1-02
「なんでボスMobがこんなところに湧くんだよ!?」
「これ……ワンダラーMobか!?」
出現したアシッドアイに対して、プレイヤー達が驚愕の声を上げる。
Wanderer。放浪者。彷徨う者。
あり得ない位置に出現するMob。
その意味を、プレイヤー達は思い知る。
アシッドアイの、嘲るような咆哮が空気を震わせた。
「口もないくせに生意気に吠えるな! フレイムピラー!」
アシッドアイの足元に出現した蝋燭の明かりほどの火が、次の瞬間には巨大な一本の炎の柱となって立ち昇る。
黒魔法系ジョブの最高峰、アークメイジのみが行使できる炎系単体攻撃魔法、フレイムピラーだ。涼はこれまで遠目で一度しか見たことがないし、明はまだレベル不足で使えない。
アシッドアイの唯一の弱点は炎属性攻撃だ。直剣や曲刀などの斬撃属性攻撃は頭部にヒットすれば多少のダメージを見込めるが、刺突、貫通、打撃はほぼ通らない。頭部にはゴムのような弾力性があるためだ。足の場合は、斬撃すら柳の木のように受け流されてしまう。
また、アシッドアイが常に纏う酸の霧は、前衛職の展開ポジションを覆いつくし、持続ダメージを与える。かといって距離を取ると攻撃できないだけでなく、足による絞めつけ攻撃や、先端から噴出される酸の餌食になってしまうし、打たれ弱い魔法職への攻撃を許してしまう。前衛職はひたすら耐えるしかないのだ。いわゆる『前衛殺し』にカテゴライズされるボスMobである。
しかしそんなアシッドアイも、フレイムピラーを食らえばひとたまりもない。
アシッドアイは錆びた歯車が軋むような音を上げながら、炎の中で踊り狂う。
「精霊使いは風で火の粉を噴水に集中させてください! 建物に飛び火させないように!」
「あ、ケンシンさんだ」
指示を飛ばす男性キャラクターを見て、明が言う。
背丈は170cmほどで、決して高くはない。顔も、美男美女揃いのプレイヤーの中では珍しいほどに平凡だ。しかし優しいながらも張りのある低い声と、その体から滲み出る雰囲気が、容姿の平凡さを払拭するほどのカリスマを感じさせる。
そして身に纏う鎧は、初期装備の皮鎧がそのまま金属製になった形のものだ。噂に聞く『廃神装備』だろう。初期装備から気が遠くなるほどの強化を繰り返し、最高級のユニーク装備に匹敵するほどに鍛え上げる一品だ。
初期装備の最大の特徴は、『壊れない』ことにある。武具の修復には馬鹿にならないコストがかかるので、『壊れない』のは無視できないメリットだ。ただし高レベル帯で実戦で耐える状態まで仕上げるには、まさに廃人レベルの莫大な時間と手間が必要になる。気の長さには定評がある涼も、廃神装備作成に関しては挫折した。
「知り合いの人?」
「メインの方のだけどね。ケンシンさんは『ホルモンブラザーズ』のギルマスで、レベル99のジャッジ。たまにカーディナルになってることもあったから、白魔法と付与魔法もすごくレベル高いと思う」
涼はぽかんと口を開き、改めてケンシンを見る。
レベルが旧上限値に達していることも凄いが、それ以上にジャッジとカーディナルのジョブを行ったり来たりできる武器・魔法スキルレベルの高さが凄まじい。
ジャッジは、槍スキルLv70以上かつ祝術がLv40以上でなくて就けない複合ジョブだ。さらにカーディナルは、シークエンス『歩みを定めし者』のクリアと、白魔法Lv70以上、付与魔法Lv40以上 祝術Lv40以上が必要な特殊ジョブだ。
要求スキルレベルを満たしていれば気楽にジョブを変更できるカルミナオンラインにおいても、複合ジョブと特殊ジョブを行き来できるプレイヤーは稀である。
「ケンシンさん以外のギルメンもいるのかな? あそこはレギオン戦の指揮が上手いんだよね」
「ひゃ~、すごいね~。そんな強い人がいるなら安心だ」
「ほんとに。ホルブラならアシッドアイは雑魚扱いだよ。フレイムピラー使ったのはクロカンさんかな?」
明は全身の緊張を解いて、観戦を決め込む。
もはや涼は嘆息するしかない。
