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3,笑みもなし

 意識が、燃える。


 熱さは感じない。

 炎が渦巻くその光景を、俺はよく覚えている。

 忘れるわけがない。

 忘れさせてくれない。記憶が繰り返し、それを見せつけるのだ。


 あの日から、ずっと。繰り返されるその光景。


 臭い。

 感覚。

 音。


 全部、何も変わらない。今もそうだ。


 悲鳴が聞こえる。絹を引き裂くような声だ。

 聞き慣れた、女の声。

 制止を促す叫び声。

 聞き慣れた、男の声。


 燃える。

 はっきりとその赤は、俺の記憶に張り付いている。


 いつものように、繰り返される。

 赤に染まる白。それが炎と混ざり、赤を増す。

 溢れる、赤。

 べったりと赤く塗れた手。


 小さく、幼い手だ。俺がいつもその手を見ている。

 その手が、何をするのか。

 いつだって、同じ展開を迎える。


 柔らかい感覚。

 弄ぶように、引き裂くように。

 その感覚を感じる。


 爛々と、炎に包まれた景色で。

 赤へわずかに刺し込まれた白も。

 陰りの黒に混ざっていく。


 赤。

 黒。

 白。



 全部、混ざっていく。

 混濁していく。

 

 幼い手が、柔らかいものに触れる。何度も、何度も。触れている。


 ぞぶり、ざぶり、にちり。

 触れる。

 ぞぶり、ざぶり、にじり。

 触れる。


 いつだってそうだ。

 俺はこの炎の中では、いつだって苦しくない。

 苦しまなくていいんだ、と思わせられる。


 そうして、いつも最後に見る。

 ――「それ」を。



 俺の鼻孔が、咽るような臭いを肺一杯に吸い込む。

 拒絶反応を起こすように咳き込む。

 それが、仲間のものであったと感じ取る。

 それくらいには、世界をはっきりと捉えることができた。


 だんだんと、音を集める。

 少しづつ、世界のピントが合う。


 夢の時と同じ、爛々とした赤。木々を喰らい続ける熱と木々の弾けるような音が悲鳴を上げる様に聞こえる。


 なんて、呆気ない余韻(アウトロ)


 静かに燃える、森。

 それが、揺れる。上下へ規則的に。


 既に空は夕暮れを迎えているようだった。

 灰色の雲、その奥に紫と橙が混ざり合っていた。


 やってくる。濡れた炭のような、得も言われぬ臭いを漂わせながら。

 規則的な揺れとともに、姿を現す。

 無貌の、兵士が吊るされている。腹を頂点に、だらんと垂れる。

 喰われているのだ。


 飛竜。

 炎を掻き分け現れた、世界と混ざり合いそうなほどの黒い飛竜。


 俺のことなぞ気にする素振りもなく、死肉を貪る。

 燃える赤に、より深い赤が音を立てて混ざりゆく。それすら意に介さず喰らう。


 固いものが砕けるような、響く音がする。


 俺の眼前に落ちてきたそれは、俺と同じあった。

 鏡のように磨かれた、無貌の顔。

 それは俺に、よく似ていた。



 右腕に疼くような痛みを感じながら、俺が体を動かそうと身をもたげる。

 だが体を持ち上げられず、這う芋虫のようにその場を蠢くことしかできない。


 そして、眼が合う。

 竜のスカイブルーの瞳と。


 今しがた咥えていた仲間を一口で喰らい、口を濡らしながら。

 ゆっくり、こちらへと迫る。


 俺は、どうすることもできなかった。

 右腕から感じる痛みが、苦悶を帯び始める。

 

 それなのに、右腕は。

 指一つ、動かすことができない。

 感覚がないはずなのに、苦痛が襲い掛かる。


 俺がそれの意味を考える間もなく、竜が眼前に迫る。


 暫く、見つめ合う。

 言葉はない。

 

 ただお互い、じぃと見つめ合った。


 俺は、竜の瞳を見つめる。

 竜は、無貌の鏡面を見る。


 俺の左腕が、竜へと伸びていく。

 なぜそんなことをしたのか。我ながら理解できない。


 だがその手は、竜へと触れる。

 きっと赤く塗れているはずの、黒い甲殻へと静かに触れる。


 竜の視線が、俺の左腕に注がれる。


 燃える。

 燃える。


 やがて――

 

 燃え尽きて。

 燃え尽きた。


 その中で、ただ静かにそこにあるスカイブルーの瞳には、未だ燃え尽きぬ色があった。


 静寂が、破られる。

 竜が首を軽く動かすだけで、俺の左腕が払われる。再び地面へと体が沈んでいく。


 そうして、俺が次に見た光景は。

 赤い、闇。

 「命が果たす役割に巡せよ」と、竜に告げられたかのように。


 俺の意識は再び闇の奥へと消えていくのだった。

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