1-07
「リョウさーん! こちらは終わりましたー!」
ダイゴロウが大根畑の端で大きく手を振る。
農村に完全な休日はない。
水遣り、草むしり、収穫、犂耕。やらなくてはならないことが山ほどある。家畜たちにも飼料と水を与えなければいけない。畑も家畜も、人間の都合で待ってくれないのだ。
「お疲れ様です! みなさん、休憩にしましょう!」
「わーい!」
涼の側にいたイネの次女、ミヨがスコップを持ったまま万歳する。
ミヨはまだ6歳。母親のイネが白ネギの収穫を手伝わせていたのだが、小さな体に重い鍬は危険そうだったので、涼が作った木製のスコップを持たせていた。表面の土を除けるくらいなら、スコップでも十分だ。
ミヨはぴょんぴょんと涼の周りを跳ね回って、全身で喜びを表現する。子供独特の細い髪の毛が弾み、太陽の光を受けて茶色く輝いた。何て愛らしいんだろうと、涼はだらしなく頬を緩める。
「こら、ミヨ! リョウさんに迷惑かけるんじゃないよ! 道具も早く返しなさい!」
「リョウねーちゃんが使っていいって言ったもん!」
「ああ言えばこう言う! まったくあんたって子は!」
イネがさっと手を振り上げる。ミヨはスコップで頭を隠した。
「まあまあイネさん、いいじゃないですか」
「良くありませんよ。今のうちにきちんと躾とかないと、将来苦労するのはこの子なんですから」
「でもまだ子供ですから……」
「まったくもう、リョウさんは昔っから子供に甘いんですから」
イネは腕組みをして大きなため息をつく。
涼までがミヨのように身を竦ませた。
涼がサツカ村に入植した当時は少女だった彼女も、今や立派な3児の母だ。小枝のように細かった手足には鋼の筋肉が宿り、ほっそりとくびれていた腰にはでっぷり脂肪が付いている。そんなイネに小言を言われると、母親や叔母に叱られている気分になる。
「ヤエちゃーん! 休憩だよー!」
フジが両手でメガホンを作って声を張り上げる。
ヤエは、申し訳なさそうに何度もぺこぺこと頭を下げると、小走りに駆けて来た。
この畑は、マタジロウが耕していたものだ。すでに次の借り手は決まっているが、現在植わっている作物を収穫し終わるまでは、涼が管理することになった。ヤエ一人では広すぎる畑なので、イネやフジたちに作業の協力を仰いでいる。
涼は、ファームだけでも結構な重労働だろうに追加作業を頼んで申し訳ないと思い、特別手当を支給し、食事や酒、休憩時のおやつも豪華なものにした。
「あ、そうだヤエさん。そろそろおっぱいの時間ですよね。チョウスケくんの所に行ってあげて下さい。これ、ヤエさんの分のおやつです」
「今日はねえ、リョウねーちゃんのケーキなんだよ!」
「ケーキ……?」
ヤエは右手を顎に添えて、首を傾げた。
「うん! 甘くておいしーの!」
すでに涼のケーキを食べたことがあるミヨはその甘さを思い出したのか、両手でふくふくした頬を挟むと、ふにゃりと地面に座り込んだ。ほっぺたが落ちて体がとろけた、と表現したいのだろう。
オリジア皇国のモデルは、室町時代の日本だ。ケーキのような西洋の菓子は存在しない。饅頭や羊羹等の和菓子がせいぜいだ。とはいえ、それらも贅沢品で、田舎の農民の口に入る代物ではない。甘味と言えば、干し柿やあけび等の自然の恵みだ。ヤエがケーキを知らないのは当然である。
仮に行商人がオリジア皇国に洋菓子文化を持ち込んだとしても、NPCに膾炙することはない。何故ならば、カルミナオンラインには『カルチャーブロック』というシステムが存在するからだ。各地域の特色を守るためのシステムである。プレイヤーからNPCへの文化の伝播は、完全にブロックされてしまう。
涼は以前、イネたちにも日常的に菓子を楽しんでもらいたいと思い、ケーキやクッキーの作り方を教えたことがある。しかし、カルチャーブロックに妨害されたのか覚えてくれなかった。
カルチャーブロックは食文化だけでなく、あらゆる分野に及んでいる。村人に種芋を配ってジャガイモやサツマイモの栽培を薦めても、植えずに仕舞い込んでしまう。菌床栽培による茸の生産も同様だ。千歯漕ぎや唐箕等の農具も、使用せずに飾ってしまう。いずれも、室町時代の日本には存在しなかったからだろう。