カルミナオンラインは一人でのプレイ、いわゆるソロでもレベリングが可能だ。しかしソロでは、Mobにダメージを与えるダメージディーラー、敵愾心を稼ぎMobの攻撃を集めるタンク、各種付与効果を他プレイヤーに与えるバッファー、回復役のヒーラーの4役をこなすのが困難であるため、パーティと呼ばれる2人から6人のチームを作る。
さらにパーティでも太刀打ちできない強敵を相手にする際には、レギオンという徒党を組む。レギオンは、その語源である『軍団』の名の通り、最低2パーティ以上による連合となる。通常のパーティをそのまま使用する師団運用、各パーティにダメージディーラー等の役割を持つプレイヤーを集めてレギオン自体を巨大パーティとして扱う総軍運用など、様々な戦術がある。いずれにしても各パーティリーダー、そしてレギオンリーダーには高度な指揮能力が求められる。
単独パーティーのリーダーさえろくに努められない涼にとって、完全に雲の上の存在である。
「それにしても、すごい熱さだね」
明は熱風で煽られる巻き毛を抑えた。涼もじりじりと熱せられる皮膚をさする。近距離であれば間違いなく火傷をしただろう。加害禁止コードは、プレイヤーの魔法の余波からも体を守っていたのだ。
「メイちゃん、私の後ろに」
「うん。ありがと」
明が涼の後ろに隠れるとほぼ同時に、2発目のフレイムピラーがアシッドアイを焼いた。
これが決め手になったらしく、アシッドアイは陽炎のように揺らめきながら、黒曜石様の球体になり、砕け散る。
「終わり、かな?」
「2発かあ。すごいね~。私達が戦ったときはすっごく苦戦したのに」
「クロカンさんはレベル・スキルカンストのアークメイジだし、フリムだから炎属性魔法なら種族特性ボーナスつくし、ブースト装備もしてるだろうし……。ステも知力振りだって聞いたことある。炎属性魔法なら、現時点での最高値に近いんじゃない? フレイムピラー2発だと、オーバーキルかもね」
「レベルもスキルもカンストなんだ……。あ、ってことは経験点もらえないのかあ。もったいないね」
カルミナオンライにおいて、Mobから得られる経験点はプレイヤーとMobのレベル差によって決まる。どんな強敵を倒したとしても、プレイヤーとのレベル差が±10以内でないと経験点取得対象にならないのだ。
それに加えて、パーティを組んでいる際にはレベルが平均化されるという二重の制限がかかる。
たとえば、レベル99とレベル1のプレイヤーが組んだ場合、平均値は50。レベル50のMobを倒しても、本来のレベルとかけ離れているので経験点は入らない。レベル10のMobを倒しても、今度は平均化レベル制限に引っ掛かって経験点が入らない。カルミナオンラインにおいてパワーレベリングが困難とされるのは、このシステムのせいである。レベル99のメインキャラクターを持つ明がわざわざ『メイ』を作ったのも、涼をしつこくMob狩りに誘うのも、レベルを±10の範囲に収めるためだ。
ただしクエスト達成によるボーナス経験値はレベル補正の対象外である。カルミナオンラインでクエストが重視されるのも、雑魚狩りによるレベリングが困難という事情に基づいている。
アシッドアイのレベルは50。適正レベル帯である涼や明にとっては強敵だが、レベル99であるケンシンやクロカンには経験点の対象外、まさしく雑魚だ。
「それにしても、町中にMobが湧くなんて」
「だからワンダラー、ってことなのかな? アシッドアイが湧いたのがサベレコリスで良かったよ。大都市は高レベルプレイヤーが多いし、今は戦力が集中してるし」
「え? じゃあ、もし村に湧いたら……」
涼のつぶやきに、明は苛立たしげに爪を噛む。
「そっか。サベレコリスだけってわけじゃないだろうしね」
「下がれ! まだ湧くぞ!」
完全に弛緩しきっていた広場に、クロカンの鋭い声が響く。
明と同じく観戦体勢に入っていたプレイヤー達は、ぎょっとした表情で噴水を注視した。
1体目のアシッドアイは消滅したが、黒い水はまだ湧出を止めていない。
ごぼり、と不気味極まりない水音をさせながら、単眼が広場のあちこちに出現する。
それはまさに、黒い林だった。
