↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルミナオンライン  作者: 森
第1章 ou + topos + ia
7/20

1-06




 翌27日から、明は『バー・クラープラ』の面々と共に、パーチハウス『ボンジュ・オテル』を拠点として、本格的に情報収集を開始した。


 新聞屋には常時ユンカースが張り付き、全ての同人新聞を人数分購入。残りのメンバーは分析・連絡役の明をパーチハウスに残し、サベレコリス中へ散る。


 もともと『バー・クラープラ』は、未知なる美酒を求めて冒険する探検派ギルドだ。情報収集はお手の物である。未開の大森林や前人未到の大海原で目的の物を探すことより、新聞屋があり、プレイヤーやNPCが多いサベレコリスでの情報収集の方が遥かに難易度が低い。


 27日の昼頃。6月26日0時のアップデートは『追記事件』と呼ばれるようになった。


 同27日の夕方。メンバーから届いた情報は、最悪の一語に尽きる。


 ワンダラーMobは、サベレコリスだけでなく各地で出現したらしい。まだ統計学的な数字を出せるほどのサンプルが出揃っていないが、あえて挙げるなら大都市で50%、都市は30%程度だ。町や村に関しては、伝聞情報すらほとんどない。


 ワンダラーMobのレベルや規模も様々だった。アエスタ帝国首都の宮城に湧いたのは、西方オクシデントに出現するレベル40のボスMob、セイレーンの群れだった。キプス公国首都に沸いたのはレベル20のオークだった。ただし一千余の軍勢であったそうだが。


 プレイヤーは絶望的な戦いに挑み、圧倒的な戦力差を前に敗北を喫したそうだ。都市はMobに蹂躙された。


 そしてサベレコリスでは、ありとあらゆる状況がプレイヤーの精神に負荷をかけていた。


 睡眠や排泄は勿論、『どうしたら良いのか分からない』『確かな情報がない』『現実の肉体の無事が分からない』という焦燥感。加害禁止コードの解除と、デスペナルティの変更。皮肉にも、伝令プレイヤーの新聞によって広まった情報は、時間が経つにつれてプレイヤーの無力感と恐怖を煽った。


 ギルドホームやプライベートホーム等の避難所がなく、限りあるパーチハウスのベッドを確保できなかったプレイヤーは、絶対安全圏である英雄殿に籠らざるを得なかった。


 その英雄殿も、『追記事件』以前は各自に用意された仮想空間だったはずが、今や一つのフロアになっている。硬く冷たく石の床と、すし詰め状態の人口密度は、急速にプレイヤーの精神を蝕んだ。


 食糧事情もさらに悪化。NPCの待ち姿勢のせいではなく、ワンダラーMobに街道が寸断されたことによって、供給が圧倒的に不足したからだ。


 サベレコリスのような消費都市は、ありとあらゆる物資の供給を外部に頼っている。そこに、本来の都市人口に匹敵する数万人のプレイヤーが集まっている。結果がどうなるかは、火を見るより明らかだ。


 必然的に農作物、ひいては『食事』の価格が高騰した。


 かといって、食料が豊富な漁村や農村に移動するプレイヤーは少なかった。


 いや、移動できるプレイヤーが少なかった、と言った方が適切かもしれない。クリスタルの有無は勿論のこと、公式サポートの停止によって全体マップの参照が不可能になっているからだ。


 全体マップは、全プレイヤーのセルフマッピングデータを統合した地図で、あらゆる行動の源になっている。その全体マップが参照できない以上、頼れるのは己の足跡を示したセルフマッピングデータのみとなる。


 ところがリベルタ共和国は実装されたばかりのエリアであり、ほぼ全てのプレイヤーはセルフマッピングデータが記録される徒歩や騎乗ではなく、転移ストーンで来訪している。周辺の町もしくは村の具体的な位置を記録しているプレイヤーなどいない。


 街道沿いに農村を目指そうにも、アシッドアイのようなボスMobが群れを成して湧いた場合、低から中レベル層では太刀打ちできない。レギオンを組んで移動しようという試みもあったようだが、頓挫した。


 カルミナオンラインにおける集落は、人口が多い順に『大都市(Metropolis)』『都市(City)』『町(Town)』『村(Village)』の4段階に分かれる。このうち、主に農業や漁業などの第一次産業に携わる『村』の総人口は、およそ30~150人。


