EPI.013 2026年7月某日 -北海道旅行・結- 閑話パート
背の高い木々が、遊歩道を包み込むように青々とした葉を茂らせている。
酸素を吐き出す音が聞こえてきそうなほどに自然豊かな並木道は、澄んだ空気と適度な瑞々しさで、真夏とは思えない清涼感があった。
「わ、わ、すごい、すごい!! 高い!! 思ったより、ずっと高い!!」
少し遅めの昼食を済ませ、着替えも済ませ、最後に少し遊んでいきましょうかと誘われたホーストレッキングで、瑞希は朝のフキゲン顔が嘘のようにはしゃいでいた。
「楽しいのは分かったから、あんまりはしゃぐなよー。下のお馬さんがびっくりして振り落としちゃうかもしれないぞー」
巳波が、缶ビールを片手に言う。つい先ほど合流し、今は優雅に馬車のシートでくつろいでいた。
「先生はトレッキングじゃなくて馬車でよかったの?」
「馬に乗るのも嫌いじゃないが、今日は事情があるからな」
「事情?」
「酒飲んで馬乗ると飲酒運転になっちまうんだ。今日はこっちで、ゆっくりとくつろがせてもらうよ」
「馬車の制御は私が行いますので、要望がありましたらなんなりとおっしゃって下さい」
「へーい」
御者台に座る瀬場に、巳波はくぴりとビールを一口飲みながら返事する。
「じゃあ、準備は終わったみたいだし、そろそろ出発しましょうか」
瑞希のサポートを終え、最後に馬の背に乗ったまりあが、皆を見まわして言う。
「ねえ、まりあちゃん。歩き始めるにはどうすればいいの?」
「簡単よ。ここにいる子たちはみんな乗用馬になるために特別な訓練を受けた子ばかりだから。ただ『歩いて』って言うだけできちんと歩いてくれるわ」
まりあの言葉に、瑞希はうなずく。
そして、大きく息を吸い込み、
「歩いて」
と言った。
雄大な馬体がのそりと動く。そして、一歩一歩、ゆっくりと前へと歩き始めた。
「ほんとだ、すごーい」
その様子を、馬車の中、巳波がぽかんと口を開けて見ていた。
「ねえ、まりあちゃん。止まるときはどうすればいいのかな?」
「同じよ。止まってって伝えればいいだけ」
「うん、わかった。じゃあ、止まって」
馬が、ぴたりと歩みを止める。
「すごいね。お馬さんって、本当に賢いんだね」
「じゃあ、私たちも行きましょうか。瀬場、馬車の方はよろしくね」
「かしこまりました」
「……なあ、竜ケ崎」
「なにかしら?」
「宇佐美のやつ、乗馬は初めてだって言ってたよな?」
巳波が、困惑した様子で口を開く。
「ええ。お世話の経験はあるけれど、乗馬はしたことないと言っていたわ。あの様子を見ると本当なのでしょうね」
「……あいつ、なんで扶助もなしに馬を扱えてるんだ?」
まりあは、巳波の疑問に答えず、ただ微笑みを返す。
そして、両足でトンと馬のわき腹をたたいた。
それを合図に、まりあを乗せた馬はゆっくりと歩き始める。
「巳波先生は、古代中東のソロモン王の逸話はご存じ? あるいは、最近だと児童文学のドリトル先生の方がピンとくるかしら?」
「ドクタードリトルか? だったら、少しは知っているが」
「要するに、それが彼女の才能よ」
「才能って……。あいつ、とんでもないことやってるぞ?」
「面白いでしょう? 本人が、それに気が付いていないところが特に」
言いながら、まりあは自分の胸が高鳴っているのを感じていた。
抑えきれない期待に、高鳴る鼓動。
「乗馬って、すごいね。動物とコミュニケーションが取れてるって、肌で実感できる気がする」
ひとり、先で馬を歩かせている瑞希が言う。
そう、それが乗馬の本質だ。
馬の背に乗り、扶助を通じて交わすコミュニケーションと一体感。これは、ほかでは味わえない体験だ。
「ありがとうね、まりあちゃん。いきなり拉致されたときは一体どうなることかと思ったけど、私いま、すごく楽しい!!」
「そう言ってもらえると、この校外活動を計画した身としてはうれしい限りだわ」
「これからも、同好会で一緒に頑張っていこうね!!」
「そうね。ぜひ、末永い付き合いになることを願っているわ」
――言葉の通じない動物を相手に、無制限に意思疎通ができる才能。
ゾクゾクするような高揚感に浸りながら、まりあは思う。
絶対に、彼女を手放さない。