ボスMobの群れという異常事態に、プレイヤーの思考が停止した。
そんな中、やはりいち早く動いたのは『ホルモンブラザーズ』の面々だった。
「ホルモンブラザーズ、腕章装備!」
ケンシンの大音声が響き渡る。
「クロカン、ギース、シャッポ、ココロ、範囲魔法は使うな! プレイヤーにも魔法が当たる! サジは北、オジイは西、ポンは南、モッチーは東への街路前でレギオン完成を急げ! ロヴィ、シグマ、オメガ、コリーンはレギオン完成まで足止めしてくれ! アシッドアイを広場から出すな!」
「ケンシンさん、無茶ぶりしてくれるよなー」
涼と明の側にいた黒金色の全身鎧のプレイヤーが、どこか嬉しそうな声色で言う。
そして両手斧を肩に担ぐと、悠然と噴水へ歩いて行った。
おそらくアシッドアイの足止めを頼まれたホルモンブラザーズのメンバーなのだろう。場違いとも言える余裕に、周囲のプレイヤーはただ呆然と彼の背中を見送る。
「レベル40以上の有志はレギオンへの参加をお願いします! 地上にいる方は東西南北にいるホルモンブラザーズギルド腕章をつけたプレイヤーの側に集まってください! オレンジベースに黒い鍋のシルエットのデザインです! 高所にいるプレイヤーはそのままの位置で結構です! 最寄のパーティへの参加申請をお願いします! 参加できない方は、安全圏へ退避してください!」
ケンシンのレギオン参加の呼びかけに、プレイヤーたちははっとなって顔を上げた。
「レギオンリーダーは私、ケンシンが勤めます! 師団運用で当たりますので、よろしくお願いします!」
プレイヤー達はこくりとうなずき、あるいは生唾を飲み込んでから、一斉に行動を開始する。レベルが低い者は広場から遠ざかり、該当レベルの者はホルモンブラザーズメンバーの元へと走る。しかし彼らの顔から困惑と焦りが消えることはない。
ボス戦とは通常、万全の準備を整えてから行うものだ。
事前にパーティ、もしくはレギオンを組んで作戦を練り、味方の戦力を把握し、装備やアイテムを確認し、支援魔法をかけてから突撃するものなのである。
戦闘開始後のレギオン結成は、カルミナオンラインの戦闘の常識から外れている。ましてこの場にいるのは、互いに面識がないプレイヤー達だ。ホルモンブラザーズのメンバーがパーティリーダーを、ケンシンがレギオンリーダーを務めるにしても、意思疎通の困難さから生じる命令系統の混乱は必至だろう。
そして、戦場は都市だ。路地や通りなどの隘路では、前衛職が効率的に展開できない。魔法や弓の射線の妨げになるオブジェクトも多い。
この時点でプレイヤー達は、自分たちが圧倒的に不利な状況で戦闘に挑まなくてはならない事をよく理解していた。
「あぢぢぢぢ! 焦げる焦げる! もうちょっと下がってからにしてくれ!」
「数が多すぎだ! リキャスト稼げない! 魔法のランク下げろ!」
「了解!」
足止めを頼まれたホルモンブラザーズの前衛職4名は、各種アビリティを駆使しながらアシッドアイのターゲットを取り、魔法詠唱の時間を稼ぐ。そして彼らが距離を取った瞬間、魔法職の4名が炎属性単体攻撃魔法で各個撃破。そして再び戦士職が前に出る。あとはその繰り返しだ。
単調に見えるが、少し間違えば戦士職はアシッドアイのターゲットを保持できなくなって魔法職への攻撃を許してしまうし、魔法職はその劫火で味方を焼いてしまう。まさに綱渡りのような戦いだ。
しかも、次々に沸くアシッドアイの数には追いつけていない。じりじりと押されている。
涼と明は、彼らの戦いを横目にしながら、ホルモンブラザーズメンバーの元へと走る。
「レベル54、ソーサラーで、黒魔法42、付与魔法31です」
「レベル47のモンクで格闘スキルは38です。魔法は使えません」
「前衛は60以上が固めるから、ソーサラーは炎属性魔法で攻撃。モンクは後衛の護衛。後衛が酸に被弾しそうになったらカバー。経験点は度外視になる。OK?」
ほっそりした森妖霊族エルヴンの女性が、てきぱきと指示を飛ばす。
「了解しました」
「了解です」
涼と明は力強くうなずいた。
