16,さすがに笑える。
閉まった扉の奥で、歩みを進める複数の足音。
それが遠のいていくのを感じる。
再びその扉が開いたとき、養母たちがいないことを少しだけ祈った。
1時間にも満たないはずの面会時間で、寿命がごっそりと削られたような気分になる。
何度も自分に声をかける。
彼女たちを嫌うことはない。恐れることもない。
ただ、どう向き合ったらよいのかわからないだけだ。
彼女たちとの出会いは10年ほど前。
その時、俺は売れ残りの奴隷孤児であった。
考えてもみてほしい。
年端もいかないせいでロクな力仕事もできず、家事も何もできず。
その右腕から頬にかけて走る火傷痕。
愛玩用としても売れない。
奴隷商人にさえ犬のような扱いを受けてきた。
それにすんなりと耐えることができていたある時に、アルハンブラに買われたのだ。
あの時目の前で交わされた軽い電子音と「5Q」の表記が、今でも俺の目と耳から離れることはない。
そうして、俺はメーレーンと、ベーレーンに出会った。
あれから10年。
こうして立派な役立たずに育った。
――さすがに笑える。
思わず口角がわずかに上がる。
再びドアを開け、入ってきた兵士にその顔を見られた。
「家族と出会えたのがうれしかったか?顔が笑ってるぞ」
嘲笑ではない。
純粋な同情心から出てきたであろうその言葉を、俺はかぶりを振って否定する。
「そういう訳じゃない」
兵士へ応えると、俺は立ち上がる。
今の俺に、おあつらえの場所。
ガラスケースへ戻る時間だ。
首をかしげる兵士へ再び俺は告げる。
「そういう、ことじゃないんだ」と。
再びガラスケースへと戻された俺を確認したのか、竜がこちらを見る。
左腕をじっと眺めているようで、その実遠くを見ているように呆けている様子の人間に興味を抱いた様子だ。
俺はその竜へ、残った左手を払うように動かして声をかける。
「気にすんな。俺にも色々あるんだよ」
竜が鼻を鳴らすと、再び眠りにつくように丸くなる。
最近ではこんな風になんとなく俺が言っていることが伝わっているように感じる時が多くなった。
体感的なものであり、実際のところどうなのか不明だが。
竜という種族そのものが、基本的に知能が高い種が多いと聞く。
あの黒竜もそうであるのならば、ここでの付き合いの中で俺の会話を理解している可能性もある。
であれば、声をかけ続けた意味もあるものだ。
夕食として出された本日のメニューは、塩を振った野菜と鶏肉だ。
病院ということだから健康面に配慮してか、やっぱり薄味である。
ビールやウイスキーが飲みたいだの、煙草が吸いたいなど宣うつもりはないが。
このままでは体だけ健康になってしまいそうである。
せめて調理したものを食いたいものだ。
ここでの生活に慣れてきたためか、だんだんと欲深くなるのは人の性だと思うが、同時に眼前の竜も塩味に飽き始めている様子だ。
竜にも欲深いとかあるんだな。などと考えながら思わず口に零してしまう。
「メーレーンのオニオングラタンスープと、ベーレーンの焼いたパンが喰いてぇな」
旬を迎えた春ごろに数日以上にわたってしつこく出てくるオニオンスープの残りで作られる上に、ベーレーンの焼いたパンはいたって普通のパンだ。何なら割安の雑穀パンだったことも多い。
俺自身そこまで食に関心があるわけでもないが、何日にもわたって出てきたオニオンスープがようやくなくなったという合図みたいなものである。それを喜ぶ他の居住者もいたらいだ。
ベーレーンの焼いたパンに至ってはシンプルに固い。
それでも今の動物園以上、牢獄以下の食事に比べたら幾倍もマシだ。
などという意味が口からこぼれた時、思いがけない反応があった。
竜だ。
鶏肉を丸ごと焼いただけの代物をかみ砕きながら俺のほうへと寄ってくる。
スカイブルーの瞳が俺を離さない。
一体どういうことだ?
俺が疑問に思いつつも、案外すぐ答えが出てきた。
「……食ってみたいのか?アレ」
頷くこともなく、肯定の一言もない。
ただ無言でこちらを見る。だがその視線が全力の肯定を意味していることくらい俺でも理解できた。
「あのなぁ。ここがどこかわかってるのか?病院だぜ。病院」
そう言い、喰いかけのキャベツを口に放り込む。
咀嚼ののち飲み込んで、再び竜へ声をかける。
「…出るわけでねぇだろうが、ボケ。さっさと寝るぞ」
そういう俺は次の日。
何故かこのガラスケースの向こうにいるよく見慣れた2人の羊属が、こちらを見ているところで驚愕のあまり飛び上がってしまった。
そして同時に、確信した。
やはり監視されている、と。




