2-01
鎧戸を締め切った薄暗い寝室で、涼は太腿に置いた己の両手を見つめていた。
大きな手だ。
現実のそれと全く変わらない、分厚い掌に節くれだった長い指。女性としては無骨で大き過ぎる手は、兄達に団扇のようだとからかわれた。しかし、ピアノを習っていた友達はうらやましいと零したし、バレーボールのコーチにはセッターとして有利だと褒められた。理学療法士になってからは、患者のリハビリを支える大切な道具に変わった。自分なりに、ささやかな誇りを持っていた。
しかし今は、なんと頼りないことか。
助けなければいけない村人を前に怯え戸惑い、痛みで取り乱し、作戦を崩壊させ、明に重傷を負わせた。
明は、頭に血を上らせて暴力を振るう自分を見て、どう思っただろう。醜いと軽蔑しただろうか。野蛮だと唾棄しただろうか。モンクの拳は仲間を守るために、『リョウ』の手は村を繁栄させるためにあるというのに、あの時は完全にただの凶器に成り下がっていた。
カルムイーターの撃退成功も、単なる結果論だ。運が良かっただけだ。自分だけでなく、明や村人たちまで死に追いやってしまうところだった。取り返しのつかない失敗をするところだった。なんて情けない有様だろう。
――私は、もっと強くならなきゃいけない。
涼はきつく拳を握り締める。
追記事件以前は、のん気に農園ライフを楽しんでいれば良かった。明にMob討伐に誘われたときも、ファームを口実に断れば良かった。しかしこれからは、カルムイーターとの戦闘のように前に出る必要がある。その時に、同じ失敗を繰り返さないためにも、もっと強くならなければいけない。
全ては、サツカ村を守るために。
村の英雄になったからではない。サツカ村は涼の心の故郷だ。
優しく温かい村人たち。春の種まき、夏の草刈り、秋の収穫、冬の支度。小川での小魚釣りや川エビ取り、雑木林での虫取りや野草摘み。あぜ道に座り込んで頬張る昼食、焚火を囲んで食べる夕食。何もかもが、涼の心を捉えて離さない。
それは、現実世界でも泣きたくなるほどの郷愁を感じさせるほどに。
いつかカルミナオンラインが終わるのだとしても、それが明日かもしれないとしても、せめて最後までこの村を守りたい。
「守る……か」
涼は自嘲気味に笑いながら、両手で顔を隠し、前髪を握り締めた。
いつまで村人達に黙っていられるだろうか。
村の最大人口は、95人のままだ。耕作地面積ではなく、綺麗な水が足りないのかと一縷の望みをかけて井戸を掘ってみたが、村のステータスは変化を見せなかった。
マタジロウも、シンパチも、ヤスケも、トクも、トミも再びこの村に生まれることはない。今後、老人が寿命で死んだとしても、やはり生まれ変わらない。人を疑うことを知らない村人達も、新しい命が生まれなければいずれ異常に気づく。その時、村はどうなってしまうのだろう。
村を守ろうとしながらも、彼らを欺き続ける。
村人には告げたくない。彼らには平穏に暮らして欲しい。
いや、違う。これはエゴだ。
自分が、壊れる村を見たくないのだ。せめて少しでも長く、今のままの村であって欲しいのだ。そして、いつかこの世界が終わってしまっても、美しい思い出として、心の一番深い場所に眠る懐かしい故郷として記憶に残って欲しいのだ。沈黙を守り、村人を騙すことで、自己満足のための時間稼ぎをしている。
「メイちゃん……」
涼は無意識に従兄弟の名を呼んだことに気づき、慌てて口元を手で覆った。
確かに、明に相談すれば何らかの解決策を考えてくれるかもしれない。カルムイーターの襲撃を話した時のように、「迷惑なわけないじゃん」と言うだろう。明はいつもそうやって、涼を甘えさせてくれる。
