2-03
沈黙に支配された室内で、明は少しずつ考え始める。
ユンカースが言うように、現実的に考えるとプレイヤーだけでカルミナ全体をフォローすることなど不可能に近いだろう。アンルリーホーンやシーサーペントのようなボスMobに対抗できるのは、所謂『ピュアプレイヤー』だけだ。全プレイヤーの5%にも満たない。
カルミナオンラインには、2種類の高レベルプレイヤーが存在する。
ひとつは『高レベル+高スキルレベル+上位ジョブ』の『ピュアプレイヤー』、もうひとつが『高レベル+中スキルレベル+中位ジョブ』の『ダルプレイヤー』だ。ユーザが増えた現在では、ある意味で差別的なこのスラングを表立って使用する者は少ないが、匿名の攻略掲示板では頻繁に語られている。
2種類のプレイヤーの違いは、カルミナオンラインがレベル+スキルレベル+ジョブ制のVRMMORPGであり、必要スキルレベルさえ満たせば容易にジョブを変更できるシステムに起因する。
レベルことキャラクター本体のレベルはMob狩りやクエストクリアによるボーナス経験点で上昇し、スキルレベルは関連アビリティを使用することで上昇する。つまり、レベルは通常の行動を取っていれば半自動的に上がるが、スキルレベルは意図的に鍛えてやる必要がある。
『ピュアプレイヤー』とは、遅くともレベル10に達した頃には将来的なジョブを決めて、計画的にスキルレベルを上げてきたプレイヤーを言う。
明のメインキャラクターは典型的な『ピュアプレイヤー』だ。ジョブは複合ジョブのホーリーナイト。レベルも必要スキルのレベルもMAXだ。レベルアップ時のボーナスポイントも、種族特性と戦闘スタイルに合わせて上手く振り分けており、無駄はない。生粋の『ピュアプレイヤー』と言えるだろう。
対して『ダルプレイヤー』は、複数の戦闘/魔法スキルや生産/加工スキルを中途半端なレベルで保有していることが多い。レベルとメイン戦闘/魔法スキルレベルが大きく離れているのも特徴だ。往々にして彼らは中レベル帯に入ってもキャラクターの方向性を定めかねたプレイヤーで、様々なスキルやジョブを試しているうちにレベルだけが高くなってしまっている。ボーナスポイントの振り分けに失敗しているケースも多い。
ちなみに、生産/加工スキルレベルが高いプレイヤーは、戦闘/魔法スキルレベルが低くととも『ダルプレイヤー』には含まれない。こちらは『漁業スキル=漁師』のように、農家、大工、鍛冶師、錬金術師、細工師などと渾名されている。
スキルレベルが低いことで起こる弊害は、『スキル補正』と『ジョブ補正』による達成値の差だ。
例えば、レベル50/片手剣スキルレベル10のプレイヤーと、レベル30/片手剣スキルレベル30のプレイヤーが、同じ片手剣で同じMobに攻撃した場合、後者の方が与ダメージが高い。スキルレベル10と30では、スキル補正による達成値のポイントが段違いだからだ。また、後者が片手剣を使用するジョブであるソルジャーなどの場合は、さらに『ジョブ補正』も加わる。プレイヤーの戦闘行動による達成値は、基本ステータスのみで算出された『ベース値』と装備品の『装備ボーナス』に、『スキル補正』『ジョブ補正』を加えたもので決定される。単純にキャラクター本体のレベルが高ければ強いというわけではないのである。
もっとも、ダルプレイヤーも時間を費やしてスキルレベルを上げれば、ピュアプレイヤークラスへステップアップできる。しかしその道のりは果てしなく遠い。ゆえに一概には言えないが、ダルプレイヤーの中にはピュアプレイヤーだけでなく、明達のようなピュアプレイヤー予備軍の中レベル帯に対して劣等感を抱く傾向がある。