涼が作る料理も、村人たちにとっては未知の物体である。最初は食べずに仕舞い込んでしまうのではと思った。里芋の煮っ転がしですら、彼らが日常的に味わっているものとは異なるのだから。
カルミナオンラインには、魚醤や醤があっても現代的な醤油や味噌、味醂がない。室町時代以降に発明されたものだからだ。現代日本の和食を作成しようとすると、基本の調味料さえ他プレイヤーから購入するか、涼自身が醸造しなければならない。
現代の料理酒・味醂・砂糖・醤油で味をつけた里芋の煮っ転がしもブロック対象になるのかと戦々恐々としたところ、意外なことに村人達は美味しいと言ってぺろりと食べてしまった。どうやらカルチャーブロックは、再使用・再生産等の発展性のある行為を禁止しているらしい。一方的に消費するだけの『食べる』という行為は除外されているようだ。涼はそれならばと、美味しいものを食べてもらうために日々腕を振るっている。
ヤエは未知の菓子と大きな包みに戸惑っていたが、深々とおじぎをしてから家へ戻った。きっと食べてもらえるだろう。
「ヤエちゃん、困ってたね」
フジがくすくすと笑う。
「分かるなあ。僕も最初はそうだったよ。見たことも聞いたこともない異国の菓子だろう? リョウさんが出してくれたもんなんだから、そりゃいいもんだろうけど、どうしようかと思ったよ」
ダイゴロウはあぜ道に腰を下ろすと、手ぬぐいで首の汗を拭く。
現在のサツカ村の季節は冬。野良着では寒いくらいなのだが、今日は天気が良いし、農作業をした後では汗だくになる。
「食べるとすっごく美味しいんだけどね」
「皇様だって食べたことないだろうな」
「違いない。俺達だけの役得だよ」
トクベエが言うと、全員がそうだそうだと声を合わせて笑った。
「普段だって、そこらの地主もびっくりのいい物を食わせてもらってる。三度三度白い米の飯なんざ、まるで楽園じゃないか。まったく、自分の田んぼを持つ気がなくなっちまうな」
「あんた何言ってんだい!」
イネが勢い良くトクベエの頭をはたく。
「甘えたこと言ってんじゃないよ! きちんと働いて一人立ちして恩を返すのが筋ってもんじゃないか!」
「いやお前、俺はリョウさんがそれくらい良くしてくれてるってことを言いたかったんであってだな……」
「どうだかね。本音は分かったもんじゃないよ。この怠け者が!」
イネは鼻息も荒く仁王立ちになる。
この夫婦は、典型的なかかあ天下だ。村人達は、気の強さの塊のような妻を相手に、トクベエはさぞや鬱憤を溜め込んでいるのではないかと噂している。しかし実はトクベエの方が心底イネに惚れ込んでおり、むしろ喜んで尻に敷かれているのだった。
「まあまあイネさん、落ち着いておやつにしましょう。今日はサンドイッチとケーキですよ。ゆで卵と蒸かし芋もありますから、お塩つけて食べてくださいね。あ、イネさん、ここの辺りがスモークサーモンです」
イネの目の色が変わる。
彼女は何でも良く食べるが、特にスモークサーモンには目がない。試しに作ってみたものを一昨日に軽食として振る舞ったところ、美味しい美味しいと涙を流さんばかりに感動していた。自分の料理を褒めてもらえると、作り手としては大変嬉しい。以来涼は、彼らへの振る舞いにはスモークサーモンを含む料理を用意している。
「本当にこれは何度食べても美味しいねえ。私にも作れないもんかしら」
イネが恍惚の表情を浮かべながら言う。スモークサーモンは日本生まれの料理ではないが、素材はオリジア民も馴染み深い鮭だ。味の差異を感じ易いのだろう。
涼は喉を鳴らして笑いながら、冬の空を見上げた。
今日の朝方、カルムイーターに襲われて亡くなった5人の結晶が消滅したことを確認し、3日間に及ぶ葬儀は終了した。ヤエやシカなどの遺族は悲しみを引きずっているが、それでも懸命に日常へ戻ろうとしている。
残るはカルムイーターをどう排除するかだ。
その相談をするための寄合は、休憩後に行われる。寄合は薄明薄暮性のカルムイーターを警戒して、最も襲撃の可能性が低い昼間に設定された。
