17,誰の手の上で
薄暗いその部屋に移されたモニターの一つで、オーレリウスがベーレーンという羊属の女性に耳を引っ張られている光景が映し出される。
マロック院長はため息交じりに通信機器を手に取ると、よく知ったコールナンバーを打つ。
接続を知らせるノイズ音が僅かに耳の奥へと流れゆく。
《よぉ。そっちはどうだ?》
そしてよく知った声が通信機器越しにマロックへと届く。
「どうもこうもありません。これでオーレリウス二等兵に監視のことは確実に露見したようなものですよ?」
そう自身の上官であり、自ら師と仰ぐ男。
――ウェンリー・ギルベルトjr.大佐へ苦言を呈する。
《相変わらず心配性だな、お前は》
「慎重派、と言ってください」
通信機器越しに、僅かにコンクリートを蹴るような小気味のいい音が混じる。
「アールマで何を?」
マロックの問いに、ウェンリーはただ静かに返す。
《…ブリーフィングさ。あと、よく解ったな》
「帝国領内において、床材にコンクリートを使用しているのはアールマを含め5つ。そのうち」
マロックが時計を眺める。
「…あなたが朝から向かう用事があるとすれば、仕事ついでに推しの看板娘に会いに行くご予定があるのでは?」
《男に俺のスケジュールを見抜かれるとはね。なまったか》
「スケベジュールの間違いでしょう?」
《言うねぇ。お前も推しの女は一人くらい作るといいぞ?人生に華が咲く》
そう言われたマロックは、静かに画面を見る。
複数の職員とともに見るその光景の奥では、義母と不出来な息子の押し問答を眺める竜という珍妙な光景が広がっている。
だが、それからすぐに目を離す。
「散りゆくものに、あまり想いを馳せると…心が持たないものでね」
《そんな、ナイーブな奴でもないだろ。それで》
ここからが話の核心だ。とマロックは察する。
《あの羊属のレディと、我らが二等兵君は感動の再開中。ってところか?》
「えぇ、家族団欒で過ごしてますよ。我らが大佐はお心が広いお方だ」
一拍置き。
「帰りの列車に向かわれる彼女たちを、追いかけた部下の心境を鑑みないところを除いて。ですが」
《そういうもんだろ。俺とお前と、アイツらは》
「よろしければ、あなたがなぜあそこまであの二等兵に…いえ」
――――ノイズがわずかに、揺れる。
「あの竜に、何を求めているのですか?」
ウェンリーは何も答えない。
そういう男だ。彼のもとでいろいろ教わり、酸いも甘いも叩き込まれたときから。
彼は、存外核心を語らない。
悟ってほしいわけじゃない。
信頼していないわけじゃない。
彼にとって、それが都合がいいからだ。
そのせいで振り回されるこっちの、身にもなってほしいものだ。
《大尉。一つだけ忠告をしておく》
「聞きましょう」
《タランカッタ周辺に現れた個体αについては聞いているな?》
「資料として、ですが。それが?」
《もう一度よく読んでおいたほうがいい》
「…了解しました」
《あぁ、あと》
コンクリートを蹴るような音が止まる。
《そこまでわかっているのなら、理解できるはずだぜ?…む、これじゃ忠告は二つになっちまったな。まぁいい》
そういうと、別れの挨拶もなく通信が切れる。
マロックは席を立つと、背後にあるファイルケースの中から真新しいファイルを引き抜く。
個体αに関する現状までの調査資料。
そこにオーレリウス・ベルベットの履歴も当然載っている。
悍ましい炎と、焼け爛れた人の形をした炭。
その奥からこちらを覗く、赤い四つ眼。
マロックは黙読ののち、即座に動き出す。
「私にも、理解できるか…か」
もし、マロック自身の「考え」が当たっているのなら…
「弟子を試すような真似は、どうかと思いますよ」
こぶしを握り締めながら、素早く部屋を後にしていく。
資料の通りなら。
自分が考えていたことがそのまま当てはまるのなら。
もし、あの竜を何かに使うというのなら。
…ふざけている。
帝国軍病院タランカッタ支部、中央データサーバー室へ向かったマロック。
そこから出てきた部下が、焦燥した様子で声をかけてくる。
「マロック大尉!丁度よかった。今…」
そういう部下を通り過ぎるマロックは、呆気にとられる彼へ声を飛ばす。
「この病院周辺に現在展開している帝国軍調査部隊の、現在地点を教えてください」
――彼らが、殺されてしまう前に。




