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13/18

13,突き立てられた中指

 突き立てられた中指が、暗闇の奥へ向けられる。

 それに対する返答は、ない。


 「ま、なんでもいい」


 俺はそう呟くと、透明の壁を背にして眠ることにした。

 室温などは適度なものに調整されているのか、病院服であっても布団をかぶらずとも眠るには問題ない。


 透明の扉が開き、骨だけになった雄牛を持ち出す職員の姿を尻目に眠る。

 眼前に竜を構えるようにして。

 あの甲殻は布団にはならないからだ。

 

 一日の終わりは、あの夢だ。

 「それ」を見て、目を覚ます。


 目を覚ます。

 脂汗と荒い息を伴いながら。


 ここでの生活が始まった。

 

 起床と同時に、虚空に向かって中指を突き立てる。

 食事の後、朝には職員に連れられる。検診とリハビリを受けるためだ。

 特に焼き払われた右腕の火傷痕を集中的に調べられる。


 昼には竜のいる透明な牢獄へと戻され、共に飯を食う。

 本日は何匹かの豚が丸まると焼けている。


 がつがつと貪る竜を尻目に、俺もその焼けた肉を喰らう。

 完璧なのは食感と舌ざわりだけ。

 塩すら振られていない味付けには、どうにも疑問が残る。


 午後には再び連れられ、運動の時間。

 運動場には運動用のボールや道具が揃えられている。

 取り敢えず外周をずっと歩き続ける。

 

 検診を受けたのち、再び牢獄へ。

 肉を食って、寝る。


 そんな生活。

 一日の終わりに、あの夢を見て。

 また明日が来る。


 ある日のことだ。

 俺が片付けに来た職員に対し、声をかける。

 「肉本来の味ばっかだと飽きちまう。せめて塩でも振るか、野菜を出してくれよ」


 その日の食事は、大鍋一杯に敷き詰められた温野菜が塩すら振られずにやってきた。


 「俺、イジメられてんのか?」

 思うところは多数あるが、退役軍人に対しあんまりな扱いじゃないのか。


 とはいえ、数日ぶりに口にできる肉以外の代物だ。


 手に取ったキャベツは丸ごと煮られており、未だ熱を持っていた。

 火傷していてもここは病院だ。治療してくれるだろう。


 そう思った俺はためらうことなく熱々のキャベツへ齧りつく。

 独特の僅かな甘みと、膨大な水分が口腔内を襲う。

 繊維質を噛み切って咀嚼する俺を見ていた竜が、しげしげと野菜を眺めている。

 

 皮が剥かれただけのニンジンへ齧りつき、咀嚼する。

 動物園にでも送られた気分だ。

 要望を聞いてくれるだけ、まだましだろうが。


 竜は目を白黒させながら色々な野菜を喰らっていく。

 ……意外にも、気に入ったらしい。


 ひとしきり食事を終えた一人と一匹はそのまま何をするわけでもなく相対するようにお互いを見ている。

 消灯時間を迎え、周囲が暗闇に包まれたとしても。


 俺と竜は、お互いを見続ける。

 こんな事くらいしかやることがない。


 暗闇の奥で、相対するスカイブルーと紫水晶。

 どちらかが眠りに落ちるその時まで、そうしている。


 俺はその後、いつもの通りだ。

 夢にうなされる。

 「それ」を見て、おしまいだ。


 脂汗とともに目を覚ませば、もう見慣れつつある天井の照明。

 奥にある、暗闇に向かって。

 挨拶代わりに中指を立てる。

 俺にとって、ここ数日の「おはようの挨拶」となっていた。


 またさらに、数日が経過した。

 今朝の食事は蒸したジャガイモ。

 

 当然、塩もバターもない。


 竜もここ最近は飽き始めている様子で、ジャガイモを指先で器用に転がし。

 観念した様子で口の中へと放り込む。

 爪に刺して、飴玉でも放り込むように。


 器用なものだ。


 出されたものに一々ケチをつけるような性分ではないが、せめて塩でも振ってくれと思い始めている。


 今日来た職員に、文句でもつけてやろう。

 食事を終えたのを確認したのか、早速職員たちが食器を回収しようとやってくる。

 透明の壁が開き、中へと入ってきた者たちへ声をかける。


 「おい、毎日ごちそうをご苦労さん。そんなところ申し訳ないが――」


 職員が、どよめいた。

 視線はこちらにはない。


 どういうことだ?


 視線の向こう。竜のいる位置へ俺も目を向ける。


 俺は、思わず笑ってしまった。


 そりゃ、そうだろう。

 職員に向かって、竜が。


 ――中指を突き立てていたのだから。


 検診の時間となり、俺は職員に連れられてその場を後にする。

 この時、竜が俺を見ている。

 面白半分に声をかける。

 きっと何か面白いことが起きそうだと。

 スパイスの足りない生活へ一味加えてやろうと。

 口角を、吊り上げる。

 

 「あれは、おはようの挨拶じゃねぇよ」

 竜は黙っている。

 だが、こちらを向いたままだ。


 「宜しく、クソッタレ。っていうときに使うんだよ」

 言いたいことを言った俺は、再び検診を受けにその場を後にした。


 ややあって。

 昼に出された雄牛の丸焼きには、仄かに塩味が付いていた。

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