6,乾いた笑い
竜の甲殻に突き立てられたメスが、ギリギリと音を立てる。
しかしながらその甲殻を貫くことはなく、呆気ない程の静寂だけがこの場を支配していた。
達観しているように俺の行動を見ていただけの竜。
――静かに、笑うな。
叫びのようでもあった。
願いのようでもあった。
ひたすらに、身勝手な代物。
それでも、叫ぶことしかできなかった。
スカイブルーの瞳が、動く。
はっきりと俺を向く。
周囲に浮かぶ青白い文字。
――燐光文字。
この世界における魔法の詠唱を代替する業。
それが、竜の周囲を踊る。
大地が隆起する。まるで槍のように地面より突き立てられていく。
俺と背後にいた衛生兵がその衝撃を防ぐように、腕を前に出す。
鎖を破壊し、竜が身を翻す。
衝撃。
俺の胴体を打ち据える黒いもの。
竜の、尾。
黒真珠のような甲殻を持つそのしなる一撃が俺へと叩き込まれる。
左腕では防ぎようがなかった。
そのまま崩されるように大地を転がる。
倒れ、呻く。
だが、生きている。
それほどに、竜も弱っていたのだろうか。
それとも。
生かしておいたのか。
竜を見上げる俺の眼に、スカイブルーの瞳が映る。
怒りとともに、まっすぐ俺へと向けられる。
それが何を意味しているのか、聞いたわけでも竜が吼えたわけでもない。
だが、俺にはそれがわかった。
スカイブルーの瞳の向こう。
炭化し失われた翼。
本来そこには立派な翼があったのだろうが、根元から失われている。
その怒りの意味するところを、俺が知らぬ素振りはできない。
ふざけるな。
この後に何が続くのか知る由もない。
俺は竜の言葉を知らない。
竜は、人の言葉を話さない。
だがそれでも、この時お互いに通じていた。
はっきりと、俺は認識することができた。
ゆっくりとその場で起き上がろうとする俺の手を引く衛生兵。
自身の肩に手を回し、俺を支える体勢を取る。
「何考えてんだ!この大馬鹿野郎が!」
怒号が飛ぶ中、俺はそれどころではなかった。
むせぶ。喉の奥からこみ上げるものに堪えられなかった。
どろりとした、赤い液体を吐き出す。
粘性を帯びたそれが、血液であることまでは認識できた。
だから俺は、衛生兵に伝える。
「あばら、肺に行ったかな?」
静かに笑う俺を、衛生兵が再び怒鳴る。
「そんなに死にてぇのなら、こんな自殺まがいな真似するんじゃねぇ!」
そうして、腰のホルスターに携行していた小型のダーツガンを構える。
「一人で勝手に死んでろ!人をキレさせる天才が!」
衛生兵が竜へ向かいダーツガンの狙いを定める。
引き金を引く。
僅かなガスの放出音とともに、ダーツが発射される。
それが竜へと刺さろうとする。
甲殻に阻まれると、思われるだろう。
だがそれは、普通のダーツであったらの話だ。
ダーツの先端部が淡く光を帯びる。
竜が驚く間もなく、そのダーツは竜の甲殻を水に沈むように溶け込む。
スカイブルーの瞳が、揺らぐ。
その場に崩れ落ちる竜を尻目に、衛生兵が一息つく。
「…対大型生物用の、内部浸透型特殊弾頭だ。中にたっぷりと即効性の沈静化魔法が詰まってる」
安心させるためなのだろうか。解説を述べる衛生兵を見ていた時、既に俺は。
再び、その意識を手放そうとしているところだった。
意識が戻ったのは、衝撃を肌で感じた時であった。
拘束服に身を包んだ俺は、他の怪我人と同様に運送用のトラックに積まれようと担架で運ばれていたところであった。
―――ここから――
―死にたがりが―――――
――――帰ってきただけ、いいものを――
――どうして、こんな奴が―
薄い意識の中で、俺は。
口を動かす。
知るかよ、馬鹿。
と。声になるはずだったものが空気と混ざり、消えていく。
途中、アルハンブラを見つけた。
僅かにそちらへ、頭を傾ける。
誰かと、連絡を取っているようであった。
――ふざけんじゃねぇぞ!―
何か、怒っている?
――――何考えてやがる!―
――あぁ、わかったよ!
そういい、アルハンブラは通信機器を握りつぶして通話を切る。
養父が物に当たるときは相当、キテいるときだ。
他の兵士へ命じるアルハンブラに対し、何かを反論している。
だが、最後には渋々といった様子で了承していた。
彼らが、俺という積み荷を車両から運び出す。
どこへ、連れていくつもりだ?
答えは、すぐにわかった。
大型車両の荷台の上で丸まって眠る竜。
その傍らへ、投げ出されるように積まれた。
兵士たちが竜の拘束を確認していく。
全てのチェックが終わったその時。
まるで、選別だとでもいうかのように。
拘束具の上へ、それを乗せる。
銅製の、これまた竜を模した小さなバッジ。
帝国の旗印。国竜アールマを模したもの。
下位名誉除隊勲章。
そして兵士は、にこやかに笑う。
さよならだ、とでも言うかのように。
荷台へ、防護魔法が発動される。
周囲を光の膜が覆う。
屈折し、歪んで見える空の景色を呆けながら眺める俺は。
その頬が、緩んでいた。
竜の食費を浮かせるにしては、随分と効率的だな。
下を向いて、乾いた笑いが零れてしまった。
俺と竜をのせた、トレーラーが動き出す。
遠のく景色が、俺にはより一層深く歪んで見えた。
滲んで、見えてしまっていた。