レベルが大幅に離れているのに、戦闘能力では大差がないこともあるのだから、彼らのその気持ちも分からなくはない。明とて、同レベル帯で黒魔法一本槍で鍛えてきたソーサラーや、付与魔法一本槍のエンチャンターには適わない。明は黒魔法と付与魔法の複合ジョブであるネクロマンサーを目指しているので、どうしてもスキルレベルが劣るのだ。
どんなに妬ましくとも、現在の厳しい状況下を凌げるのは完成された『ピュアプレイヤー』だけだ。中レベル帯の明達も、ダルプレイヤー達も、いくらレベルを上げようとデスペナルティを食らってしまったら追記事件当時のデータにロールバックしてしまうからだ。
サベレコリスのインプレッションが地を這ってしまったのは、エリアが広すぎたこと、プレイヤー人口が多過ぎたこと、貴重なピュアプレイヤーを分散してしまったことが原因だろう。
英雄候補であるプレイヤーがカルミナ全土を守りたくなるのは当然の心理だが、留守中に本拠地を狙われてしまっては本末転倒だ。大都市を拠点にクリスタルで全世界を飛び回るよりは、普段は最適化した人数で英雄殿がある町程度の規模の集落に居住し、定期的に連絡を取りつつ有事に集合する方が効率もいい。狭い範囲でピュアプレイヤーが目を光らせていれば、警察権力的な圧力も働くので、犯罪も減るだろう。
そこまで考えて、明はぞくりと悪寒に身を振るわせた。
トップに立つピュアプレイヤーが善人ならば理想的な集団が形成されるだろう。しかし悪質な輩だった場合は恐怖政治の町になる。また、PKerのような連中が独自に集落を乗っ取った場合は、どうなるのか。
いや、すでにPKerによって乗っ取られた集落があるかもしれない。なにしろPKerたちは、PKによる食料の無限増殖という奇想天外で非人道的なアイデアを生み出し、実行しているほどだ。戦闘能力と自由意志を持つプレイヤーより、非力かつ従順なNPCの上に君臨して農作業に従事させる方が容易だろう。
あるいは、低レベルプレイヤーを囲い込んでいるかもしれない。PKという苦痛をちらつかせて相互監視させれば、数十人程度の支配は難しくない。NPCによる生産は手作業だが、プレイヤーならば生産スキルを使用すれば農作業も効率良くこなすことが出来るので、相当な生産高が期待できる。
「……あの、サベレコリスの人達の……NPCの被害はどれくらいだったんでしょうか。何人くらい、亡くなったんでしょうか」
涼がおずおずと手を上げる。
「『CFA』の発表だとツインによるNPCの被害者は約2万人。僕もほぼ同数を確認したよ」
「ツイン?」
首を傾げる涼に、シーダは若干身を乗り出して微笑みかけた。
「ワンダラーの情報を整理するために、『CFA』主導でいくつかのルールが設定されたんだ。WMMっていう専用の新聞も発行されてる。リョウさんとメイさんが戦ったアシッドアイの群れは、サベレコリス・ファースト。シーサーペントはサベレコリス・セカンド。でもサベレコリスでは他の都市のワンダラーと区別するために、アシッドアイをクラスター、シーサーペントをツインって呼んでる。2匹だからツイン。安直だけどね」
「そのツインに、2万人以上が……」
涼は眉を顰めて、今にも泣きそうな表情になる。
「うん。『サーギングウェイブ』で海に引きずり込まれたのは、プレイヤーだけじゃなかったんだ。NPCも、建築物なんかのオブジェクトもたくさん巻き込まれた。僕はハイモンクだし、装備が軽かったから、沈まずに沖まで流されただけで済んだけどね、漂流物でダメージ食らったけど、HPだけは多いし。……海面には、NPCの球体がたくさん浮いてたよ」
シーダによると、最初の『サーギングウェイブ』後の港にはまだシーサーペントの姿があったので、海上で漂いながらまず仲間の無事と状況を確認しようとしたのだそうだ。そこで表示したサベレコリスのステータスウィンドウでは、人口がカウントダウンのように勢いよく減っていた。シーダが確認できただけで、約5千人。おそらく港湾部に居住していたか働いていたNPCだろう。
