18,役目を果たせ
サーバールームに存在する大画面モニターに映る複数の点。
それが表す色は味方であるという識別だ。
ニール・デズウェル少佐率いる調査部隊がタランカッタ北方。先の獣狩り任務が行われた地点周辺に散会していることを示唆している。
当該地域に取り残された獣や帝国兵の死体により、周囲一帯が紫色の「瘴気地帯」を表す。
この世界において、老衰を始めとした「死ぬべき要素」以外の死を迎えたものが多く存在する場所ではこうして人の内に宿る「マナ」が腐敗することで生まれる「瘴気」と呼ばれる物質が立ち込めることがある。
これを瘴気地帯と呼び、ある特殊な状態になる。
その一つが、アンデッドなどの「虚無の怪物」を生み出す温床となること。
もっとも、調査部隊がそれらの対応のために派遣されたわけがない。
――個体αの残滓を獲得し、情報収集を行うためだ。
そのため、瘴気地帯へ突入する前に周辺の調査から行っているのだろう。
マロックは素早く近くにあった通信機器を手に取る。
資料をめくり、記されているコールナンバーを手早く入力する。
ぶつぶつと、途切れ途切れの回線が焦燥感を煽る。
《こちら、ニール・デズウェル少佐。貴官の名前と階級、所属を述べよ》
「マロック・ゲローイ大尉。帝国軍病院タランカッタ方面支部院長です。早急に耳へ入れたい情報が」
しばしの沈黙ののち。
《提言を許可する》
と返事が聞こえる。
「では、手短に…早急に撤退を。こちらにて受け入れの準備を進めます」
《…意図が見えないな。あまりに手短にし過ぎだ》
マロック自身も、思っている以上に自身が焦っているとこの時気が付く。
だが、時にはこの焦燥こそが相手に響かせる心境であることも学んだことだ。そのまま会話を続ける。
「それだけ、事態は急を要している。ということです」
その言葉ののち、通話の向こうで
《シーッ》
と静寂を流す息が零れた。
しばしののち、ニールのほうから再び会話が再開される。
《…一応、撤退の理由をうかがっても?》
マロックは、こういう時に最も有効な切り札を知っている。
「ウェンリー・ギルベルトJr.大佐がまた何か、企んでいる様子です」
《……あぁ、クソ》
それが何を意味するのか、マロックにはわからなかった。
我が師への恨み節か。
己の早計さか。
それとも。
ブツンという音とともに、通信が途絶する。
…遅かったという意味か。
何にせよ、マロック自身に出来うる最善策を取ること。
それが結局、多くを救える。
内部通信用のマイクを繋ぐ。
病院全体につながるスピーカーがブツッという独特な音を鳴らす。
「現時刻をもって、当病院は非常警戒態勢へ移行します。各兵士は割り当てられた担当に従い、配置についてください」
その言葉とともに、病院内へ赤い光が点滅し始める。
兵士の動きが、慌ただしさを伴いはじめる。
「これは、訓練ではありません…繰り返します。これは、訓練ではありません」
マロックは静かに、それでいて額に汗を浮かばせながら言葉を続ける。
「救出部隊のうち、AからC班はすぐにサーバールームへ。防衛部隊は各セクションにて兵器の起動プロセスを開始してください。通信は以上」
マイクから離れたマロックが眼前に映るモニターの一点を凝視する。
黒い点。
一つだけの、黒い点。
未確認識別個体。
現状においては、個体αの識別色だ。
「何故、個体αが出現を…?」
近くにいた兵士が驚愕の色を露わにしている。
「知りませんよ。私と個体αは友達ではありませんので」
そういうマロックの元へ、装備を施した無貌の兵士たちがやってくる。
漆黒のマスクと外套。手には各々配備された装備が握られている。
「救出部隊。AからC班。現着しました」
そのうちの一人が声を上げる。
マロックはそちらへと向き直る。
今から自分は、それを告げる。
喉に鉛が詰まったように、重くなっていく自分の口を懸命に開き彼らへと告げる。
「現在、ニール・デズウェル少佐率いる調査部隊が禍つ獣との交戦状態に移行したと思われます。識別色は…個体α」
マロックは、彼らに告げなくてはいけない。
この病院にいる多くの怪我人と、戦えぬ者たちのために。
今、死にゆくものたちのために。
「あなたたちの任務は、調査部隊の救出及び個体αの牽制です。準備が整い次第、第1整備室よりエア・バイクを使用し…現場へ、急行してください」
兵士たちは皆頷き、隊長の激とともにその場を離れようと動きだす。
言った。
言ってしまった。
命じてしまった。
――死んで、来いと。
その言葉の重みが、マロックの肩にのしかかる。
自然と、拳が握りしめられた時だ。
施設を、響かせる音がする。
びりびりと、地鳴りのように。
そうして、皆がそれを見た。
施設の壁を破壊して突き進む、漆黒の竜と。
左腕だけでしがみつく、愚かな二等兵の姿を。