 そんな規模の村に、レギオン級の人数を養う余剰食糧などあるはずがない。仮にあったとしても、早晩食い尽くしてしまうだろう。食料がなくなれば危険を冒して移動しなければならない。プレイヤーにとっては苦難の旅、NPCにとっては蝗害だ。


 すでにサベレコリスでは、空腹に耐えかねたプレイヤーが商店や一般家屋、市場を襲撃するという犯罪――途絶行為も多発している。


 プレイヤーがNPCを襲う。


 これまでのカルミナオンラインにはあり得なかった出来事だ。


 プレイヤーが英雄候補のキーウェスだからではない。そもそも、NPCを襲う必要などないほど快適な環境が用意されていたからだ。


 NPCは、暴れ狂うプレイヤーを前にしてあまりにも無力だった。NPCを守っていた加害禁止コードは、追記事件によって解除されてしまった。NPCへの加害行為が解禁されたのだ。精神的にも肉体的にも、NPCにはプレイヤーに抵抗する手段がない。精神的にはキーウェスは『英雄候補』であり『範を仰べき存在』だと縛られているし、肉体的には戦闘系スキルと『神代の御技』である魔法を操るプレイヤーに適うはずがない。


 しかし、NPCの静かなる復讐のように、インプレッションが低下し始めていた。


 集落のインプレッションのスタート値は一律35だ。村の長老で30程度なのだから、どれだけキーウェスが優遇されているかが知れる。


 そのインプレッションが、2日程度で6まで低下した。明はサベレコリスのインプレッションが下がるような途絶行為をしでかしていない。インプレッションは個人に対する印象値のはずだが、これも追記事件で変更されてしまったのだろう。サベレコリスにいる全プレイヤーの数値が平均化されているか、あるいは共有化されているに違いない。最低最悪の連帯責任だ。


 追記事件からたった2日間。短いように感じるが、平和で恵まれた日本に生まれ育ったプレイヤーが暴徒化するには、十分な時間だったのかもしれない。明はいつか歴史番組で見た『飢えは人間に、全てを放棄させる』という言葉を思い出した。


 このまま崩壊が進むのかと思われた3日目の28日。


 砕けた秩序の欠片をかき集めるように、2つの大きな動きがあった。


 一つは『ホルモンブラザース』。彼らは交流のあるいくつかのギルドを纏め上げ、プレイヤーのケアと、同時多発的なワンダラーの襲撃に対抗するべく互助組織『CFA(Carmina friendship association)』を立ち上げた。


 『CFA』には武闘派ギルドだけでなく、鍛冶師ギルド『ToT』『便利屋ハンマー』、行商人ギルド『間宮商会出張所』『パグパグ商店』なども名を連ねている。行商人ギルドは武闘派ギルドを護衛にして物資の買い付け・運搬を行い、鍛冶師ギルドは武闘派ギルドの装備品の修復・製造を行う。自給自足とまではいかないが、軍隊における兵站を賄えている形だ。


 もう一つ、『CFA』の他に、クエストクリアによる現状打破を狙う攻略組織『円卓騎士団』も立ち上げられた。『円卓騎士団』には、明のメインキャラクターが属するギルド『ブッチャーズブルーム』の名もある。こちらには生産・流通系有名ギルドはいなかったが、それ相応のプレイヤーが所属していることだろう。


 2つの組織の立ち上げは、プレイヤーに希望をもたらした。


 しかし、それは一瞬の事だった。


 物事には必ず表と裏がある。


 組織というものは、存続のために膨大な量の物資を必要とする。


 『CFA』と『円卓騎士団』は、潤沢な資金と人海戦術を駆使して物資の買い占めを行った。また、彼らは組織的にクリスタルの製造を始めた。大都市の錬金術工房は、向こう3か月間、彼らの予約で塞がってしまっている。NPCが工房で生産するクリスタルも、価格が暴騰したにも関わらず、両組織に買い占められてしまった。