アシッドアイの群れと急造レギオンの戦闘は、実に3時間にも及んだ。
通常は、ボス戦でも1時間を超える長時間戦闘は少ない。全感覚をキャラクターに投影する事情もあり、プレイヤーの集中力がもたないからだ。2時間以上の超長時間戦闘の経験者に至っては、全プレイヤーでも100名を下回るだろう。
ホルモンブラザーズのような最高位レベルのプレイヤーがいたにも関わらず、超長時間戦闘に至った理由は、『Mobのアルゴリズム変更』『加害禁止コードの解除』『センスアブソーバのレベル引き上げ・引下げ』、そして『死の恐怖』の4点にあった。
本来ならばアシッドアイは、群れとして出現するはずのないボスMobである。それゆえ、単体で複数のプレイヤーを相手取れるようにデザインされている。そのボスMobが、通常Mobのように連携攻撃を仕掛けてくるのだ。
1体に集中していると、他の個体に回り込まれる。そして重量級Mobであるアシッドアイは移動系攻撃の度に『バトルクエイク』と呼ばれる極地地震を引き起こすが、これが波状攻撃と化して前衛職の足を取った。たたらを踏んだところに、複数のアシッドアイから踏みつけ、締め付け、酸の猛攻撃が襲う。歴戦のプレイヤーと言えども、一度巻き込まれてしまったら自力脱出は困難だった。
加害禁止コード解除によって、高レベルプレイヤーが強力な範囲攻撃や範囲回復を使えなくなったことも、作戦の崩壊を招いた。加害禁止コードが解除される前は、プレイヤーがプレイヤーの攻撃範囲内にいてもダメージがなかった。同様に、プレイヤーが行使する回復アビリティの範囲内にMobがいても、Mobに癒やしの恩恵は与えられなかった。しかし今は、ダイレクトに影響する。
フレイムピラーのような最高位魔法は、5メートル以上離れていても熱が肌を焼く。炎はアシッドアイが纏う酸も一時蒸発させるのだが、最高位魔法の熱は下手をすれば酸の瘴気よりもダメージが大きい。そこで高レベルプレイヤーも、二次被害を避けるために中から低位の魔法で攻撃するしかなかった。
また、これまでプレイヤーがほぼ気にしていなかった痛覚も、被害の拡大に拍車をかけた。火傷や殴打の激痛が、現実のそれと同じように伝わるのだ。痛みによってパニック状態に陥ったプレイヤーの多くは、その場でうずくまるか、転げまわった。アイテムやアビリティによってHPが回復しても痛みはしばらく残るらしく、彼らを安全圏へ運び出すために貴重な人員を割かなければならなかった。さらに痛みの記憶は恐怖となってプレイヤーに焼き付いたようで、戦線離脱した後に復帰した者はほとんどいなかった。
そして戦闘開始から約30分。
最初の死者が出た。
アシッドアイの足に横合いから掬い上げられ、群れの上へと放り投げられる形になった彼は、ピンボールの球のように弾かれ続け、四肢が砕けてぼろ屑のようになり、最後は建物に激突した。
その体が半透明になり、純白の光と化して消滅する。
プレイヤーにとっては見慣れた『死の光景』だったが、これまでとはある一点が異なった。
死亡場所に、何も残らなかったのだ。
通常は、消滅光が収束して涙滴型の結晶を作る。一定時間内に結晶に対して蘇生アビリティや蘇生アイテムを使えば、その場で復活することも可能なのだ。しかし、結晶がない。
カルミナオンラインの中で死んだら、現実でも死ぬのではないか。
その噂が、プレイヤーの動きを封じたのだ。
アシッドアイはプレイヤーの動揺を見透かしたように、猛然と襲い掛かった。悲鳴を上げて逃げ出したプレイヤーは、容赦なく背中を攻撃されて、次々に死亡した。
戦線崩壊、士気崩壊の壊滅的な状況を立て直したのは、ケンシンを初めとした『ホルモンブラザーズ』のギルドメンバー達。彼らより遥かにレベルが低いにも関わらず、不屈の闘志と叱咤激励でレギオンメンバーの心を支えた名もなきプレイヤー達。そして、レギオンに参加できなかったプレイヤー達だった。
レギオンに参加できなかったプレイヤーも、ただ手をこまねいていたわけではなかった。
声援はもちろんのこと、後方に運び込まれたプレイヤーの回復、精神的な慰めに奔走する。