しかし今はサツカ村にいる明も、やがてサベレコリスへ戻ってしまう。『バー・クラープラ』のメンバーも、参謀役の『メイ』の帰還を心待ちにしているだろう。涼のために貴重なクリスタルの使用と、『メイ』の不在を許してくれた彼らのような良い人達に、迷惑はかけられない。
明がいなくなると思うと、体が震えるほど心細く、寂しい。
――でも、メイちゃんに頼ってばっかりじゃダメだ。
涼は両手のひらを顔に向けると、強く頬を叩く。
「しゃあああ!!」
そして気合を入れると、雄々しく立ち上がった。
その日の夕食は、ジェノベーゼソースのスパゲティだった。
畑で収穫したばかりの新鮮なバジルと、炒った松の実、ニンニク、クルミをすり鉢でペーストにする。そこに粉チーズ、オリーブオイル、塩、コショウを加えて味を調え、隠し味に少量のバター、アンチョビ、醤油を入れる。このレシピも叔母の直伝である。
普通はここで茹でたスパゲティとジェノベーゼソースからめれば出来上がりなのだが、叔母はフライパンで細切りにしたベーコンを炒め、その後にソースとスパゲティを和える。ベーコンの香りと赤い色が、ジェノベーゼソースの風味と緑の色合いにマッチして、見目良い上に味が深くなる。
テーブルにはもう一つ、バゲットにガーリックバターを塗ってカリカリに焼いたものに、ドライトマトとアンチョビのソースと、ポテトとアボカドのソース、バナナソースの3種を添えてたものを並べた。バナナソースは潰したバナナに焦がした砂糖を混ぜたもので甘いのだが、これが箸休め的な役割を果たすため、口中のリセットにちょうど良いのだ。
涼が腕を振るった料理は、実に6人前。
元体育会系の涼は、とにかくよく食べる。そして明は痩せの大食いであり、その食欲はカルミナオンラインの中でも健在だった。大量のスパゲティとバゲットは、問題なく二人の胃に収まる。
涼は食後のコーヒーを入れると、明の前に置いた。
「サンキュ」
言いながら、明は非常に満足そうな様子で腹をさすっている。
「やっぱりNPCの食堂のジェノベーゼとは全然違うね。美味しかったー」
「ありがと~」
涼ひとりの時は、あまり手の込んだものは作らない。畑作業の後は作るのが億劫になってしまって、乾飯をぼりぼり齧るか、都市で買った一抱えもある硬パンを斧で叩き切り、暖炉であぶったハムを乗せて豪快に食すこともしばしばだ。
ただ、自分の他にも食べる人がいると思うと、つい作ってしまう。特に明は気持ち良いくらいよく食べるし、「美味しい」などの褒め言葉を忘れない。これは叔母の教育の賜物なのだが、とにかく非常に作り甲斐のある相手なのだ。
「ジェノベーゼソースってまだ残ってる? また食べたい」
「うん。たくさん作ったから、残りは保存してある。痛む前にまた作るね」
「痛む?」
「調理スキルで作ってないから、アイテムボックスに保存できないんだよ。耐久度が切れたらゴミになっちゃうの」
「ひょっとして今まで食べてたご飯って、全部そう?」
「うん」
涼がうなずくと、明はさっと顔を強ばらせる。
「そうだったの!? リョウちゃん、調理スキル高いのに毎回時間かかってるなと思ったけど、どおりで美味しいはずだあ。そう言えばボローニャソースも家のと同じ味がしたし……。手間かけさせてごめんね」
「いいの。楽しいから」
「でも、大変だったらわたしも手伝うからね。それかアイテム作成でぱぱっと作っちゃえばいいんだよ。畑仕事だってあるんだし、リアルと違って満腹になればいいんだから」
「でも気分が違うでしょ? ご飯は美味しく食べたいじゃない」
「母さんみたいなこと言うなあ。でもまあ確かに、ご飯は美味い方がいいよね」
明は歯を見せて笑う。
