表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/18

5,静かに、笑うな。

 ひらひらと、無を纏うように右袖が舞う。


 それが現実なのだと、視界の端から告げられているようだった。

 俺はベッドから立ち上がれる程度には体の調子を戻すことができた。


 失ったものだけは、戻る訳もないが。


 俺は立ち上がる。

 

 アルハンブラからの言葉が、胸中に深く突き刺さる。


 ――残った左腕で、何ができるのか。よく考えろ。

 俺は呻きと苦痛で包まれた治療室を後にし、どこへともなく歩き出す。


 右足を引きずるように、ずるずると歩く。

 何度も、右を向く。

 行きかうトラックと、兵士たち。

 

 任務自体は完了している。それ故に皆無貌ではない。


 だがその顔はどこか、重苦しい。

 

 それでも

 その原因たる一人である俺がその時、意識を向けていたのは。

 風に揺れる、己の右側だけだった。


 外に出て、空気でも吸おう。


 そう思い立ち、俺は歩き出した。

 

 一歩、一歩。

 引きずるように、歩いていた。



 そこにあったのは、変わらず分厚い雲である。


 第一雨期に差し掛かるであろうこの季節。

 そのうち、大雨が降るかもしれない。


 行きかう兵士たちの視線が、俺へ向く。

 誰もが、傷を見ている。

 皆が、傷を見ていた。


 きっとそれは、俺の右腕だけではないのだろう。


 死んでいった者たち。

 俺のように、軍学校を出たばかりの者もいた。


 それが、今や禍つ獣の血肉とともにあそこに残されているのだ。

 中には完全に「焼かれて」しまい回収すらままならなかったものもいた。


 道行く中で、話が漏れ出る。


 耳を立てることもない。

 静かであれば、自然と聞こえてくる。


 

 遠慮する余裕すらない。

 皆も、傷ついているのだ。



 ――あいつは、どうだ?―――


 ―虚無――数日中には―


 ―――――入隊してまだ、アイツは―――


 鏡のような仮面の奥より出る、兵士の顔。

 俺はもう、それにはなれない。

 生き残ってしまったから。


 別に死にたいわけではない。ただどうしても、思わずにはいられないのだ。


 ――自分じゃない誰かが、と。



 そうして、ふらふらと歩く俺に声をかける兵士たちもいる。


 「……大丈夫か?」

 「怪我の具合は?」

 「もういいのか?」


 大丈夫でも、いい具合でも、何より…いいわけないだろうが。


 心中でどれだけ毒づこうとも、言葉にすることはなく俺も兵士たちへ声をかける。


 「大丈夫だったか?」

 「怪我はなかったか?」

 「大丈夫か?」

 

 俺はいつものように、言葉を交わす。

 大丈夫ではないだろう。


 「それ」により焼かれたのは、俺の右腕だけじゃないことくらい。

 俺にだって、わかる。


 そうして、言葉を交わしながら静かに歩みを進める。


 ずるずる、と右足を運び。

 ずりずり、と左足を引きずる。

 そうして、俺は出会った。

 

 あの飛竜に。

 どういう訳か鎖に繋がれ、身動きを封じられている。


 思い出そうにも、一つしかない。


 あの飛竜は、俺を食おうとした。

 捕まっているのも、きっとそれに由来するのだろう。


 じっと、飛竜を見る。

 黒真珠のように、僅かに煌めく漆黒の甲殻。

 中型飛竜のようだ。

 相応の体格を持ち、一対の翼と四肢を鎖が縛る。


 何より、あのスカイブルーの瞳。


 間違いない。

 アイツだ。

 俺はそう思い、竜を見ていたその時。

 

 竜も、俺を見る。

 あの時のように。

 

 静かに風が俺へ吹き付ける。

 竜は目を細め、俺を見ている。

 俺はただ静かに、竜を見ている。


 だが、それだけであった。


 竜は、ふいとそっぽを向く。

 そして何かを諦めたように、瞳を閉じてしまう。

 俺の前で、眠る様に。


 

 俺の奥で、何かがこみ上げてくる。


 同じだ。

 同じだった。


 「それ」に感じたものと、同じなのだ。


 ――期待外れだった。


 何を勝手に期待していた。

 何を勝手に考えていた。

 そのうえで。


 何を勝手に、決めつけていやがる。



 それは、怒り。

 明確なまでの怒り。

 

 俺は足を引きづり、竜のもとへと迫る。

 麻酔が切れたのだろう。右腕がじくじくと痛み始める。

 まるで右腕が、そこにあるかのように。


 痛む。


 

 竜を見ていた衛生兵が、俺を止める。


 「何をしているんだ。オーレリウス二等兵」

 そういい、俺を止めにかかる。


 だが、聞く耳なぞ持ち合わせていない。

 衛生兵が持っていたトレイの上、その中で最も殺意を持つものを掴むと竜のもとへと迫る。


 それは、医療用メス。

 曇天の空を映し、鋭利な刃が静かに光っていた。



 衛生兵が俺を羽交い絞めにして制止を促す。

 正しいのはそっちだ。


 でも、それでも。

 俺はためらわない。


 振り上げた医療用メスが竜の甲殻へと突き刺さる。

 

 絞る様に、声を上げる。


 「…お前もなのか!」

 ――俺を勝手に決めつけ


 「お前もなのかよ、クソが!」

 ――俺を勝手に見放すのは。


 ――静かに、笑うな!

 

 俺の叫びが、静かに。

 だが確かに、声として響いていた。


 風が、竜のほうへと吹いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