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4,バカバカしくて、笑えてくる。

 再び微睡む。


 長く、じれったい無音の余韻がどこまでも続いていくようだ。


 僅かばかりの覚醒。

 そこではっきりと感じる、「終わり」。


 何とも、呆気ないものじゃないか。


 そう思えると、なんだか。

 ――バカバカしく、思えてしまった。


 口角が僅かに上がり、声が漏れる。

 俺は、笑っていた。

 くだらなすぎて、笑ってしまった。

 

 無音の余韻の中には、なにも響かない。

 笑っているつもりの、俺だけがいた。



 ―先生、患者が――


 ―――脈拍――



 ―あの子は――――――


 ―――お言葉ですが、もう――


 途切れた音。

 雑音混じりのラジオを聴いているようだ。

 それが、だんだん意味を持ち始める。


 ―意識が、戻って――――


 ――――――を、――追加。


 そして、俺の左手に感じるものがあった。

 暖かい、感覚。

 熱くない。

 でも、冷たくもない。

 

 慣れた感覚。


 その手を引かれるように、闇が、晴れていく。



 ――鎮痛剤の投与量を増やすな。

 男の声。


 ―縫合不全で化膿している。消毒を――

 女の声。

 

 そして鼻をかすめる濃い臭い。

 肺の奥が急に熱を帯びるような。得も言えぬその臭い。

 消毒液の、濃い臭い。


 俺が次に聞いたのは、規則的な機械音。

 94/78  87

 意味のある数字の羅列。


 俺が今も、生きているという意味を示す羅列。

 確かに今、張り裂けそうなほど心臓が痛い。

 

 そして、左手を見る。

 自分の手をまんべんなく覆う。大きな手。

 こちらを見るように、しゃがんでいる。


 だが、そのルビー色の瞳を見た時。

 「それ」が重なる。


 二つしかないはずの瞳。それが揺れる。

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 手を握っていた男が声高に叫ぶ。

 「早く来い!現世に帰ってきた衝撃で、ショックを引き起こしてる!」

 


 俺は無数の男たちに抑え込まれる。

 左腕に小さな痛み。それは注射であった。


 心臓が早鐘のように鳴り響く。肺が踊り狂う。

 全身の血液が暴れまわるように体を跳ねあげる。


 それらを力ずくで抑えるかのように、筋肉が締め上げられていく。

 ただ、叫ぶことしかできなかった。

 それが、落ち着くその時まで。


 男の手が、離されることはない。

 男は、改めて俺を見やる。


 ルビーの瞳。

 裂けた左頬からむき出しになっている歯。


 よく知っている男だ。

 

 男が、俺をじっと見る。

 静かに、口を開いた。


 「お帰り、オーレリウス。あの世はどうだった?クソガキが」


 俺は、静かに周りを見た。

 呻きと、苦痛にもだえる声。

 叫びと、死臭が支配するこの場所は――。


 「…野戦病院。か」


 俺が静かに呟くと、固いベッドの上で体を動かす。

 起き上がろうとしたところを、男に制止される。


 俺は質問にまだ答えていなかったと思い、返答する。

 「何もなかったさ。アルハンブラ」


 アルハンブラ・カザンドラは、俺の言葉に鼻を鳴らす。

 「生意気言えるのなら、平気そうだな」といい、俺の手を開放する。


 そうして、俺の右側へと移動する。


 「さて、どこからどう話をすればいい。オーレリウス」


 そういい、俺を見下ろすそのルビーの瞳。


 僅かに、「それ」が視界の端でちらついてしまう。

 違う。

 この男は、違う。


 そう強く念じることで、「それ」を振り払う。


 「軍学校を卒業して早々、任務遂行を成し遂げるとは恐れ入った。おかげで当初の目的は完遂出来た」


 だが、とアルハンブラは苦々し気に言葉を濁す。


 「別部隊とはいえ、上官として誇りに思う…だが」

 

 ぺちり。と俺の頬をアルハンブラが打つ。

 痛かった。痛みの奥でじんわりと体が熱を持つ。


 「狩りに浮かれたのか?二等兵の分際で先行とはよくやる。本来なら相応の処罰モンだ」


 本人なりに、「上官」としての責務を果たしているつもりらしい。


 だが、深いため息とともにその場に座る。


 「…まぁ、なんだ?今はもう過ぎた話だ。なんにせよアレの襲撃で俺たちが到着した時には…全部、しっちゃかめっちゃかに焼き付くされていた」


 そういい、俺の着ている服。

 禍つ獣に裂かれていた服の右裾を握り、現実に見せる。


 そこにない。

 あるはずのものが。


 ――右腕が、ない。


 俺は静かに、右の裾を握る。

 ジョークでも、マジックでもない。


 服の中には何も詰まっていない。

 布だけが、だらんと降りている。


 「オーレリウス。お前は近日中に除隊命令が下るだろう」


 アルハンブラの、瞳が変わる。


 あの日みた時からずっと、俺を見ていたその瞳から。

 「陸軍第2師団所属・少尉」の眼に。


 そしてまた、その目に代わる。

 俺にとっていつもの眼。

 養父の、顔に戻る。


 「ここから南方に、帝国軍病院の一つがある。治療ののち、正式に一般人だ」


 名誉の負傷。と捉えるよりも。

 どこか別の意味で、アルハンブラは穏やかさを俺に向けている。


 「全部終わったら、メ―レーンとベールーンのところへ帰れ。そしてゆっくり考えればいいさ」


 俺の頬を打った手で、俺の頭をなでる。

 同じ程度の、ぬくもりが伝わる。


 「残った左腕をどう使って生きていくか…きっと、ここよりは楽しいさ」


 そう、告げるのだった。

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