ご飯は美味しく食べるもの。これは叔母の強い信念だ。今時珍しい専業主婦である叔母は、家族の食事に徹底的にこだわった。涼も明も、出来合いの惣菜やレトルト食品を全く口にすることなく育ったほどだ。涼はそんな叔母の薫陶を受け、物心着く前から台所仕事を手伝っていたせいか、料理が苦だと感じたことはない。明も、料理を含めた家事全般の腕前はなかなかなものである。
夕食後のひと時は、二人で落ち着いて話ができる貴重な時間だ。それ以外の時間は、涼はファーム作業や村の用事で忙しいし、明はクリスタルや他のアイテムの錬成や調合で忙しい。寛いでいる明の邪魔をするのは気が引けるが、真剣な話を出来るのは今しかない。
涼は意を決して口を開いた。
「メイちゃんに、お話があります」
その言葉に、明が片眉を上げる。
涼はごくりと生唾を飲み、明の目を見つめる。明は、黙ってカップを置いた。
「私、レベルを上げたいです」
「なんだ、そんなことか」
呆れ顔で言う明に、涼はほうっと息を吐きながら緊張を解いた。
「リョウちゃんのレベルってどれくらいだっけ?」
「レベル48で、格闘スキル39。あとは、斧スキルが18で、両手直剣スキルが12、弓スキルは、え~っとね」
「あと少しでハイモンクになれるんじゃん。って言うか、斧スキル18や両手直剣スキル12って何?」
「林業や農業やってたら上がったんだけど……」
一部の生産スキルでは、作業の種類によって戦闘系スキルの熟練度も上がる。林業【伐採】の斧、農業【鍬】の両手直剣、漁業【銛突き】の槍、狩猟の小弓が代表的だ。しかし熟練度の上昇は微々たるものなので、普通は戦闘での実用に耐えるレベルまで上げるのは困難だ。
明は頭痛をこらえるように、こめかみを指で押さえている。
「……林業だけで18って。どんだけ森林破壊したの?」
「してないよ! コツコツ開墾しただけだもん!」
涼の入植当時、サツカ村周辺の僅かな平地部分はすでに耕作地化されていたので、開墾するには森を切り開かなくてはならなかった。木を切り倒し、根を起こし、石を取り除き、鍬で耕す。そうやって入手した木材や石は、売却したり、プライベートホーム建設の資材に当てた。
最も強敵だったのが、母屋の梁に使った材木だ。サツカ村で『てっぺん杉』と呼ばれていた樹齢500年近い杉の巨木で、切り倒すには3日を要した。
本当はあまりにも立派な木だったので伐採したくなかったのだが、『老木の最後の願い』という林業シナリオが発生してしまい、杉の木は死へのカウントダウンを始めてしまった。杉の木は倒れて周囲の若木を押し潰すよりは、材木になってでも森を見守りたいと望んだ。確かに、涼が林業に勤しんでいなければシナリオは始まらず、杉の木は死ぬこともなかった。客観的に見ると立派な森林破壊だなと思い、少し落ち込む。
「わたしがレベル54の黒魔42、付与魔31だから……んー……あー……ワルリスのヴェモズの森かな? 近くに英雄殿あるし、いい感じに陸オーク湧くし」
「あのね、その、メイちゃんと一緒じゃなくて、私がソロでできるところがいいんだけど」
「アホですか?」
涼の捨て身の突撃は、明にばっさり切り捨てられた。
「リョウちゃんのスキル構成はソロ狩りに向いてないでしょ。その前に、何でソロなの? ちょっと前までわたしがMob狩りに誘っても逃げ回ってたくせに、この間の戦闘でバトルハッピーにでもなった?」
「違うけど……」
涼は目を伏せて、肩から垂れる金髪を細かい三つ編みにする。
バトルハッピーとは、実に痛い指摘だ。明がこれからも一緒にいてくれるつもりだと分かった喜びよりも、先日の失態を責められる苦しさの方が上回る。それに、あれだけ悩んで決意を固めたのに、舌の根も乾かないうちにまた明に頼ろうとしている自分が情けない。