 この煽りを食らったのが、両組織に属していないプレイヤーだ。


 ストーンが使用できなくなっている以上、移動にはクリスタルが必要になる。クリスタルの作成には、高度錬金術工房が必要だ。高度錬金術工房は、大都市の他にグレード5以上のギルドホームと、グレード8以上のプライベートホームにしか存在しない。大都市の高度錬金術工房を占拠されてしまったら、彼らにはクリスタルを生産する術がなくなる。


 どちらかの組織に属して飼い殺しにされるか、拒否して飢えで苦しむか。悪質な二者択一だとして、『CFA』と『円卓騎士団』の横暴を批判する声が高まった。


 人が集まれば諍いが生まれる。悲しいかな、人の世の摂理だ。


 2つの組織の立ち上げは、わずかな秩序と引き換えに大きな混沌をもたらすものかもしれなかった。







 情報をまとめたウィンドウが、明を中心に無数に展開されている。コックピットさながらの光景だ。メンバーにも見えるように可視化しているため、緑色のぼんやりとした光が全員の顔を照らしていた。


「軍配は、『CFA』に上がりそうですね」


 明は努めて冷静に言った。


「だろうな。『CFA』の名目は互助組織だから、加入するにしても心理的な抵抗が少ない。『CFA』以外のプレイヤーにも食料の配布を発表してるんだろ? 『円卓』はある程度レベルが高くないと、それこそ底辺でこき使われるだけだ」

「でも、『円卓』にもバックアップは必要でしょう?」

「そうだよね。生産系ギルドの人がいなかったら『円卓』だって困るだろうし、変な扱いはしないと思うんだけど……」


 サライアとフェリーチャは顔を見合わせた。


「そりゃそうなんだろうけど、どーも面子がな。きな臭いんだわ」


 ベルナドットの言葉に、明はぴくりと片眉を上げた。


 『円卓騎士団』に名を連ねる主な攻略派ギルドは『Stratofortress』『!-ATTACK』『Deimos hands』『マーリンの弟子』そして『ブッチャーズブルーム』。明は、彼らに対して良い感情を抱いていない。


 『ブッチャーズブルーム』は前ギルドマスターのカーチスがギルド内のいざこざに嫌気がさして引退し、現ギルドマスターのヤミカゼに変わってからというもの、様相が一変した。それまでは古参が集まって和気藹々とゲームを楽しむギルドだったが、効率最優先のギスギスした雰囲気に変わったのだ。


 カーチスと仲が良く、設立当初からのメンバーである明はヤミカゼに煙たがられた。明が今回のアップデートに際して、メインキャラではなく『メイ』でログインした原因のひとつだ。


 いっそのこと新ギルドを立ち上げれば良かったのに、ヤミカゼは『ブッチャーズブルーム』のネームバリューを利用するためか、強引にギルドを引き継いだ。


 他の4ギルドも、事の大小の差はあるが、似たような経緯を辿っている。


 ヤミカゼも、カルミナオンラインのコンセプトである『君よ、英雄たれ』の精神には従っていた。しかしそれは善意や博愛精神から生じたものではない。根底にあるのは異常なほどの優越感だ。


 NPCを助けた時も、中低レベルプレイヤーを助けた時も、弱者に施しをくれてやっているという大上段からの目線だった。明も他人を批判できるほどの人格者ではないが、彼の嫌らしい所業には愛想が尽きた。


 『円卓』の立ち上げにしても、情報の共有と兵站確保の必要性からであって、本音では抜け駆けを画策しているのではないかと邪推してしまう。


 ベルナドットがどこから『きな臭い』と言えるほどの情報を取得したのかは知らないが、確かに厄介な話だった。


「……浮遊票になってしまうのが、わたし達のような探検派ギルドと、ソロプレイヤーですね。探検派ギルドもソロプレイヤーも、他人に束縛されることを嫌う傾向があります。どちらの組織にも属そうとしないでしょう」


 明は心の内の葛藤を押し隠すように、無感情な声で言う。


「ただそのうち、『CFA』も『円卓』も探検派ギルドの抱き込みに躍起になるはずです。探検派ギルドには、普通のギルドが持ち合わせてない僻地のセルフマッピングデータがあります」