涼は自分の視界のみに、ゲームウィンドウを表示する。
時刻は10:46。すでに明と約束した3日間を過ぎていた。
明は、心配しているだろうと思う。どうして約束を守らないのかと怒っているかもしれない。明が怒りを想像するだけで、胸の奥がざわざわする。
せめて葬式が終わるまでは、せめてカルムイーターに関する対策が完了するまではと言い訳をして、帰還を伸ばし伸ばしにしてしまった。今日の段階で一度戻らないと、せめてシカさんやヤエさんが落ち着くまでは、になってしまうだろう。一体どれほどの時間がかかるのか分からない。
本当は、一時でも村を離れたくない。カルムイーター以外のワンダラーが湧くかもしれない。この、明るく健気な村人達が泣くのは、もう嫌だ。
しかし今日中に一度サベレコリスに戻らなければならないだろう。そして明に事情を説明し、村へ戻ってくればいい。村に戻るだけなら『リターン・ホーム』で足りる。
「じゃあ、リョウさん。そろそろ寄合に行きますか」
「そうですね。イネさん、フジさん、後はよろしくお願いします」
涼がぺこりと頭を下げると、イネはどんと力強く己の胸を叩いた。
「お任せください。うちの宿六が戻るまでに作業を終わらせちまいますよ」
「宿六はひどいよ、イネ……」
トクベエはしゅんとうな垂れる。
毎度おなじみの夫婦漫才に、弾けるような笑いが起こった。
寄合は、礼拝所で行われた。
涼は村長の左隣に胡坐をかき、村人達に向き合っている。
村の意思決定を行う寄合に参加できるのは戸主の男性だけだ。涼は女性だが、キーウェスなので例外とされている。むしろ、キーウェスであるがゆえに村長よりも上の待遇を受けている。他の村人のように板間へ直接座らず、円座に腰掛けているのもその一環だ。
「みなも心配しておる狼についてだが、それについてはリョウさんから詳しい説明がある」
村長に促された涼はゆっくり立ち上がると、村人達を見渡した。
不安そうな眼が涼を見つめている。
これから告げる情報は、村人たちにさらなる恐怖に陥れるだろう。
彼らの胸中を思うと、涼の膝が震えた。
「……すでにお話した内容と重複する部分があると思いますが、ひとまず聞いてください。まず、村を襲ったのは、カルムイーターという狼に似た魔物です。でも普通の狼とは違って、食べるために人や家畜を襲うんじゃありません。カルムイーターの目的は、生物の殺害です。殺害した生物を……その、捕食しているのは、標的、この場合私たちに恐怖を植え付けるためです」
捕食、という酷い言葉を口に出すべきか直前まで迷った。寄合の顔ぶれには、被害者の家族であるヤタロウたちもいるからだ。しかし、正直に言うことにした。他にうまい例えが見つからないし、綺麗ごとで言い繕ったところで事実は事実だ。
「カルムイーターには、群れが半数以下になるまで同箇所の襲撃を繰り返す習性があります。そして再襲撃には、半年から一年ほどの間隔を空けます。みなさんに、当分は大丈夫だとお伝えしたのは、カルムイーターのこの習性のためです」
村人達は一言も聞き漏らすまいと、睨み付けるような視線で涼の顔を凝視していた。
涼は彼らの迫力に敗けて仰け反ってしまいそうになったが、両足に力を入れて何とか堪える。
「被害の拡大を防ぐことは勿論ですが、次回に撃退しなければ突然変異を起こしてヴィレッジイーターという魔物に進化する個体が現れるかもしれません。ヴィレッジイーターは知能が高いだけでなく、暗黒術を使います。村一つを滅ぼすのも容易な強さです。それに、ヴィレッジイーター率いられたカルムイーターは、さらに強くなってしまいます」
もはや涼は緊張しすぎて、唾液すら湧かない。
村人達の目は、結論を、結論を早く、と訴えていた。
「私は何度か、カルムイーターと戦ったことがあります」
村人達の顔に喜色が宿る。
涼は拳を硬く握ると、彼らから目線を逸らした。
「ただその時は、他のキーウェスと一緒に戦いました。私一人では、群れに勝てません。……力不足で、申し訳ありません」
村人達は一斉にどよめいた。
