能力。
個体αがその気になれば、気付かないうちに炭の人形へとなるだろう。
だから、ウェンリーの言葉につながる。
―まずは、専門家の仕事だ。
そういう事である。
ドスポネルは静かに、顎をしゃくるように撫でた。
ディスプレイを眺め、結論を下す。
「…多数決の結果、ウェンリー大佐以外全員賛成だ」
席を立つドスポネル。
「つまり、そういうことだ」
ウェンリーは、腕を組む。
「えぇ、残念ながら。そういうことみたいですね」
秘書の通信機器へ小さく着信音が鳴る。
周囲へ断りを入れたのち、秘書が連絡を行い。
ドスポネルへ共有される。
「…今しがた、調査部隊の編成と準備が整った。現時刻をもって個体αの調査任務を開始する。各将校は連携を怠らず個体αの発見に努めること。これをもって会議は終了とする」
そうして各将校は立ち上がると、各々の関連組織へ連絡や確認を始める。
ウェンリーはそれに倣うように会議室を後にする。
自分もまた、連絡を入れる。
調査への協力ではない。
「…アルハンブラ。私だ」
かつて、戦場を共にした戦友。彼へ再び連絡を行う。
電話越しに、移送用車両が大地を駆ける音が聞こえる。
「懐かしいな…その音。スパルトイの骸骨どもとやりあった時以来か」
僅かに、脳裏によぎる光景。
それを掻き消すように首を横に振ると、再び通信機器を耳へあてがう。
「キャバリエと、クブレイへ伝えてくれ」
一拍置き、ウェンリーの口角が上がる。
「…我々竜騎士大隊は情報統括局への協力要請を受け、現時刻をもってタランカッタ周辺調査を開始する」
――私がただ、あてずっぽうに弁を述べ、偉そうにふんぞり返っていただけと思うなよ?ハゲジジイ。
通信機越しに、ノイズ交じりの声が聞こえる。
そうして、ウェンリーは命ずる。
「キャバリエ・ノーラン軍曹及び、クブレイ・スコッチフィールド伍長へ通達。タランカッタでの待機を解除し、個体αの調査を開始せよ」
既に自身の部下を待機させ、この作戦開始と同時に即時状況を開始する。
それくらいは造作もない。
だから
「情報統括局のノータリン共よりも早く見つけ、両名生きて私に報告しろ。オーバー」
両名で生きて報告する。
これが何よりも、後々に効いてくるのだ。
ウェンリーにとって唯一の気がかりは…
個体αがまだ本気を出していない。
この懸念が、かなりの精度をもって確信を得ているという点であった。