2匹のシーサーペントのうち1匹は、多くのプレイヤーを屠ったことで満足したのか、ほどなくして海中へ消えた。しかしもう1匹は、微かな抵抗を続けるプレイヤーを嘲笑うかのように、ダメ押しの『サーギングウェイブ』を放った。
この、2度目の『サーギングウェイブ』でプレイヤーは全滅。1度目の破壊で馴らされてしまった町並みは、より広範囲が瞬く間に水に舐められ、さらに多くの人々が海へ引きずり込まれた。この時点で、シーダは合計2万人程の人口減少を確認した。
「あの、人口の最大値はどうなってますか? 例えば、30,000だったのが10,000になってたりしますか?」
涼とシーダ以外の全員が素早い動作でウィンドウを開く。
サベレコリスの人口欄には、52,562/52,562と表示されていた。
大都市で現在値と最大値がイコールになることは、まずない。カルミナオンラインのNPCはリアル時間の1ヶ月につき1歳年を取る。人族ヒューマの寿命は平均で80歳、リアル時間で6年少々だ。都市では人口の多さも手伝って、常に何十人単位で現在値が動いている。
「あ!」
全員が口を揃えて叫んだ。
目の前で、数字が52,561/52,561に減少したのだ。
「最大値が減るって……。え? それって、NPCの再生産が、ない、ってこと?」
明の言葉に、涼はこくりと頷いた。
「メイちゃん、黙っててごめんね。私の村、サツカ村っていうんですけど、追記事件前は現在人口も最大人口も100人だったのに、今は両方とも95人なんです。普通なら、5人亡くなっても95/100って表示されて、リアル時間で1週間以内くらいに誰かのおめでたがあるのに。なのに95/95で、最大値が減ったままなんです」
通常のプレイヤーは、都市人口など設定の一部であって気にも留めない。また、人口欄を見なくとも、集落規模の項目を見れば、おおよその人口が分かる。明もわざわざ人口欄を見たのは、カルミナオンライン最大の都市ロンクに行った時だけだ。あまりにも巨大なので、単純に人口がどれくらいなのか気になったのだ。
サツカ村では逆に人数が少ないからこそ、些細な変化にも気づけたのだろう。特に涼は開拓シークエンスを進めているので、人口の増減には敏感だ。
「もしかしたら耕作地じゃなくて綺麗なお水が足りないから最大値が下がったのかもって、井戸も掘ってみたけど、ダメでした……」
明はなるほど、と心の中でつぶやいた。
この状況下でのんきに井戸掘りとは逆に涼らしいなと思いもしたのだが、別の理由があったようだ。
農村人口の最大値は、プレイヤーの開墾による耕作地面積の拡大によってのみ上昇する。そして、最大人口が減少するのは、耕作地が荒地になった時だけだ。
最大値ではなく、現在値が変動することはよくある。NPCは寿命や病気で死んで、生まれ変わるからだ。その他に、食料や飲料水の不足、風土病等の環境的なマイナス要因があると、現在値が最大値を大きく下回るケースもある。絶海の孤島で土地だけ開墾しても、実際の人口が増加しない。
最大値はマイナス要因があっても変動しないのだが、涼が井戸を掘ったのは、マイナス要因の排除に一縷の望みをかけたからではないか。
「減ったまま、戻らない。これもシステムの変更なんでしょうか」
「その可能性もあるけど、もしかしたらサベレコリスは最大値自体が減ってるのかもしれないよ。確か大都市の人口は雇用がベースだよね? 『サーギングウェイブ』で建物が壊されたから、雇用が減ったんじゃないかな。そのせいで、現在値が減ったら最大値も減っちゃうのかもしれない」
