42、口論 about グラゴニウス ~街中で騒がしいですね~
「美味しかったですね!」
食事を終えて街の歩き出した俺達はまずぶらぶらしてみよう、という結論に達し、その言葉の通り街をぶらぶらしていた。
「ああ、また行ってみたいな」
最初に行ったレストランが美味しかったというのは中々運が良い。初の食事でまずいイメージが定着してしまうとこの世界の食事は合わないという印象がついてしまうからね。
食事だけに限らず、あらゆることにおいて「初め」というのは肝心である。雛も初めに見た動体を親だと認識するように。「初め」というのは非常に重要な意味を持っている。
人間で言えば、第一印象はとても大事であろう。
人間の関係なんて大抵のことは最初に見た印象で決まってしまうものである。その先入観によってせっかくの人間関係が駄目になってしまうことだってある。
初めとは言わば、0から1になる瞬間なのだから、大切というのは自明である。
というようなことを考えていると、少し遠くから声が聞こえた。
男と女の声である。
男の方は声がよく響くのか俺の所まではっきりと聞こえる。怒鳴っているようだ。
対して女性の方は男に比べれば聞こえにくいものの反論しているというのは口調からして分かった。
つまり、口論という訳だ。それも道のど真ん中で。
俺は面白半分でちょっと近づいてみることにした。遠くにいたので視認できなかったが、男の方はがたいのいい四人組で、女の方は強気そうな少女一人だった。おいおい、四対一で口論かよ。
ところで、俺は思うのだが、こういう図式に出くわした時、迷わずに男の方が悪いとするのは良くないと思うのである。
例えば、道端で中学生の女子一人とヤンキー三人が一緒にいたら明らかにヤンキーの方が悪いと思われるだろう。
女というのはその存在だけで正当性を主張するし、若いというのもまた同様である。さらに言えば気の弱い人間や健気な人間、善人に見える人間なども、ただそう見えるというだけで正しいような気がしてしまう。その相手が不良や男数人だとするなら尚更である。
だからこの様子を見れば男の方を責めたてる人間が圧倒的に多いのだろうけれど、やっぱり何も知らずに男四人を糾弾するのは可哀想である。
「あんた! だから何度も言ってるでしょ!? それを先に取ったのは私なの!」
「俺達だって何度も言ってるだろ! この依頼は女一人で出来る程甘くねぇんだって!」
「そんなのやってみなきゃ分からないでしょ!?」
「いいや! 無謀な女に任せるより、俺達四人の方が信頼性があるね。これは依頼なんだ。依頼主が安心できる人間がやるべきなんだよ!」
と色々激しく言い合っている。通りすがる人達も横目でその光景を見ては見ぬ振りをして通り過ぎていく。
が、そもそも依頼とは何のことだろう。
「ルテティア、あいつらが言ってる依頼って何だ?」
「キエルさんは本当に何も知らないんですね。依頼っていうのは何か困ったことが発生した時に街のクエストボード、または各ギルドのギルドボードに貼られるものです。遠くの山の薬草を取ってきてほしい、だとか、近くに現れた魔物を退治してほしい、だとか。他にも大分マニアックな依頼もあるようですが」
「ん? ギルド?」
クエストボードというのは依頼板みたいなものだろうか。だとすると、ギルドとはそれを解決する集団のことであるはずだ。ゲームでも出てくるし、ファンタジーの世界にもよく出てくる。特に魔法があるこの世界においては魔法使いで結成されたギルドもあるのだろう。
「はい、ギルドです。大きな街には複数のギルドが点在しているんですよ。要は何でも屋みたいなものです。戦闘から採集から何から、色々なものを請け負います。まあ勿論、ギルドの中には何か一部の分野に特化したものもありますけど。どうやらあの人達の喧嘩の種になっている依頼は難易度が高いみたいですね」
ルテティアが丁寧に答えてくれる。ルテティアの言った通り、基本的解釈は俺の知っているもので良いらしい。
「お前、『グラゴニウス種』倒したことあんのかよ!」
「ないわ」
「そんなど素人にこの依頼ができる訳ねえだろうが!」
「だからやってみないと分からないでしょ!」
周りの目を気にせず五人は口論を続ける。あのー、話ループしてますよ?