「あとさ、その……祝術スキル上げたいんだけど……」
「はああ? ヴァンダが祝術? なんでまた?」
「だって、祝術ってHPが減る分、他の魔法よりMP消費が少ないんでしょ? HPなら『練気』で回復できるし……」
「却下却下。モンクが前衛で祝術なんか使ったら、ヘイトが集まるどころの騒ぎじゃないよ。セージやハーミットが後衛で祝術使うのと訳が違う。あと、いくら祝術のMP消費が少ないって言っても、今のリョウちゃんのMPじゃ『マリスの癒し』を3回使えば気絶しちゃうでしょ」
「そうだけど……」
自分なりに頭を使って考えたことも、明には一蹴されてしまう。
カルミナオンラインの通常魔法には、6つの系統がある。黒魔法、白魔法、付与魔法、精霊魔法、祝術、暗黒魔法だ。暗黒魔法はMob専用なので、プレイヤーが使用することはできない。
このうち、黒魔法、白魔法、付与魔法、精霊魔法は、キーウェスの内部に眠る『マナ』、すなわちMPを消費して使用する。精霊魔法はMPに加えて対応する精霊力が働いていないと使用できないが、その分だけ応用範囲が広い。
対して祝術スキルは、発動にHPとMPの両方を使用する。祝術は神代の英雄の力を借りる魔法で、体と心を捧げて起こす奇跡として設定されているからだろう。『マリスの癒し』の『マリス』も神代の英雄の名だ。HPを消費するため消費MPは少なめに設定されている。妖精族より魔力が低く、体力が高い人族や妖霊族が好む傾向がある。
ヴァンダの涼が魔法を覚えるとしたら、溢れる体力を有効活用できる祝術しかないと思ったのだ。
「魔法はわたしに任せなさい。わたしも白魔法を上げたいから、ちょうど良かった」
「白魔法? なんで? ネクロマンサー目指してたんじゃなかったの?」
「目指してるよ。でも今は回復系覚えないと、ちょっとミスっただけでさくっと死ねるでしょ。わたしは何時間も痛みでのたうちまわるのも、ロールバックも嫌だからね。祝術はリムに向かないから、白魔法覚えるんだよ。メインのホーリーナイトで慣れてるしね。ヴァンダのリョウちゃんが魔法スキル覚えるよりよっぽど現実的」
「いやでも、いざという時とか……」
「なんでまたそんなに魔法覚えたいわけ? 種族的に向かないことくらい分かってるでしょ?」
「だから、いざという時……」
涼の声はどんどん小さくなる。
明が側にいてくれるなら、魔法など覚えずに格闘スキルに磨きをかけた方が良いに決まっている。しかしカルムイーターとの戦闘時のように、傷ついた明を助けられる手段がないという、心臓が握り潰されるような思いをするのは二度と御免だ。
「……まあ、いいや」
明が渋々といった様子でため息をつく。
「格闘レベル上げるのが優先。ものすごーーーーく余裕がある場面だったら祝術のレベルも上げる。慣れたらソロで行けそうな場所も教えてあげる。それでいい?」
「うん! ありがとう! メイちゃん!」
涼は顔を輝かせて立ち上がった。明が見ていなかったら小踊りしているところだ。
「祝術のソピアってどこにいるんだっけ?」
魔法スキルを覚えるためには、ソピアと呼ばれるNPCに『目を開いて』もらう必要がある。戦闘スキルの場合はフォルティアという。
ソピアやフォルティアとは総称で、彼らは一般のNPCとも、プレイヤー演じる『キーウェス』とも違う独自のカテゴリに属している。
フォルティアは都市の道場や修練場で一塊になっていることが多い。一人のフォルティアが2つ以上のスキルを解放してくれることもある。涼も都市に行ったついでに全種類の通常戦闘スキルを解放している。
黒魔法、白魔法、付与魔法を授けるソピアも都市部にいるのだが、精霊魔法のソピアは森に、祝術のソピアはモデルとなった国で聖域に相当する場所にいる。都市にいるソピアと比べると会うのが手間だが、召喚魔法ほどではない。