シーダの慰めの言葉に、しかし涼はゆるゆると頭を横に降った。
「でも私の村には、何も。農村ですし、耕作地は余ってるし、村の人たちはご飯もたくさん食べてて、お水もあります。病気もありません。みんな、健康で」
涼が、穏やかな声色で言う。
口の端には柔らかな笑みさえ浮かんでいる。
「……マタジロウさんたちは、もう、生まれ変わらないんですね。本当に、死んでしまったんですね。二度と会えないんですね」
自分自身の確認のために紡いでいる。そういった声色だ。
静かに微笑んだままの涼の目から、すうっと涙がこぼれた。
まるで、涼自身が押し殺そうとした感情の奔流が、涙に変わって溢れ出ているかのようだった。顎で合流した左右の涙は、膝の上で組んだ手に落ちて、ぱたぱたと雨のような音を立てる。涙は後から後から溢れて止まらないのに、涼は何かを悟ったかのように薄く微笑んでいる。
「リョウちゃん……」
見る者の心が痛くなるような泣き顔だ。
明は涼の手を両手で包み込み、顔を見上げる。明の頬と手の甲にも、涼の涙が落ちた。VR技術で作られた偽物の涙のはずだが、現実のそれと同じように熱く、重い。
「どうしよう、メイちゃん。みんなが気づいたらどうしよう」
涼は震える声で言うと、明の肩に顔を埋めた。
カエリムの細い肩だけでは、ヴァンダの頭を支えられない。明は両腕を涼の首に回して抱き留める。金髪をそっと撫でると、涼は堪え切れずに嗚咽を漏らした。
「もしかしたらって思ってたけど、でも……私、みんなに、ひどい嘘を。メイちゃんにも報告、しなかったし」
「わたしのことは別にいいから」
「メイちゃん、どうしよう。村が壊れちゃう……」
明はなんと言葉をかければ良いのか分からず、ただ涼の長い金髪を梳き、背中を撫でる。
明がサツカ村にいたのは約1週間。涼ほど詳しく村人のことを知らないが、井戸掘りの際にシンパチという死者について愛しそうに語った村人達の姿は忘れられない。
ただのNPCだと思っていた村人が、『人間』に見えた。そして、ただの設定だと思っていた『楽園信仰』が、村人にとっては人生観を支える思想であり救いなのだと、強烈に感じさせられた。冷血漢と言われる明ですら深い感銘を受ける村で、涼は2年以上を年月を過ごしていたのだ。
人生の柱である『楽園信仰』が崩れた時、あの素朴で善良な村人はどうするのだろうか。何かを恨むのか、責めるのか、絶望するのか、あるいは。
「……俺らで埋めたらダメかな、リョウちゃん」
ベルナドットの突然の提案に、明は目を瞬かせる。
涼も明の肩から顔を放し、ぼんやりとした定まらない視線でベルナドットを見る。
「メイはもう村に行ったことがあるから別として、俺らはちょうど5人だ。例えば、大災害があったせいで、善行の石段、だっけ? それがちゃんと機能しなくなってるから、俺らはその人らが戻れるようになるまで代わりに村へ来た、とかさ……。ダメか。苦しいな。でも、少しは救われないかな?」
明は、目を伏せることでベルナドットの発言に答えた。
確かに、その場しのぎとしてはいい案だ。明も、他に村人に不信感を抱かせないための方便を思いつかない。しかしベルナドットの案を採用した場合、新たに死者が出れば、その人数に応じたプレイヤーを入植させなければ辻褄が合わなくなる。そう都合良く入植に適したプレイヤーがいるかといえば、答えは否だ。
「いや……うん。こういう言い方は卑怯だよな。正直に言う」
ベルナドットは明の沈黙を非難と受け取ったのか、力なく笑った。
「サベレコリスにいるのはもう限界なんだ。いつ部屋から引きずり出されて殺されるかもしれないって震えてるのは、もう、本当に嫌だ。それに、リョウちゃんの村には食べ物がある。村に寄せてもらったら、すごく助かる。もちろん、ちゃんと働く。俺らにとって都合がいいことばっかで、リョウちゃんには何も返せないし、結局リョウちゃんは嘘をつくことになるんだけど……」
