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15/18

15,親子の問題

 オーレリウスの考えていそうなことを察することができないほど、メーレーンとベーレーンが義理の息子に興味がないわけではない。


 沈んでいた男の顔を軽く指で小突くメーレーン。

 「ほら、またそうやって一人でふさぎ込んでる」


 シルキーホワイトの体毛と白い肌が俺の顔面の傍まで寄せられる。

 仕事着と言いつつ、純粋に気に入っているという理由でクラシカルスタイルのメイド服を着用しているメーレーンが優しく俺の首へ手を回す。


 「もう大丈夫だから。初陣なのに大変だったでしょ?」

 しっかりと彼女の胸中へ抱きかかえられた俺は、静かに目を細める。

 

 温かい。

 夢で見るあの感覚とは違う。


 同じ熱のはずなのに。

 炎のような熱さではなく。

 血とともに溢れる生温さなどではない。


 生きている。という熱。

 彼女たちのもとで暮らすようになってから、こうしてメーレーンに抱きしめられることはたびたびあった。


 そのたびに、思うのだ。

 この熱を感じていい権利は、俺にはないのだ。


 何度も

 幾度も


 この腕に抱かれるたびに、安心感よりも、愛情よりも。


 後ろめたさが勝ってしまう。

 そうして解放された俺に今度はベーレーンが迫る。

 抱き寄せるわけではない。


 両手で俺の顔を掴み、自分へまっすぐ向くように矯正してくる。


 ベーレーンの黒い肌と、シルキーホワイトの体毛。

 メーレーンの趣味に付き合わされる形で着用しているメイド服。

 その目つきは、とても鋭かった。


 「だから言ったはずだ。軍に入っても碌な目にあう訳がない…これで分かっただろう?」


 そのシルキーホワイトの体毛に僅かに濡れている個所を見つけた時。

 俺は少しだけ、彼女の言葉が内側に響くように感じた。

 

 「右腕一本で済んだのなら十分幸運だ。戻ってこい愚息」


 冷たい態度。

 彼女から優しい言葉が出てくることはない。


 「ベーレーン?あなたこういう時ぐらい、もうちょっと…」


 そういうメーレーンに眼付きそのままで睨め返すベーレーン。

 苦笑いを浮かべている様子を鑑みるに。


 ベーレーンは相当お冠だ。


 こちらを振り返ったその琥珀色の瞳。

 その瞳に映る亡者のような男。

 紫水晶のような瞳を持つ男。


 まだ命があるだろう?

 右腕がないだけだ。

 お前は、私たちの愚息だ。

 帰る場所なら、もうあるんだ。


 言葉には出ない。

 だがそのように俺には聞こえて仕方がない。

 

 俺が世話になって以降、生きるための方法を叩き込んできたのはベーレーンであった。

 掃除に始まり、炊事や洗濯。

 生きるために必要な最低限の勉学もベーレーンに夜通し叩き込まれたものだ。


 教えを求めた覚えはない。

 ただひたすらに、「必要だから」と叩き込まれた。


 その顛末が、これなのだ。

 情けなくて仕方がないだろう。飛び出すように彼女たちの元を離れ。

 軍学校へ飛び込んだ。


 学校でアルハンブラに何度も辞めるよう迫られても、止まることなく突き進んだ。


 結果が、これだ。

 初陣にて重傷を負い、下位名誉除隊勲章の鈍い輝きを得て。

 右腕と仲間を失った。


 何ともふがいない。


 ベーレーンとは特に揉めたのに。せめてもっと戦うべきであった。


 せめて、アイツを…。

 炎の奥。

 あの四つ眼を持つ。獣。


 アイツと…刺し違えてでも殺せればよかった。


 その結果炎に巻かれ、灰塵となったとしても。


 俺にはそれくらいの末路がお似合いだ。

 中途半端に生きるくらいなら。

 あの戦死者の一人として埋もれていたかった。


 だから、俺はベーレーンの眼をまっすぐ見られなかった。

 

 それをすぐに矯正するベーレーン。

 顔は、笑っていない。


 そうして、やっと解放された。

 「また来る。今度は着替えを持ってな」


 ベーレーンが面会室のドアを叩く。外に待機していた兵士がドアを開け、彼女たちを通す。


 そうして去り際にベーレーンが俺に告げる。

 「もう逃げるな。生きることから」


 これ以上の問答は、もうなかった。

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