EPI.011 2026年7月某日 -北海道旅行・承- 閑話パート
着替えに立ち寄ったホテルで瑞希が部屋から出て来るなり、巳波は感心したような声を上げた。
「ほおー、ご立派ご立派。馬子にも衣装とはよく言ったもんだ」
「ええ、よく似合っているわ。私の見立て通りね。でも、ちょっと胸周りのサイズが小さかったかしら」
ネイビーブルーのワンピースに身を包んだ瑞希を見て、二人は好き勝手に言う。
ドレスコードがあるから、と手渡された衣装に深く考えないまま言われるがままに袖を通してしまったことに瑞希は軽く後悔していた。生地、仕立て、肌触り、すべてが素人でもわかるほどに上等な一品だ。足元も、くたびれたサンダルからブラックオニキスのように上品な光沢を放つ黒のパンプスに履き替えられている。
無機物を相手に情けない話ではあるが、格のようなものに圧倒される気がして、いつも以上に背中が丸まってしまう。
「あ、瑞希パイセンだめ。窮屈でつらいかもしれないけれど、できるだけ胸を張る姿勢を意識していてね」
「ひゃん」
まりあが、ぐいと肩をつかんで背筋を伸ばす。
「……ねえ、これから何が始まるの? 私、本当にどこに連れていかれようとしているの?」
「かわいい動物が次から次にやってきて、瑞希パイセンのような動物が好きでたまらないような性癖の人達にとっては心が躍ってワクワクが止まらないような場所よ」
真っ白なワンピースと幅広の帽子に身を包んだまりあが、サングラス越しににやりと笑う。
その一言で、瑞希は直感的に理解する。
ああ、きっと楽しいのはまりあだけで、自分にとってはただしんどいだけの場所なんだろうなあ、と。
先刻のまりあの宣言通り『ノーザンホースパーク』と書かれた場所へとやってきた瑞希であったが、あたりの雰囲気が異様であることにはすぐに気が付いた。
確かにテーマパークとして完成された観光地然とした場所ではあるのだが、一般人とは異なるオーラを身にまとった者たちがあちこちに溢れかえっており、観光地にはまるで似つかわしくない緊張感が漂っている。
「ここが、目的地よ」
駐車場からしばらく歩いた先、まりあに案内された建物の入口に置かれていた巨大なカンバンには『セレクトセール会場』の文字が並んでいた。
「セレクトセール? セレクトショップのセールか何かの会場?」
「その認識で大体合ってるわ」
それだけ言い残して、まりあは一人受付へと向かい手慣れた様子で手続きを済ませる。そして、受け取った参加許可証を瑞希と瀨場へと手渡した。
「私はどうすりゃいいんだ?」
ひとり、参加許可証を受け取っていない巳波が訊ねる。
「巳波先生は終わるまでしばらく時間潰してて」
「しばらくって?」
「はっきりとはわからないけれど、目安としては夕方過ぎくらいかしら」
「夕方って、まだ昼過ぎだぞ? お前は校外活動の保護責任者をなんだとーー」
「はい、軍資金。札幌まで出ればビール工場やビアガーデンがあるわ。クラフトビールなんかも作れるそうよ」
「わーい、栄一さんだあー」
校外活動の保護責任者が、紙幣を手に小躍りしている。
「わざわざ生徒に言われるまでもなく分かっているとは思うけれど、飲みすぎないでね。瀨場がいるとはいえ、酔い潰れた大人の世話は高校生の手には余るから」
「もちろん。それじゃあ、宇佐美、竜ケ崎。先生はしばらくここを離れるから、瀨場さんの言うことをしっかり聞いて校外活動に臨むように。危険なことや危険な場所は絶対に避けること。わかったな?」
「はあ……」
巳波は取り繕ったような大人の声色で言うが、もはや教師の威厳は豆粒ほども感じない。
浮かれた足取りで駐車場と戻っていく教師を見送ってから、瑞希は視線を瀬場へと移す。
「……なんか、うちの先生がすみません」
「構いませんよ」
「さあ、早く入りましょう、瑞希パイセン」
「あ、うん」
まりあに手を引かれ、瑞希は会場へと足を踏み入れる。
会場の奥へと進むにつれ、遠い雑音でしかなかったざわめきが徐々に意味を成す言葉へと形を変えていく。
そして、その中心部へたどり着いたころには、瑞希はここが先ほどまでイメージしていたセレクトショップのセール会場などではなく、仔馬のセリの会場であることを理解した。




