14,そこにあるもの。
兵士たちに連れられ、向かう先はいつもの医務室ではなく別の道を通っていく。
道中ほかの患者を横目で見る機会があった。
全身を包帯と組織液にまみれたもの。
猿轡を噛ませられ狂気と悲鳴を押し留められているもの。
腹へ無数のチューブが挿入され、注がれる薬液と栄養によって命を繋いでいるもの。
それぞれの家族や知り合いなのだろうか。傍らに寄り添い涙を流す人たち。
俺はまだ、幸運だったのかもしれない。
いや。
負傷者の誰かと入れ替わり、苦しみながら死んだほうが…俺にとっては最適な末路だ。
少なくとも右腕がないだけの、人間だ。
誰かが涙を流すこともないだろう。
この中の誰もがこちらを見ているように感じた。
瞳の奥に映る俺は、どう見えているのだろうか。
どうして、俺なんだ。
俺だけが、この程度の傷で生き残れたのだ?
「それ」による殺戮の中で。
戯れに引き裂かれ、焼き尽くされた同胞たちの亡骸。
芋虫のように這い回りながら生命の境界線を苦悶と絶望の中揺蕩い続ける生存者。
俺だけが、右腕一本で済まされている。
まるで、見せつけるように。
共に戦った者たちへ。
戦わなかった者たちへ。
晒されている。
俺は、そう感じずにはいられなかった。
少し癒えてきたためか動かしやすくなった足を、思わず早く動かしていく。
誰だってそうだが、俺だって好きでこうなったのではない。
そういいたくなる口を、頑なに閉じた。
通された場所は、どうやら応接室のようであった。
兵士がドアを開けたその時。
俺が応接室の奥にいたその人たちを見た時。
あの愛おしくもなんともない無機質なガラスケースの中へと戻りたくなった。
羊属の獣人。シルキーホワイトの体毛と琥珀色の瞳、特徴的な巻き角が同じようなのは双子だからだ。
白い肌を持つ方がメーレーン。
黒い肌を持つ方がベーレーン。
オーレリウスの腰ほどしかない身長が、椅子に座っていることで僅かに底上げされている。
「……あ」
メーレーンのほうが先にこちらへ気が付いた。
ベーレーンとともに俺のほうへ駆け寄り、失われた右腕を示すように揺れる服の右袖を触れている。
そうして、二人は俺を見る。
メーレーンが右袖を引き寄せ、近くに顔を寄せる。
そして、頬を叩いた。
じんわりとした痛みが、染みわたる様に広がっていく。
「この、馬鹿っ。馬鹿ぁ!」
その瞳に浮かぶものが涙であることぐらい…俺でもわかる。
だから、俺はメーレーンに声をかける。
「すまない…泣かないでくれ」
俺に、泣かれるほどの価値がある訳がない。
溜まっていく涙と釣り合うほどの価値はない。
そう思う俺にベーレーンの手が伸びる。
まるで見透かされているかのように、容赦なく頬を叩く。
「…なら心配をさせないでくれ。愚息」
その言葉に似つかず、琥珀色の瞳がわずかに赤ぼったくなっている。
メーレーンと、ベーレーン。
帝国領、アールマの東方地区「イースト・ドラゴニア」で労働者向け下宿を運営している。
アルハンブラと旧知の仲であるが、夫婦ではない。
だがどういう訳か…俺の、養母に当たる。アールマにおいて養子縁組の妙を思い起こさせたことは今に始まった話ではない。
付き添いの兵士たちがドアを閉め、3人だけの空間になった時。
感動の再会というものを堪能することとなった。
俺にとっては、最悪のシチュエーションに他ならない。
アルハンブラの言葉が、再び脳裏をよぎる。
―残った左腕で、何ができるかを考えろ。
竜と共にいるという奇妙な経験を通している中で思い出さずに置いていたことが、今再び眼前に突き出されたように感じてしまうからだ。
感謝はしている。孤児だった俺をここまで育ててくれたのだ。恩義を感じないほど薄情ではない。でも、俺は彼女たちが苦手であった。
綺麗だった。
心が、透き通っている。
火傷痕をもつただの孤児だった俺に対し愛を向けてくれた。
だから、苦手だった。
その愛を。
その慈悲を。
受ける権利なんて…俺にはないのだから。