戦闘開始から15分が経過した頃には、近くの建物からテーブルを借り受け、『置く』というアイテム放置アクションを使用し、手持ちの回復アイテムをフルマラソンの給水所のように並べ始めていた。そして誰の発案なのか、見目良い女性キャラクター達が心のこもった応援と共に手渡すというおまけまでついていた。
このサービスは、肉体的にも精神的にも疲れ切ったレギオンメンバーにとって、アイテムそのものより遥かに効果的だった。そもそもVRMMOプレイヤーは、ヒロイズムに弱い。そして老若男女問わず、可愛いらしい女性には弱いものだ。馬鹿馬鹿しいと分かっていても、あえて発奮する者も多かったし、ジョークを口にする余裕まで蘇った。
広場周辺に集まった全てのプレイヤーが、それぞれが考えうる最善の行動を取る。
その結果、アシッドアイは徐々に数を減らし、ついには最後の1体へと辿り着いた。
「全員離れろー! 行くぞ! フレイムピラー!」
クロカンが、気合の籠った声で魔法を放つ。
炎の中でゆらめくアシッドアイと湧出の元である噴水を、プレイヤー達は固唾を飲んで見守った。
ケンシンは、最も高い塔の上から狙撃を担当していたボビーに目を向ける。彼は、注意深く四方を見渡した後、両手で大きな丸を作った。
「戦闘終了です! みなさん、お疲れ様でした!」
ケンシンは明るい声で戦闘終了を告げると、深々と頭を下げた。
一瞬の静寂ののち、広場は歓声に包まれる。
両の拳を天に突き上げる者、へたり込みながらも小さなガッツポーズを取る者、抱き合って喜びを分かち合う者、地面にうずくまって号泣する者。
ありとあらゆる歓喜の表現が、広場に繰り広げられた。
戦闘に参加できなかったメンバーからも、雨のような拍手が降り注ぐ。事の成り行きを見守っていたNPCも、英雄を讃える唱和に加わった。
「メイちゃん!」
「リョウちゃん!」
明と涼は互いを見つけると、がっちり抱き合った。勢い余って涼が明をかかえる形になり、そのままくるくると回る。羞恥心など何処かに吹き飛んでしまっている。死地から生還した者の、根源的な喜びだった。
「うー、頭が重い。体がだるい」
明が言うと、涼は慌てて地面に下ろし、顔を覗き込んだ。
メイの顔色は、白を通り越して青くなっている。
「大丈夫?」
「うん、平気。被弾しなかったのに、なんだろ、これ? リョウちゃんは大丈夫?」
「私も酸を浴びたところがまだおかしいかな。皮膚がひきつってる感じがするし、ジンジン痛い。回復してもらったのに」
「ペインアブソーバの影響かな? そっか。私もMP使い過ぎて疲労状態だからこんななんだ」
「マナポーション飲む?」
「まだ残ってたの?」
涼はぎくりとなり、明から目を逸らす。
「……あの、怒らないでね? ほんとにやばい時、メイちゃんに使ってもらおうと思って隠してたの。ごめんね。レギオン戦なんだから、全部出すべきだったよね」
「うーん、結果オーライってことで」
明は涼の頭を優しく撫でた。明が怒っていないと分かった涼は、安堵の息を吐く。
「はい。マナポーション」
「ありがとう。あー……美味しい。うわ、一気に楽になった!」
明は頭を左右に振りながら、笑顔で回復をアピールする。
涼はMPを消費するアビリティを使用しないため、疲労・疲弊状態の辛さが全く分からない。貧血に似た状態なのだろうかと想像するものの、健康優良児の涼は風邪すら無縁だった。しかし明が辛いのは嫌なので、楽になって良かったと思う。
だがしかし、涼の笑顔はある女性プレイヤーを視界に捉えた瞬間に消えた。
涼と明からほんの数歩しか離れていない場所にいる女性プレイヤーは、戦闘終了直後から絶望的な表情でへたり込んだまま動かない。戦闘中に彼女を守っていた人族ヒューマの男性は、酸の連続攻撃を食らって死亡した。彼女は死んだプレイヤーのギルドメンバーかフレンドなのだろう。もしかしたら、リアルでも知り合いなのかもしれない。
「……死んだ人は、どうなったんだろう」
「結晶、出なかったよね」
喜びに沸いていた広場も徐々に現実を取戻し、ざわめき始めていた。