ベルナドットは語尾を濁し、膝の間で組んでいた手に視線を落とした。しかし一度フェリーチャの方をちらりと見ると、すぐに顔を上げて、覚悟を決めた目で床に跪く。
そして、床に額をこすりつけた。
「お願いします」
「ベルナドットさん!?」
「……俺は、安全な場所が欲しいです。どうか、お願いします」
「やめてください、ベルナドットさん!」
「お願いします!」
涼が慌てて立ち上がり、ベルナドットの肩を揺さぶるが、彼は頭を上げない。
明は吃驚のあまり言葉をなくした。
土下座をするのは、相当な覚悟がいる。相手の罪悪感に訴えて譲歩を引き出すための手段のひとつとして軽々しく土下座を繰り出す者もいるが、ベルナドットは打算でそんな真似ができるような人間ではない。そう、例えば、『ブッチャーズブルーム』の現マスター、ヤミカゼのように。ベルナドットがそんな人間だったら、明はとうの昔に嫌気が差してギルドを離れている。
「ベル……」
フェリーチャが両手で口を覆って、涙声で言う。
ベルナドットが四つん這いになり床に額をこすりつけているのは、ギルドメンバーのためではなく、自分のためでもなく、フェリーチャのためなのかもしれない。妻であるフェリーチャのために、己の主義主張を曲げてでも安全を確保してやりたいのだろう。
すごい男だ、と明は思う。
たとえば涼のために、知人に土下座できるだろうか。プライドをかなぐり捨てて惨めに取り縋り、おこぼれを頂戴したいと叩頭できるだろうか。おそらく、できないだろう。何とか頭を下げずに解決できる方法を考え続けて、そして手遅れになるに違いない。
「願ったり叶ったりと言うか、渡りに船と言うか……」
明は、小さく息を吐く。
自分でも褒められた態度ではないと思うが、ベルナドットの友人である『メイ』としてではなく、男として負けたと思った『明』の嫉妬が、言葉を皮肉めいたものにした。
「リョウちゃんが村を空けてまでここに来たのは、理由があります」
明は涼に笑いかけて、言葉を促した。涼はほっとした様子で、顔を揺るめる。
「実は、みなさんにお話があるんです」
明と涼に『明るい農村計画』の詳細を聞いたギルドメンバーは、実に様々な反応を見せた。
ベルナドットは口をぽかんと開け、シーダは目をまん丸に開く。サライアは頬を紅潮させ、フェリーチャはほろほろと涙を零し、ユンカースはついに号泣した。
「……その話が本当なら、俺らに反対する理由はないっていうか、むしろ……リョウちゃんは気を悪くするかもしれないけど、win-win、なのかな?」
「win-winって、いい言葉ですね。本当ですよ」
「ああ、まあ、メイはともかく、リョウちゃんはこんな嘘を言うような子じゃないわな」
明はぴくりと眉を上げたが、あえて聞き流した。
「いやでも、マジでギルドホーム作ってくれるの?」
「はい。とりあえずグレード3のギルドホームを提供するつもりです」
「グレード3!?」
「はい。あの、グレード3のギルドホームの詳細はご存知ですか?」
全員がぷるぷると首を横に振った。
「グレード3のギルドホームは、居室は1人部屋のSサイズ2室、2人部屋のMサイズ5室になります。合計12人ですね。キッチンは通常食なら最大12、携帯食なら36食まで同時調理可能です。トイレは2箇所、サウナは1つ。ギルド会議に適した多目的ホールと、調理以外の加工スキルの基礎工房も付属しています。屋外施設としては牛・豚・鶏それぞれの厩舎、騎乗Mob10頭まで飼育可能な厩、それと納屋が付きます」
さらに全員がこくこくと首を縦に振る。
