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11,俺を喰らえ。

 朝日が、防護魔法の奥で揺らいで見える。

 トレーラーの揺れが、俺たちに確認できる数少ない感覚となっている。


 俺は、再び目を閉じる。

 竜の甲殻。

 体が当たるたび、強めのマッサージが腰を襲うような錯覚を覚える。

 だが人間とは不思議なもので、だんだんと苦痛にも適応し始めている。


 

 俺は、意識が遠くなるのを感じる。

 眠る。

 たとえあの光景が、再び広げられると知ってはいても。

 人は、眠らなければいけないのだ。


 そうして、俺の世界は再び炎と悲鳴に支配される。


 カーテンに、炎が燃え移る。

 高そうな調度品が、燃え盛る棚ごと崩れ落ちる。

 ここは、家だった。


 いつものように進み、いつものように。

 「それ」を見る。



 ゆっくりと、瞳を開く。

 トレーラーの上で、拘束服に繋がれた体が静かに揺れている。

 時計もないこの空間では、揺らぐ外の光景からおおよその時間を導き出すしかない。

 既に日はのぼり、空から世界を照らしている。

 

 くぅ。


 体の内から、音が木霊する。

 思い出した。

 今日はまだ何も食べていない。逆算的にそろそろ目的地へ到着したとしてもおかしくないはずだが。


 一応、床でカタカタと音を立てて小さく跳ねている下位除隊勲章。

 帝国軍人が作戦参加に基づき軍務続行が困難になった。

 言い換えれば「帝国のために戦い、傷つきつつも帰還した」事への讃辞の勲章だ。


 上位除隊勲章もある。

 棺桶の中で、安らかに眠る死者の胸元へ括られる、金の標だ。

 死者には、名誉を。

 生還者には、讃辞を。

 上位と下位の差は、生きているか。

 死んでいるしかない。

 だからこそ。

 少なくとも、飢えさせるようなことはないはずだ。名誉の負傷にて除隊した兵士へ、帝国軍はそこまで淡泊ではない。

 

 だがどうだろう。

 背中を大きく揺さぶる、その音を聴けば誰だって帝国軍への疑念が浮かぶ。

 低く響くその音。


 竜の、腹の音だ。

 俺は苦笑いを浮かべる。

 俺が空腹であるように。

 竜だって空腹のはずだ。


 竜の瞳がこちらを向く。透き通ったスカイブルーの瞳一杯に俺の顔が映る。

 刹那、あの夜がよぎる。


 炎とともに現れた竜。

 傷つき、それでも立つその姿。

 深々と牙を突き立てられた、仲間だった肉の塊。


 鏡のように磨かれた、無貌の顔。黒塗りのマスク。


 記憶の奥からこちらを見る。

 スカイブルーの竜の瞳に照り返すように。

 

 俺を、見る。


 虚ろなるそちら側から。

 こっちへ来いと。

 お前も、こっち側だろうと。


 無貌が、俺を見る。



 だから。

 俺は、竜の瞳を見る。

 紫水晶の瞳が、スカイブルーの瞳を見る。

 瞳の奥に映る、無貌を見る。

 もっと奥。

 ずっと奥にあるもの。

 炎の中で「それ」を見る。


 「それ」が、いつだって囁きかけている。誘うように。


 今も答えはない。

 ――残った左腕で、何ができるか。よく考えろ。


 養父からの言葉。

 中尉ではなく、アルハンブラ・カザンドラという男からのせめての鼓舞。


 未だ、答えは出ない。


 ゆっくり、言葉を紡ぐ。


 「俺を、喰うのか?」

 竜へ問う。

 答えない。


 「俺を、喰って……それから?」

 竜へ問う。

 答えはない。


 俺は、未だその瞳を見続けている。

 深淵からこちらを見る無貌を。

 深い闇へ眼を向ける、内なる夢から「それ」が見る。


 「なら」

 一拍。


 「左腕から喰え。次に両足。溢れる血を啜り、一つずつ臓物を貪れ」

 竜へと迫る。

 拘束服で思うように動かない四肢を蠢かせ、竜へと這いずる。


 「心臓を貪るその時まで、俺の頭をかみ砕くその時まで。俺を痛めつけ、苦痛の中で……俺の悲鳴と苦悶をスパイスにして、惨たらしく喰らえ」


 そうでなければ、俺は。

 そうあることで、俺は。

 それであるから、俺は。


 ――死ぬことを、許される。


 安楽な人生

 安寧な生活

 安らかな、静かな死。


 3人から止められてなお……帝国軍への道を進んだのではない。

 救ってくれたことに、感謝がないわけではない。だが、それでも。

 それだけは享受できない。


 ――しては、いけない。

 なぜなら。

 

 俺は、罪人だ。

 俺は、醜男だ。

 

 ただ死ぬわけにはいかない。

 生きているのなら、苦しみ続ける。

 ――俺の「罰」だ。


 竜よ。

 翼を焼き払われた、竜よ。


 俺を食うのはいい。

 俺を食い、命の糧にすればいい。


 だが、望むのは一つだ。

 楽に、殺すな。


 それだけは、俺が俺を許せない。


 竜の瞳を、じっと見つめる。

 俺の瞳を、竜が見る。


 幾ばくかの、時間が流れる。


 竜の顔が近づく。

 ゆっくりと口が開き、俺へ生暖かい息がかかる。


 赤い闇が、そこには広がっている。

 弱肉強食の果てに、見る景色の一つ。


 白い牙が。

 食欲が。


 俺の左腕へと突き立てられるべく、拘束服へ寄っていく。


 それでいい。

 

 俺を食うのなら、じっくり喰らえ。

 

 なぜなら、俺は――。


 ――罪人だから。


 瞬間。


 トレーラーの上でひときわ大きな揺れが、竜と俺を襲う。


 「……止まった?」

 

 俺は防護魔法の奥へたむろする幾人の姿を見る。それは、こちらへ何かを構えた。

 防護魔法の奥より飛来した無数のダーツが、竜を襲ったのを俺は見た。

 竜は再び、まどろみに墜ちていく。


 解除されていく防護魔法の奥から、照りつける光で俺は目を細めた。


 「初めましてだね。オーレリウス・ベルベット二等兵」


 俺へ声をかけ、トレーラーへと上ってくる男がいた。

 白衣に丸眼鏡をつけたその男が部下へ指示を飛ばす。


 向き直ったその顔。

 穏やかで、柔和な優男といった印象だ。


 ブラウンの髪と右目。

 左目がシルバーのように透き通った白色をしている。


 「マロック・ゲローイ帝国軍医務局タランカッタ支部長。階級は大尉。よろしく」

 手が、こちらへ差し伸べられた。

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