「俺らのアリの巣みたいな汚いセルフマッピングデータでも価値があるってか」


 ベルナドットは皮肉げに顔を歪めた。


「彼らの内情や目的はどうあれ、『CFA』も『円卓』も前向きな方向性で行動しています。そんなことより、ヤケになっているプレイヤーの犯罪の方が深刻です」


 室内に、沈黙が落ちる。


 どうせカルミナオンラインは終わってしまうのに、どうしてわざわざ危険を冒すような真似をする必要があるのか。そう考えるプレイヤーは多かった。


 次の瞬間には現実に戻れるかもしれない。現実に戻ればカルミナオンラインには二度とログインできなくなる。すでに終わっているゲームでいい子にしても意味がない。その上、デスペナルティはロールバックと激痛だ。どう考えても割に合わない。


 彼らの言い分にも一理ある。


 だからと言って自暴自棄になり、犯罪に走るのは間違っている。VR内での犯罪が露見すれば、クレジットカードスコアにはマイナスが刻まれる。彼らとて、現実世界でのデメリットは理解しているはずだ。


 ――ひょっとしたら、緊急避難だと言い逃れをするつもりかもしれない。


 自分の推測に怒りを覚えた瞬間、ノックの音が響いた。明は小さく頭を振ってから視線を上げる。


「お疲れさまです、シーダさん」


 ユンカースが明るく出迎えたが、その表情は困惑に変わる。


「シーダくん、どうしたの?」


 フェリーチャが声をかける。


 しかしシーダは答えることなく、床に胡坐をかくと、両手で顔を覆った。


「……リーチャさんとサラさんとメイさんは、もう外に出ない方がいい。何があるか、分からないから」


 巨漢のヴァンダらしかぬか細い声が、その喉から搾り出される。


 外に出ない方がいい。


 その言葉の意味するところを察した明は、自身の予測が的中したにも係らず、陰鬱とした気分になった。


 シーダの情報収集担当エリアは、倉庫が密集する港湾部。港湾部はもともと船乗りや荒くれ者が多いため、犯罪発生率が高い場所でもあった。それに加えて現在は、食料を求めるプレイヤーの流入で治安は悪化の一途を辿っている。暴徒に付き物の犯罪は、強盗、傷害、そして婦女暴行だ。


 だから安全のためにも、ギルド内で最も体格が良い男性プレイヤーのシーダを配置していた。


「何それ」


 サライアの声色には、怒気が混じっている。


 シーダは両手で顔を覆ったまま、さらに体を小さく丸めた。


「港の側の酒場で、プレイヤーが話してるのを聞いた。……NPCには、その、生殖器がないって」

「信じらんない! どこのバカよ、そいつ!」


 サライアは片膝立ちの姿勢になる。


 そのまま武器を握って殴りこみに行きそうな勢いだったが、小さく震えながら体を硬くしているフェリーチャに気づいて、怒りを解いた。フェリーチャの背中に手をやって、大丈夫だから、と優しく囁く。


「シーダさん、そのプレイヤーのレベルはどれくらいに見えましたか?」

「多分、20から25の間くらい。リーダーっぽい人の装備がトゥハンドソードだったから……」


 明はぴくりと眉を上げた。


 トゥハンドソードは、両手直剣にカテゴライズされる武器の一つだ。2メートル近い全長があり、腰に刺せないので背中に担いで運ぶ。トゥハンドソードのような形状の両手直剣は、プレイヤーに『大剣』と呼ばれている。大剣を背に担ぐ姿はファンタジーの主人公そのものだ。


 大剣の攻撃力は、同レベル帯の両手直剣と比較すると頭一つ抜けている。さらに攻撃範囲が拡張されており、片手槍のそれに匹敵する。


 しかし大剣は、その大きさに見合ったとんでもない重量を誇る。大抵のプレイヤーは、装備可能レベルに対して必要筋力が足りない。必要筋力をオーバーする武器を装備することは可能だが、攻撃命中率等にマイナスのペナルティを受ける。そして攻撃範囲が広いため、槍のような刺突武器ではない両手直剣は、下手に振り回すと味方の邪魔をすることもある。カルミナオンラインではほぼ全ての行動にメリットとデメリットが設定されているが、大剣の場合はデメリットを通り越してリスクになってしまう。大剣は、豪快な見た目に反して細心の注意が求められる武器なのである。