「あと畑なんですが、みなさんは6人ですので、自給自足しようとすると……えーと、1ヶ月で1年だから、1反の12分の1で、プレイヤーだから休閑地はいらないし、余裕を考えると……水田が1畝歩、畑も1畝歩は必要になりますよね。小麦を植えるならもう1畝歩くらいあった方がいいかな? 馬や牛もいると、牧草地も必要ですよね。ちょっと多めで合計5畝くらい。こちらも開墾します」
「リョウちゃん、尺貫法とか、普通わからないから」
「あ、すみません。うちは田舎なんで尺貫法を使うんです。1畝歩は約30坪です」
今度は全員揃って首を傾げた。
やはりこのギルドは、妙なところで団結力を発揮する。追記事件前に戻ったような彼らの反応に、明は少し嬉しくなった。
「30坪は約100平方メートルですから……えーとですね、縦横10メートルです。それほど大きくないですし、1畝くらいだったら一枚で敷けます。水田は使用可能になるまで少し時間がかかりますので、それまでは私のお米をお分けしますね。今年は豊作だったんで、新米がたくさんあります。うちのお米は美味しいですよ~」
涼にも、いつもののほほんとした調子が戻って来た。
明は、うっすらと微笑みながらギルドメンバーと涼の様子を眺める。
「ねえ、リョウちゃんの畑ってどれくらいの広さだったっけ?」
「水田は1反ちょっとかな。畑は小麦畑を入れて2反歩。あとは牧草地が1反歩。あ、1反は10畝なので、約1,000平方メートルです」
ついにギルドメンバーは、景気良くぱかんと顎を下げた。
「すみません。やっぱりみなさんに来ていただくんですから、5畝歩ずつくらいは必要ですよね。5畝歩あれば売却益も期待できますし」
しかし涼はギルドメンバーの驚愕を不満と勘違いして、さらに条件を釣り上げる。
「厩も、みなさんは6人ですから10頭じゃ等分に行き渡りませんよね。加工系も基礎工房だけでは物足りないでしょうし、というか基礎工房じゃクリスタルが作れませんし。せめてグレード5まで上げなきゃ、ですよね。あ、それと、私は石工レベルが高くないので、デザインがログハウス風に限られてしまいます。お時間をいただけたら、もう少しグレードを上げられますけど……そっか。お風呂がないのも嫌ですよね。これも作ります。それまでは私の家のお風呂を利用してもらうことにして……」
明は、耐え切れずに爆笑した。
ギルドメンバーと涼のすれ違いがひどすぎる。
涼の快適な住環境の基準は、涼のプライベートホームこと『御屋敷』だ。しかしギルドメンバーにとって、『御屋敷』のそれはカルミナオンラインの常識を外れている。価値観が全く違う者同士が話しているのだから、可笑しさも倍増だ。
「あのですね、リョウちゃんの林業スキルは55、木工スキルは42なんです。プライベートホームがグレード9なのは言いましたよね? それと、村のインプレッションはMAX。あと、『命の源、我が手で満る』の村井戸クエストクリアしてるんですよ」
「命の……って、最後は城井戸作成のヤツか!? マジでか!?」
「マジですよー?」
「メイ! つーか最初に説明してくれよ! 俺、土下座までしたぞ!?」
「えー? だってー、リーダーの誠意、見てみたかったしー?」
明がわざと茶化した口調で言うと、ベルナドットは軽く明の頭を叩いた後に、ぐしゃぐしゃと撫で回した。それにサライアも加わる。
明はもみくちゃにされながら、涼に笑顔を向けた。
「あ、そうだリョウちゃん。グレード5はちょっとやり過ぎ。大都市で同じグレードのを買ったら、500万バルくらいかかっちゃうもん。そんなの買えるのって、トップギルドくらいだよ。グレード3で十分だってば」
「え? そうなの?」