――リョウさんでも勝てないのか。
――村はどうなるんだ。
――どうしてそんな魔物が襲ってきたんだ。
彼らの全ての言葉が、涼の心に刃となって突き刺さった。
涼がカルムイーターに勝てないのも、村を救えないのも、明に対してまるで反抗期の子供のような態度を取って、村に引き篭っていたからだ。明の薦めに従って戦闘をこなしていたら、一人でもカルムイーターに勝てるレベルになっていたかもしれない。魔物が湧いたのはシステムの変更のせいだ。彼らは何も悪くない。ただ、真面目に正直に暮らしていただけだ。
涼は、深く深く頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい。いつもいつもお世話になっているのに、大事な時に村にいられなかった。今だって、私一人じゃ何もできません」
悔しくて涙が出そうだ。
思えば、中学生の時の全国バレーボール選手権大会でも悔し涙をこぼした。
新キャプテンに任命された涼は、地元からの進学組と、外部からのスポーツ特待生との派閥を上手くまとめられなかった。明に相談すると、お前が悪者になってでもチームをまとめろとアドバイスを受けた。だが、彼女らに嫌われることを恐れた涼は、八方美人でなあなあな態度で済ませてしまった。
まとまりを欠いたままのチームは、肝心の大会の最中に不和を爆発させてしまった。優勝候補の一角だった涼のチームは、ベスト16で消えた。あれをしていれば、これをしていればと後悔したが、後の祭りだった。10年も経つのにちっとも成長していない。
「謝らないでください、リョウさん」
穏やかな声が涼にかけられた。
恐る恐る顔を上げると、そこにはヤタロウの姿がある。
「お世話になってるのはおれたちの方です。リョウさんが謝ることはないんです」
「……でも」
ヤタロウは困ったように笑いながら、首を横に振った。
「都も大変なことになっていたらしいですね。だのにリョウさんは、こうして村へ帰って来てくだすった。鎮魂の句も、立派なものを用意してくだすった。弟は、尊敬するリョウさんに送られて喜んでいるはずです。ヤエのことだって……。もう、十分すぎるほどです。だから、謝らないでください、リョウさん」
「そうだそうだ!」
「ヤタロウの言うとおりだ!」
「みなさん……」
涼の視界が涙でぼやける。
なんて心の温かい人たちなのだろう。だからこそ、この村を離れられないのだ。
「わしはイズモに討伐依頼を出そうと考えておる」
様子を見ていた村長が、静かに切り出した。
「ただ、そのためには資金が必要じゃ。わしは、10,000バルを用意した」
「村長さん!?」
涼は口元を手で覆った。
事前に村長と討伐依頼について話し合っていたが、まさか村長が10,000バルもの大金を出すつもりであるとは思わなかった。
プレイヤーにとっては、新聞を2回発行する程度の金額かもしれない。しかし、こんな小さな農村で10,000バルは大金だ。村長は比較的裕福だが、それでも何年分かの蓄えが吹き飛んでしまう。
「いいんじゃよ、リョウさん。領主様にも援軍を仰いだがの、この小さな村のことじゃ、到着はいつになるか分からん。それに、カルムイーターとやらは半年から1年後に来るかもしれんのじゃろ。軍が村に腰を据えたら、食べ物を賄えるかどうかも分からん。キーウェスの方々に頼るのは申し訳ないが、わしはこれが一番の策じゃろうと考えておる」
「でも、カルムイーターの討伐には……」
「うむ。覚えておるよ。リョウさんによると、討伐依頼には最低30,000バルが必要らしい。残りは20,000バルと少しじゃ」
涼はこれまで何度かカルムイーターの討伐を引き受けたことがあるが、報酬が30,000バルを下回ることはなかった。カルムイーター討伐はパーティ向けのクエストなので、報酬を人数割りすることを計算に入れて高めに設定されている。
涼なら、出せる。サベレコリスで高価な香辛料や素材を買い込んでしまったので現金は目減りしているが、使っていない装備品や素材、余剰分の鍋釜鋤、作物を売り払えば作れない金額ではない。