 大剣を使いこなすプレイヤー、『大剣使い』は非常に稀だ。多くの大剣プレイヤーは、ヒーロー気取りで自己中心的な戦い方をする。協力プレイが基本のVRMMORPGでは、そういったプレイスタイルは忌避される。大剣プレイヤーが地雷、もしくは要注意プレイヤーという色眼鏡をかけて見られる所以だ。


「低レベルゾーンの大剣プレイヤー、ですか。昨今は若者の無気力さが散々批判されているっていうのに、よりによってこんなところに愉快な輩がいたものですねー」


 明は鼻で笑いながら、すっくと立ち上がった。


「リーダー、ちょっと」


 ベルナドットを手招きして壁際に寄ると、声を潜める。


「プレイヤー間の性行為は可能ですか?」

「は!?」


 ベルナドットは、これ以上ないほど大きく目を剥いた。


 目玉がボーリングの玉のように転がって行くんじゃないだろうかと、明は妙な心配をする。ベルナドットは、ウィンドウのぼんやりとした光でも分かるほど、見る間に真っ赤になってゆく。


「YESかNOかで構いません。必要な情報ですので教えてください」

「……あー、うん。えーと、そのー、できる、けど」

「追記事件以降ですよね?」

「……です」


 明は腕組みをして考える。


 なるほどシーダが言うとおり、女性陣は外出しない方が良いだろう。


 猟奇殺人者が殺害対象を動物から人間へとエスカレートさせるように、NPCから女性プレイヤーへと暴行対象を移す可能性は十分に考えられる。NPCに生殖器がないなら尚更だ。現実とは違ってVRでは男性プレイヤーと女性プレイヤーの基本ステータスに差はないし、戦闘スキルや魔法スキル等の強力な武器があることが救いだが、レベル差から生まれる純粋な強さの違いは、如何ともしがたい。


 それにしても、いつどこの時代にも品性下劣な輩は一定数存在するようだ。そんな人間失格な大馬鹿者と同じ男だというだけで、女性に『これだから男は』などと一方的に罵られるのだから業腹だ。男だというだけで、犯罪者と同じ枠にカテゴライズするのは心底止めていただきたい。


「それとリーダー」

「メイ、もうマジで勘弁。すっげー恥ずかしい。頼むからリーチャとガールズトークでも女子会でもキャットファイトでも何でもしてくれー!」

「あ、……そうでしたね。すみません」


 頭を使い過ぎたせいか、完全に思考回路が『明』になって、外見が『メイ』であることを忘れていた。明はぺこりと頭を下げると、ウィンドウの中央に戻る。


 『明』の癖で同年代の男性であるベルナドットに話しかけてしまったが、『メイ』は女性なのだから、こういったデリケートな話題は同性のフェリーチャに尋ねるべきだった。


 傍目には、先ほどの『メイ』とベルナドットは、10歳前後の少女が30歳前後の男性と性行為について語っているという異様な光景である。通行人に、お巡りさんこっちですと通報されるレベルだ。『メイ』を信用して誠実に答えてくれたベルナドットに感謝しなければならないだろう。もしも明が女性に同じ事をされたら、たとえ尋ねたのが涼だったとしても、ノーコメントを貫くかもしれない。


「……そうだ、リョウちゃん」

「どうしたの、メイちゃん?」

「いえ、何でもありません」

「でも、顔色が悪いよ。どうしたの?」


 フェリーチャが心配そうに明の顔を覗き込む。


 明は思わず苦笑した。


 フェリーチャは、ギルドメンバーの変化に敏感だ。それこそ、まるで母親のように。ベルナドットやユンカース相手なら誤魔化しきれただろうが、彼女相手では隠しようがない。


「ちょっと、リョウちゃんが心配になって……」


 フェリーチャの瞳が翳った。


 『バー・クラープラ』のメンバーは涼と親しい。明が涼とのレベルを離し過ぎないようにボス戦に協力してもらっているせいもあるし、サライアやフェリーチャが涼を可愛がっているせいでもある。涼は『バー・クラープラ』の準メンバーと言っても差支えがない。