全く大人げないなあと思いつつも、彼女達の隣に開放的な場所があるのに気づく。さっきまでいたレストランと少し似ている雰囲気で奥の方に大きなボードが見えた。
酒場のようなその場所が、おそらく街のクエストボードとやらが置いてあるゾーンなのだろう。
それでその依頼の紙を少女が先に取って、男達四人がそれを横取りしたということである。
うん、どうやらこの場合は男達の方が悪いみたい。
しかし話を聞いているとどうもそう単純な話ではないようだ。
依頼の難易度が高いというのである。
確かに先に取った方に優先権があると思うのだけれど、たった一人で戦闘に出かけるつもりのようである彼女は流石に少々無謀だと言わざるを得ない。それならば可能性の高い男達が依頼を引き受けた方が依頼主も喜ぶというものだ。
「とにかく! 私が先に取ったのだから返して頂戴!」
「ふん! やだね! 俺達の準備はもう万全なんだ! 報酬も良いし、準備のできてないお前なんかよりよっぽど信頼に足るだろうよ! それにお前一人だろ? 仲間がいなくて可愛そうにな!」
四人が嘲り笑う。
少女はそれをキッと睨みつけた。本当にどっちが悪いとも言えないが、それでもその男達の発言と振る舞い方を見るに上品とは言えない。もっと丁寧に頼むか、少女をパーティに加えてあげるかすればいいものを。
「あれ、お兄さんも口論の見学かい?」
俺がどうしたものかと考えていると突然右肩が叩かれた。酒場から出てきた青年のようである。
「ああ、見学って訳じゃないんだが」
冷やかしに来たつもりだったけれど、残念ながら野次馬は形成されていない。俺が近くから見ているだけの形となっている。……完全に見学ですね。
「まあまあ、あのお嬢さんは結構いつも誰かと喧嘩しててね。難易度の高いものばかりを選ぶんだけど、いつも一人だからその依頼を受けたかった人とああやって口論になることがよくあるんだ。あの子、見た目も性格も高飛車って感じじゃん? だからこの街の貴族さんなんじゃないかね~ まあ貴族の娘が依頼を受けるなんてことはないと思うから、そう見えるってだけなんだけどさ」
やけに親しく話してくる青年。この街、というかこの世界の人間はこんなにもフレンドリーなのだろうか。
俺はもう一度口論の方へと目を向けた。
確かに少女は貴族の娘という言葉が良く似合うような外見をしていた。ミネルよりよほど貴族の娘っぽい。
金髪のセミロングをツインテールでまとめていて、目は少々釣り目で大きい。鼻梁がら唇、首筋にかけて美しいラインが形成されており、プロポーションのいい美少女である。正にミネルとフィルナを足して二で割ったような雰囲気、だろうか。いや、それより少しツンツンしているかもしれない。
ミニスカートにニーソックス、絶対領域からの金髪巨乳と、いわゆるギャルゲー要素を大量に盛り込んだような外見だ。
「何だ、いつも一人でいるのに誰も誘ってやらないのか」
俺は青年に質問した。普通ギルドとかクエストとかいうもののお決まり事として、同じ酒場にいる人間を誘って一緒に行く、といった行為も存在するはずである。ほら、モ○ハンとかそうじゃん。だから、少女が一人でいたら普通は誰かお声をかけるんじゃないのかな。かなりの美少女な訳だし、誘わない手はないと思うのだけれど。
「ああ、あのお嬢さんはね~、高慢っていうか偉そうっていうか、人と慣れ合わない性格だからさ。今までに何人か誘ったみたいなんだけど、そいつら全員断られまくったらしくてそれ以降誘う人はいなくなったんだよね」
苦笑いと同時に首を振る青年。この少女はどうやらもう皆に誘ってもらえないらしい。まあ本人が断ったならそもそも誘われたくないということか。
「お兄さんも、あのお嬢さんに目つけてるならやめといた方がいいよ? 散々罵倒されて逃げられるだけだから。ほら、お兄さんも彼女いるんだからそんなに他の女に目移りしない方がいいと思うぜ」
そう言って軽いノリの青年は去って行った。
「か、彼女ではありません! 婚約者です!」
とルテティアが青年に向かって大声を出す。いやそれも違うからね。
「ん?」
ルテティアが論争の近くで大きな声を出したため、男四人組の中の一人がこっちを向いた。それに続いて皆がこっちを向く。
おい、ルテティア。何してくれてんだ。俺の方に目線が集まってしまったではないか。
男四人にギャルゲー少女、周りにいた数人と酒場にいる人間の目が一気に集中する。ええ……? これどうすればいいの?