だが、プレイヤーがプレイヤーに討伐依頼を出すことはできない。集落の自発的な意思表示が必要だ。人々が英雄候補であるキーウェスに助けを求めるクエストとは、そうやって生まれるものだからだ。
村長が決断したのなら、そして村人達が賛同するなら、リョウには抗う術がない。
涼は、せめて金銭的な負担だけでも減らそうと、初めてシステムの抜け穴を探していた。
イネやトクベエ達にボーナスとして現金を支給して、それを討伐資金として村長に提出してもらう。彼女らへの現金支給には上限値が設けられているが、足しにはなる。反物や鉄製の鍋等の現物も支給して、売却益も渡してもらえば、さらに負担を減らすことが出来るかもしれない。きっと他にも何か方法があるはずだ。明に相談すれば、アドバイスしてくれるかもしれない――。
「私は3,000バル出します」
勢い良く立ち上がったのはサダキチだった。
「村長の10,000バルと、私の3,000バル。残りは17,000バルです。保有地の広さに比例する額を持ち寄れば、20,000バルにはなるでしょう」
村の耕作地状況を把握している農奴監督官のサダキチらしいアプローチだった。しかし村長ほど裕福ではないサダキチにとって、3,000バルは貴重な蓄えのほぼ全額のはずだ。村人達にも、サダキチが身を削る思いで金を出そうとしているのだと分かる。
サダキチの言葉が口火となって、村人達は我も我もと立ち上がった。中には、到底出せないような金額を口走る者もいて、周りの者に調子に乗るなと突っ込まれ、どっと笑いが起こる場面もあった。
「……イズモからキーウェスが来たら、私も一緒に戦います」
「リョウさん」
村長が、心配そうに涼を見上げた。
「私だけでは勝てませんが、他のキーウェスの援護があれば大丈夫です」
「おれもやります!」
ヤタロウが気色ばむ。
涼は小さく首を横に振った。
「ヤタロウさんには、ヤタロウさんしか出来ない仕事があります。私はキーウェスです。私は、キーウェスの勤めを果たします」
「……でも、でも。リョウさんはいつも自分はキーウェスだからって言って戦ってくれるけど、でもキーウェスだって『命』でしょう? 熊や猪の時だって、黙って一人で出て行って、ぼろぼろになって帰って来た時があったじゃないですか! キーウェスだからって、キーウェスだからって、痛いし、苦しいでしょう!? そうでしょう、リョウさん!?」
村人達がしんと静まり返る。
ヤタロウは、何かを押さえつける様に、きつく拳を握りしめた。
「おれは自分が情けない! おれは、弟の仇も討てない!」
「ヤタロウさん……」
いつもは穏やかな村人達の心の中にも、強い嵐があったのだ。
理不尽に家族を奪われた彼らが、復讐したい、仇を討ちたいと思うのは当然のことだ。彼らがあまりにも逞しく前向きに生きていたので、心の暗部にまで思い至らなかった。
しかし、あの悲嘆から彼らの心境を察してしかるべきだった。
涼は、激しく自分を恥じた。村人達の死を嘆きこそすれ、カルムイーターが憎いという思考に達しなかったのは、おそらくカルムイーターはMobであり、自分はプレイヤーであると考えていたからだ。村の一員であり、村に貢献していると自惚れていた自分が、ただ恥ずかしかった。
「ヤタロウさん。私はこの村が好きです。みんなのことも、大好きです。私はこの村で生まれたわけじゃありませんが、でも、私の故郷だと思っています」
涼は村人達をぐるりと見渡した。
村長、サダキチ、ヤタロウ、トクベエ、ダイゴロウ、その他の村人も、現実の友人よりよく知っている顔だ。辛い農作業、台風、洪水、旱魃などの災難、葬儀や祭り。ハレの日もケの日も、あらゆる苦楽を共にした仲間だ。
確かに、これまでの戦闘とは違う。アブソーバが働いていないのだから、現実と同じ激痛が襲う。アシッドアイとは違って、獣が牙を剥くという生理的な恐怖とも戦わなければならない。
それでも、この優しい人達を守るために戦おう。
「カルムイーターは村の仇です。だから私は、村の一員として仇を討ちます」
涼は静かに決意を固めた。




