2,笑わないのか?
森を突き進む、無貌の兵士。
鏡の如きその顔には人としての個性はない。
皆、一様に一つの意味しかない。
帝国軍人である。ただ、それだけである。
森の奥から響く爆音。
誰かの得物が歌う音。
禍つ獣の咆哮。
悲鳴と、絶叫と、命令。
無軌道な音楽を聴いているようだと、俺は感じた。
俺の手に握られたカービンライフルは餌を欲しがるようで、発射した弾丸の分だけ軽い。
「まだ腹五分はあるだろ」
と、誰に飛ばすでもないジョークを口走る。
戦況は、帝国側の優勢に傾いている。
帝国軍学校を卒業して早々の「獣狩り」任務。
何十回と、シミュレートでこなした状況展開であるが。
そこに命のやり取りが加わるだけで、全ての重みが圧し掛かってくる。訓練では決して感じることができない肌に伝わる感覚。
本物の、生きた「死」がここにはある感覚。
全くもって、笑えるわけがない。
カービンライフルとともに、俺は再び戦場を駆ける。
炸裂音。
衝撃音。
双方の銃が放つ発砲音。
無軌道な音楽が、鳴り響いていた。
まだ、まだだと。
これがAメロでしかないと。
今にして振り返れば。
本当に、まだこの時の戦いは「サビ」にすら至ってはいなかった。
カービンライフルが歌う。
腹の内から声を吐き出すように、発砲音が禍つ獣を撃ち貫く。
赤が溢れだし、大地を濡らすその獣。
先程の奴より小さくもさらに素早いその獣。
ところどころに淡く光るその文字の羅列が意味するもの。
魔法。
人ならざる者たちの、人では到底至れない力。
それを、持っている。
だが今は、こちらが「狩る側」である。
空になったマガジンを切り離し、再装填を行う。
「状況は?」
俺は右耳へ挿しているイヤホンを手で押しあて、言葉を発する。
『状況は最高だ、オーレリウス二等兵。お前がでしゃばっていることを除けばな』
どうやら、先行し過ぎているようであった。
それとも、本当に「でしゃばって」いるのだろうか。
なんにせよ、軍人としてやることは一つだ。
俺はカービンライフルを低く構え、移動を再開する。
薄暗い森の奥を、帝国軍人たちが進む。
禍つ獣を、狩るために。
その、はずだった。
そうだった、はずだ。
そうして俺がそれを見た時。
――「サビ」を、迎えた。
炎
明らかに、異質な熱量を放つ。
伸びる。
喰らう。
燃える。
それが無貌の兵士たちを狩る。喰らうように、貪るように焼き尽くしていく。
戦場の、リズムが転調する。
銃器の炸裂音。
砲火の響く音。
全部を飲み込むように、炎が逆巻く。
赤々と森を包む炎は、僅かに俺へ届く。
火の粉を払うように、左腕を振るうとカービンライフルの引き金を引く。
空気を震わせるような、カービンライフルの攻撃。
それは炎に舐めとられるように飲み込まれ、消えていく。
届かない。
「クソッ!」
俺はそう毒づくと近くに生えている樹木へ身を転がす。
人を飲み込むほどの火球が樹木を貪る。
バチバチと悲鳴を上げる樹木を背に、駆ける。
そうして、仲間だったものの得物を掴む。
はらはらと、黒と白が混じった灰が零れる。
ボルトを引き、残弾数を確認する。
鏡のようなその顔に、炎が映る。
仲間の「死」が映る。
即座に構えを取る。
「それ」の意識が僅かに仲間へと向いていた。
祈らず、奢らず。
引き金を引く。
赤を裂き、「それ」へ届く弾丸。
僅かに、「それ」が揺れる。
当たった。
だが、それだけであった。
「それ」の眼が、こちらを見る。
赤い、四つの瞳。
それがまっすぐ、俺を見る。
期待するように。
失望するように。
怒りのように。
だが、「それ」は。
――笑っている。
「それ」は笑っているように、俺は感じた。
オーレリウスに、告げているようだった。
――笑わないのか?
と。
排莢。
地面に零れる薬莢。
再びボルトアクションライフルを構えた俺の瞳に、殺意が滲む。
「…クソが」
小さく毒づき、引き金を引く。
殺意を届けるように、弾丸が「それ」へ迫る。
はずだった。
弾丸は炎へ消えていった。
違う。
炎が近い。
削がれた肉。
内に見える火傷痕。
燃えている。
俺の、右腕が。
俺の命が。
一瞬で焼き熔かされる。
意識が、業火の熱と苦痛に歪む。
倒れ伏す俺を見るように、「それ」の視線はまだこちらを向いている。
周囲をうねり、意志を持つかのような炎が喰らう。
仲間の命と、次々と。
その中でさえ、視線はこちらを向いている。
再び、意識が滲む。
今度は急速に。色と音を黒く奪いつくしていく。
遠くで聞こえる音。
空の灰色は、わずかに黒を帯び始めている。
息ができない。
空気がただ出入りしているような錯覚、肺が発作を起こしたかのように暴れる。
何より。
先程、俺を襲ったあの熱を。
もう、感じない。
ふざけるな、と叫びたくなった。それを震わせる喉から漏れるのはただの呼気。
揺れていて、滲む視界の奥で未だに「それ」はこちらを見ていた。
――笑わないのか?
獣が、オーレリウスへそう問い続けているように感じた。
声が聞こえたわけじゃない。
響く。重苦しいように、軋むように。
俺の認識よりも、もっと近く。
耳の奥、それよりも深いところ。
それが、聞こえる。
俺は、吐き捨てるように答える。
声すら発しないはずの喉から、「それ」へ伝わる様に。
―笑えねぇよ。
そう告げることができた。俺はそう思う。
今度はさっきよりも深く。
遠く、黒く染まる。
落ちゆく意識の中で、「それ」が俺から視線を外した。
――期待外れだ。
俺は、そう告げられたような気がした。
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これからが、爆笑モノです。




