12,見てんじゃねぇぞ。
マロックから差し出された手を、俺が眺める。
ブラウンとシルバーの瞳の奥からこちらをみて、微笑んでいる。
柔らかな笑みを浮かべる大尉殿へ、俺は返答する。
「気味が悪い」と。
俺が放つ言葉に、周囲の兵士たちの視線が集まる。無貌のマスクの奥では、驚愕の色を浮かべているやもしれない。
マロックは、静かにメガネをクイと上げる。
「上官に対し、随分な物言いですね。二等兵?」
大尉殿のお言葉に、進言する。
「だからだ。何故自ら二等兵如きの顔を見に来た」
二等兵とは、帝国軍において最下級の一般兵卒である。
戦場の中で傷つき、死んだところで。
――尉官が出てくることは、葬式くらいしかありえない。
軍曹であればまだ理解はできる。
アルハンブラの場合、養父とはいえ縁組としての家族だからだ。
何の縁も所縁もない大尉殿がわざわざ二等兵へ手を差し伸べるだろうか?
映画の一幕で見たような光景だ。
現実的には、ありえない。
マロックが、伸ばした手を引き戻す。
「成る程。噂通りの男ですね……オーレリウス・ベルベット」
「そりゃ、どうも」
俺が軽口で返した時点で、周囲の兵士の一人から後頭部目掛け殴りつけられる。
トレーラーの荷台へ頭を叩きつけられる。
マロックが荷台を降りると、手を上げる。
機械の駆動音。
荷台ごと、その場から動き出す。
視界の端で、マロックが手を振る。
静かに、ほくそ笑みながら。
「ようこそ、帝国軍病院タランカッタ支部へ」
とだけ告げるのだった。
俺の頭が解放されたのは、四方を透明な壁で覆われた空間に竜とともに詰め込まれてからだった。
拘束服を脱がされると、自由になった左腕を軽く振るう。
暫く、この中を歩き回る。
足を引きずり、周囲を歩く。
四方を囲む透明な壁は実のところ五方。天井までも覆っていた。
出入り口と思わしき場所へ僅かな線が見える程度だ。
奥へ延びる長さから相当に厚い。
ずるずると、背中を引きずるように壁へ寄りかかり、小さくため息をつく。
くぅ。
落ち着いたためか、再び体が空腹を訴える。
「……腹、減ったな」
その瞬間。こちらへ迫るものがあった。
微睡みから覚めた竜が、ゆっくりと歩み寄る。
距離を、詰めてくる。
俺は、左腕を掲げるように上げる。
――まずは、左腕から。
こちらの希望を汲んでいるのか?
それとも、単に喰いたい部位であるから?
なんでもいい。
竜とどこかで繋がっているようなこの錯覚を味わえた方が、重要だった。
だが、竜はその左腕を顔で払うと。
俺へ顔を近づける。
こうして何度目か……お互いの瞳を見続ける。
まるで、何かを確かめ合うかのように。
竜の腹から唸るような音が響く。
思わず自分のことを棚に上げ、吹き出してしまう。
ドアが開かれ、良く焼かれた雄牛の丸焼きが登場したことで、竜はそっちを貪り始めた。
どうやらフラれてしまったようだ。
ため息交じりに、竜がまだ齧っていない雄牛の部位へ手を伸ばし口へと運ぶ。
しっとりとした肉質が口の中へ広がっていく。
ほとんど味付けのない、牛本来に備わった肉の味だ。
人が食べるには、塩気が足りない。
これ以外に運ばれないことを鑑みると。
――仲良く食べろ。ということだろう。
俺は肉を咀嚼しながら天井を見た。
透明な壁の上で、白く照明が輝いている。
確証はないが、確信できる。
マロック・ゲローイ大尉。おそらくあいつがどこかからこちらを見ている。
ここに来るまで、妙なことばかりだ。
「それ」にこの右腕が炭になるまで焼かれたことが原因なのか。
何か別の要因なのか。
竜とともにトレーラーに担ぎ込まれることはよっぽどなことでもない限りありえない。
直前にその竜とひと悶着起こしている人間であればなおさら。
普通、距離を取るはずだ。
何を狙ってやがる。
……いや。違うか。
何を、欲しがっているんだ?
なんにせよ、俺は。
ここではないどこかへ、示すように。
闇へと向かい、中指を立てた。
「見てんじゃねぇぞ。変態」
――わざとらしく、にやけた。