「戻り予定って、明日だったよね」

「はい」

「……心配、だよね。気付かなくてごめん」


 便りがないのは良い便り、という言葉もあるが、便りを出したくても出せない状態であれば話は別だ。


 涼がいるオリジア皇国は、拠点としているプレイヤーが少ない。しかもプライベートホームがあるのは『村』だ。大都市のサベレコリスとは違って略奪や暴行などの人災は少ないだろう。最寄の都市から距離があるので、食料争奪戦に巻き込まれている可能性も低い。


 ただその分、ワンダラーに対しては無力だということだ。


「最悪のケースなんですが、ワンダラーに殺されて英雄殿に籠りっきりってことも」


 明は爪を噛んだ。


 アシッドアイに殺されたプレイヤーの中には、まだ英雄殿から一歩も出ない者もいる。暗がりの水に異様な反応を見せることもあるそうだ。完全にPTSDの症状である。


 もしも涼が、リユニオンクリスタルさえ使えない精神状態にあったとしたら。もしも村に帰還した直後にワンダラーに襲われて、英雄殿の中で精神の平衡を失いつつあるのだとしたら。


 明はぞくりと身を震わせた。


「ちょっとそれ……大変じゃん! すぐみんなで迎えに行こうよ! 誰かクリスタル持ってる!?」


 即断即決即実行のサライアが気勢を上げた。しかし、メンバーは首を横に振る。


 『バー・クラープラ』は探検派ギルドだ。普段は各自が新たなる美酒の情報を入手すべく、全世界に散っている。耳寄りな情報を入手した場合は、メンバーを招集。その際に、発起人のメンバーを中心に最寄の英雄殿までクリスタルで飛ぶ。未知の美酒は大抵僻地にあり、最寄の英雄殿への訪問歴があるプレイヤーは発起人だけの場合が多いからだ。このプレイスタイルゆえに、『バー・クラープラ』は中レベルゾーンのギルドにしてはクリスタルの消費数が多い。


「わたしが持ってます。一つだけですけど」

「……帰りの分がない、か」


 ベルナドットがため息混じりに言う。


「リョウちゃんの家まで行けば何とかなります。プライベートホームがグレード9になったらしいんで、クリスタルを作れる工房があるはずです」

「グレード9!?」


 全員の顎ががくんと下がった。


 うつむいていたシーダまで両手をだらりと垂らし、あっけに取られた表情になっている。


「……ほんとリョウちゃんて」

「意表を突くと言うか、斜め上と言うか……」

「リョウさんらしいけど……」

「最古参プレイヤーでも滅多にいないだろ……」


 メンバーが口々に言う。


 レベル50未満でグレード9のプライベートホーム所有は、あり得ない訳ではないが非常識の部類に入る。プレイ時間のほとんどを費やしていないと、ここまでのグレードは見込めない。涼の行動がカルミナオンラインの本来のプレイスタイルから外れていることを重々承知している明には、反論ができない。


「えーっと、じゃあ、クリスタルのことは問題ないんだね。メイちゃんに錬成してもらうことになっちゃうけど」

「素材はありますし、錬成するのは構わないんですけど、リョウちゃんが英雄殿にいなかった場合が問題なんです」


 全員が揃って首を傾げた。


 妙なところで団結力を発揮する彼らに、明は苦笑を浮かべた。


「リョウちゃんの村には英雄殿がありません。一番近いのはイズモなんですけど、あそこは馬のレンタルもないから、村まで徒歩で何時間かかるか分からないんです。それから、リョウちゃんの村にマーカーを打ってないんで、正確な場所が分かりません」

「まあ普通はダブルマーキングなんかしないし、仕方ないだろ。しっかし迷ったら最悪だな。海路はどうなんだ?」

「村には港がありません」

「リョウちゃん……」


 サライアが頭を抱えた。


 どうしてそんな場所にプライベートホームを構えたのだと言いたいのだろう。明にも気持ちはよく分かる。


「下策かもしれませんし、移動できるのはわたしだけになっちゃいますけど、『フライト』で飛んで行けば何とかなるかもしれません。確かイズモ西部とイワミ東部には、飛行系のMobがいないはずです。移動時間を短縮できますし、セルフマッピングデータより詳しく地形が分かります」