俺の知っているパターンとして、周囲の皆の目線を集めてしまったヘタレ主人公は「す、すいません、何でもないです」みたいなセリフを言って場を鎮静化するのであるが、果たしてここでそれを使うべきなのだろうか。
それ以前に、自分をヘタレと認めてしまっていいのだろうか。うん、別にそれは構わないな。
だがヘタレで臆病な俺は何故か変なプライドを持っているためここでありきたりな対応をするのが憚られた。はいはい、捻くれ者ですとも。
とは言え、どうしたものか。
曖昧にぼかすのが嫌な俺としては、何かアクションを起こすのが妥当だと考える。本来はルテティアがやるべきことなのだけれど、まあここは主(でいいのか?)である俺が収めようではないか。
こほん。
「まあまあ、少し落ち着いて下さいよ、双方とも」
「あ? 何だお前」
俺が前へ足を進め、五人の目の前まで行くと、男の一人が威嚇してきた。
ああ、別に高慢キャラは使いませんからね。あくまでも、相手が初対面の人間だから敬語になっているだけですよ。
「俺は旅の者です。街中で諍いが起きているなんて、そしてそれを放っておくなんて、良くないじゃありませんか、皆さん」
俺は敢えて五人の方ではなく周りにいた人間の方に向けて喋った。こうすることで、まずは俺が無知であるということを教えるのだ。多分街の皆はさっきの青年と同じく口論をしているこの少女に見覚えがあるのだろう。「ああ、またやってるよ」みたいな目で見ているのだろう。そこで街単位で見ても完全に部外者である俺が仲裁に入ることで――
うん、あんまりメリットなかったね。ま、いっか。
「…………」
だが街の人間の反応は予想通りだった。
皆黙って俺の方を見るだけである。きっと心の中では面倒だ何だと考えているのだと思う。
「お前にゃ関係ねえことだ」
周りが黙ったのを確認して、男の一人が俺にそう言う。
はいそうですね。大体部外者が入っていくと初めに言われるのがこれですよね。ふん、その程度、俺が返答を考えていないとでも思ったか!
「いやいや関係あるんですよ、それが。俺はこの街で数日過ごすことにしたので、依頼とか受けてみたいんですよね。その依頼、難易度高いんでしょう? どんな内容なんですか?」
と少し人懐っこいキャラで男達に頼んでみた。え、俺気持ち悪いかな。
「…………このクエストは最近少し遠くの丘の近くに出現した『グラゴニウス種』を退治してほしいってやつだ。お前だって依頼受ける人間なら知ってるだろ? 『グラゴニウス種』は巨大な上に凶暴なんだ。それに、早く退治しねえとこの街に近づいてくるかもしれねえんだからここは俺達が行くのが当然ってもんだろ」
男は面倒な風ではあったが俺に詳細を教えてくれた。何だ、悪いやつじゃないじゃん。
が、男の言った『グラゴニウス種』とやらは当然ながら知らない。発音からして確かに強そうだけれど、見たことがないから感想を言うことはできないな。
「へえ、『グラゴニウス種』ですか」
知らないのに知ったような口ぶりでそう返す。
「なら俺も一緒に連れて行って下さいよ」
さらに懐っこく頼んでみる。
「は? 俺ら四人で十分だ。それにお前、強いのか?」
「いえいえ、まだ駆け出しです」
「そんなんで『グラゴニウス種』を倒せるわけねえだろ」
話は一区切りついた、と言うように、男達はまた少女の方に向き直る。
「これ以上お前らに付き合ってる暇はねえ。行くぞ」
リーダーっぽい男は少女を一瞥すると仲間達に退散の声をかける。そう、今依頼の紙を持っているのは四人の方なのだから本来は少女のことなど無視して先に行ってしまえば良かったのだ。少女が突っかかってきたからと言って男達がそれを相手にする理由はなかったはずだ。それなのにここまで口論ではあるものの話をしていたのだから、やっぱり悪いやつではないようだ。実際の現場も見ていないため、本当に少女が先に持っていたかも怪しい所である。
「ちょっ、待ちなさい!」
金髪のギャルゲー少女が男達を呼び止めようとする。が当然男達は振り向きもしない。紙さえ持っていれば依頼の主導権を奪われることはないのだから。
まあ、持っていれば、だが。
「あれ? 行ってしまうんですね。良いんですか?」
俺は少女と俺から遠ざかって行く四人組にそう言った。彼らはまだ振り向かない。
「本当に良いんですか? 譲ってもらって。ふふふ、ありがとうございます。ではこの紙は俺が戴きますね」
「何?」
今頃紙を盗まれていることに気づいた男達は一瞬驚愕すると、
「て、てめえ、返しやがれ!」
「はてさて、何を返せばよいのやら~」
そう言って、俺はその場から姿を消した。
「な、消えた!?」
皆の驚嘆の声が聞こえる。はっはっは。
「あれ? キエルさん? どこに行ったんですか!?」
そんな中で一人大きな声で俺を呼ぶ者がいた。
おい、ルテティア。そんな大きな声で呼ぶんじゃありません。後で迎えに行きますから。
という訳で、俺は透明化しながら大通りを抜け人気のない所へ歩いて行った。
よし、初任務だぜ!
そうして誰にも見られていない中一人で張り切っている男の姿が、そこにはあった。
勿論俺だった。