「うん。大都市は土地が高い、っていうのが一番なんだけどね。普通、ギルドホームの建設とかグレードアップにはものすごーくものすごーくお金と時間がかかるの。資材がとにかくたくさんいるし、作るのがNPCだからね。高レベルの職人プレイヤーが請け負ってくれたら大幅に工数が短縮できるけど、お金はもっとかかるし」
「私、村籠りプレイヤーだから、そういうの知らなくて……うちの方だと土地なんて切り開けばタダだし……資材は私が持ってるし……」
涼は申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げる。
ユンカースが、立場が逆でしょうと言いながら右手で空中にツッコミを入れている。
「でも、言っちゃったんで作ります! えーと、初来村キャンペーンってことで!」
「……でもリョウちゃんはそれで大丈夫なの? 無理してるんだったら」
ギルドの良心、フェリーチャが怖々とした様子で言う。
「大丈夫です! 建築資材の在庫もありますし、みなさんにもお手伝いしていただければ、1週間くらいでグレード3になると思います。田植えの季節じゃなかったら、村の人達もお手伝いしてくれたんでしょうけど」
「いやいやいや、自分らで出来ることはやるから」
「そう言っていただけると嬉しいです。ギルドホームが完成するまでは、私の家に泊まって下さいね。食べ物の好き嫌いってありますか? ベッドカバーやカーテンの色も、ご希望があれば仰って下さいね。在庫がいっぱいあるんです」
明は再度吹き出した。
食べ物やインテリアを気にするところが、どこまでも涼らしい。ちなみに明のベッドカバーとカーテンは緑だ。『メイ』に合うようにピンクを薦められたのだが、『明』に合わないし落ち着かないので断固として拒否した。
ギルドメンバーは涼を中心にして、生の玉ねぎが苦手だとか、椎茸はどうしても食べられないとか、夫婦同室ならベッドカバーはお揃いにしてもらいたいとか、非常にどうでも良い情報を交換している。
「あ、そうだメイ。イズモからサツカ村への移動経路って分かるか?」
「クリスタルで直接サツカ村へ飛べますよ」
明が言うと、ギルドメンバーは頭の上に特大の疑問符が浮かんでいるのではないかと思うほど剣呑な表情を浮かべた。
「リョウちゃんが英雄になったんで、村に英雄殿が出来たんです」
疑問符に感嘆符が加わった。
「えええええ!?」
「英雄って、英雄!?」
「彫像化の!?」
「驚く気持ちはわかりますけど、本当です」
明が至極真面目な表情で言うと、ギルドメンバーは大きく息を吐いた。
「うわー。おれ、生英雄、初めて見ました……」
ユンカースがなぜか涼に握手を求めている。当の涼は両手の平をユンカースに向けて、懸命に拒否のジェスチャーを示す。
暗く辛い話題と、ベルナドットの土下座があったせいか、彼らの明るさにはどことなく上滑りしている感もあるが、沈んで泣いているよりは余程いい。
明は、彼らの偽りの明るさに便乗するようにして後ろめたさを誤魔化した。
サベレコリスを離れてサツカ村へ移住するのは、現状に背を向ける事に他ならない。自分達の身の安全を最優先にして、涼の努力が築いた『楽園』の安寧に腰掛け、サベレコリスで飢える多くのプレイヤーとNPCを見捨てるということだ。
だって、仕方がない。自分達はピュアプレイヤーではなく、ただの中レベルプレイヤーなのだから。サツカ村は人口わずか95人の寒村なのだから、多くのプレイヤーを養うことなど出来ない。だから、仕方がない。ここまで状況が悪化してしまっては、打てる手と守れるものは極僅かになる。単純なプライオリティーの問題だ。
自分達は、サベレコリスを放棄して誰も知らない田舎に移住し、NPCを支配する側のプレイヤーになるだろう。
ならばせめて、サツカ村の人々の良き隣人でいよう。
いつか現実に戻り、そして全てが終わるその日まで。