「でも飛行系のワンダラーが湧いてたら、メイさん一人じゃ危ないですよ」

「振り切るよ。一応、リムだからね」

「そっか。そうですよね……」


 リムですもんね、とユンカースが続ける。


 明のような風妖精族カエリムは、種族特性アビリティとして1日に1度だけ『姿隠し』が使える。Mobの標的にされていても問答無用でターゲットを外す効果があるため、通常は戦闘中のヘイトコントロールをミスした時の最終手段として使用する。


「それに、全員がサベレコリスを離れるのは賛成できません。パーチの確保ができなくなります」

「あ、そっか。ちくしょう。……そうだよな」


 『バー・クラープラ』が『ボンジュ・オテル』に確保している部屋は5室。ベルナドット・フェリーチャ夫妻と、シーダ、ユンカース、サライア、明のそれぞれに1室だ。全て2人部屋である。


 1室には最低1名のプレイヤーが宿泊していなければならない。明が離れた場合、夫妻を別々にすれば5室確保できる。空きベッドは、仮にシュトウやハマがまだログインしていた時のために用意しておいたスペースだ。


 パーチハウスには現実のホテルのようにエキストラベッドを入れるような融通が効かない。ベッドに不自由しているプレイヤーが大勢いる中で、空白要員の場所まで確保するのは非難されても仕方がないと承知しているが、どうしても仲間が優先になる。


「僕が思うに」


 シーダがおずおずと手を上げる。


「もしリョウさんがイズモの英雄殿から出られない状態になっていたら、メイさん以外の誰かが一緒だと、しんどくても無理をするかもしれない。リョウさんは人に迷惑をかけるのが大嫌いだから」


 明は、おや、と思いながらシーダを顔を眺める。


 涼の感情的な我がままをフォローしてくれたのは有難いが、まさかシーダが言い出すと思わなかった。


「メイちゃんとリョウちゃんはリアルでも友達なんだもんね」

「リョウちゃんはいつも謝ってばかり。私達が好きでやってるんだから、気にしなくていいって言ってるのに」


 サライアとフェリーチャが、拗ねたように口を尖らせた。


「それがリョウさんのいいとこですからね」


 ユンカースがへらへらと笑う。


 そして自然に全員の視線がベルナドットに集まった。


 普段はおちゃらけていて頼りなさそうに見えるが、有事で決断を下すのは、やはりリーダーのベルナドットだ。どんな結末になっても、彼の判断なら納得できる。ベルナドットには、そう思わせる雰囲気がある。そうでなければ、自由気ままで奔放な飲んだくれの集まりである『バー・クラープラ』のリーダーは務まらない。


 ベルナドットは、たっぷり1分考え込んだ。


 メリットとデメリット、リスク、そしてメンバーの感情。ベルナドットの脳の中で目まぐるしく交錯しているに違いない。


 ベルナドットは大きく深呼吸すると、にやりと笑った。


「メイ、行って来い。メイがいなくなるのは痛いけど、リョウちゃんの安否確認が優先だ。俺たちはここでパーチを確保して、情報を集める」

「リーダー、すみません」

「いや、いいよ。なあ、リーチャ」


 話題を振られたフェリーチャは、優しく微笑みながらうなずく。


 夫唱婦随とはこのことか。良い夫婦だな、と明は思った。


「ただし、出発は明日の10時以降だ。リョウちゃんのことだから、きっちり3日間情報収集して戻るつもりかもしれん。何もないのが一番だからな。それに、今から出ても暗くて村が見えんだろ」

「了解です」


 明は実体化しかけていたクリスタルを戻すと、びしりと敬礼した。自分でも気づかなかったが相当焦っていたらしい。


 ベルナドットが言うとおり、カルミナオンラインの夜の闇は深い。大都市にいると魔法照明で比較的明るいが、地方都市、ましてや村周辺となると真の闇に近いだろう。それに、今夜は月が陰っている。


「じゃあ、そろそろ寝るか。あ、そうだメイ。ついでに村情報も集めて来いよ。レアだからな。あと、帰ってきたとき資料を山ほど用意しとくから覚悟しとけ」


 ベルナドットは明の頭をぐりぐりと撫でた。


 メンバーは、明が作成した資料をコピーしてから部屋を後にする。


「……どうしてこんなに色々な制限がかかってるんだろう。何かを試してるとしか思えない」


 去り際にフェリーチャが呟いた何気ない言葉が、妙に明の耳に残った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。