かの特殊魔法の目を開くソピアは、『吠える氷の海』に囲まれた絶海の孤島の、さらに標高3千メートル級の山の頂にいる。噂によると、エンペラーペンギンの姿をしたソピアらしい。あの短い足でどうやって山を登ったのか謎である。
「ここから一番近いのはイズモ地方のスサだね。白魔法のソピアもイズモにいるよ。そう言えばイズモ地方ってクエスト関係はぱっとしないけど、イズモ地方でしか入手できないアイテムが結構あるし、ソピアも多いよね。出雲がモデルだからかな? でもその前に、うちのギルドに会いに行くよ」
「へ?」
「わたしたちがレベル上げで村を離れるなら、戦力になるプレイヤーがいなきゃまずいでしょう。リーダーたちがいてくれたら安心だもん。それに、『明るい農村』やるんじゃなかったの? 英雄殿が出来たおかげで一番のネックだった移動の問題も解決されたんだし、悪い計画じゃないと思うよ」
「メイちゃん……」
涼は思わず目をうるませた。
明は、一度しか話さなかった内容をちゃんと覚えていて、それを実行しようとしてくれている。
『明るい農村』は、完全な閃きから生まれた計画だ。実現すればこれ以上ない素晴らしいプランだと思ったし、サツカ村をより豊かに出来るとも思った。
しかし涼には知り合いのギルドなど『バー・クラープラ』しかいないし、できれば『村のために』という理念を理解してくれるプレイヤーが良かった。贅沢を言える立場ではないが、当初の目的を見失っては本末転倒である。実現の可能性は薄いとばかり思っていた。
「どっちにしろ、一度はみんなに状況を報告するためにサベレコリスへ戻らなきゃいけないんだし、リョウちゃんも今の大都市の状況を見といた方がいいよ。リョウちゃん、食べ物に余裕ってある?」
「うん。食べ物ならいっぱいあるよ」
「じゃあ、ちょっと売ってもらえる? わたしがサベレコリスを離れた時の状態が続いてるんだったら、食べるものに困ってるはずだから」
涼は、愕然とした。
大都市は、村よりも遥かに豊かで恵まれた場所だ。村人から見れば新品に近い服が古着屋で安く売っているし、市場ではあらゆる食材と香辛料が手に入る。道も完備されており、村のように土埃が舞うこともない。夜になれば魔法照明が灯り、人々は居酒屋で酒を飲みながら一日の疲れを取る。
その大都市で、食料に困るとは何が起こっているのだろう。
それに、ご飯は美味しく食べるものだ。たとえ内容が貧しくとも家族で料理を囲み、その日の出来事や他愛もない会話と共に楽しむべきものだ。飢えていては、食事は食事でなくなる。腹に食べ物を詰め込むだけの悲しい行為になってしまう。
「お金なんていらないよ! メイちゃんからお金もらえるわけないじゃん! クラープラのみなさんにだって、色々お世話になってるだもん!」
「気持ちはありがたいけどお金は払う。こういうことは、きちんとしなきゃダメ。……親しき仲にも?」
「礼儀あり……」
「よろしい」
明はふふんと鼻を鳴らす。
親しき仲にも礼儀あり。『でもは禁止』と同じく、明が涼の拙い反論を封じ込める時に使う切り札だ。この他にも、『それは理屈じゃなくて屁理屈』等のいくつかの反抗封印シリーズがある。明がそれらの伝家の宝刀を抜くときは、必ず筋が通っているので逆らえない。
「ねえ、メイちゃん、クラープラのみなさんが食べ物に困ってるって言ったよね。じゃあ、サベレコリスの人たちはどうなってるの?」
明の顔から、すっと表情が消えた。
金銭的に恵まれたプレイヤーが食べ物に困るということは、サベレコリスの人々はもっと困っているに違いない。明を探して小道を彷徨っていた時に親切にしてくれた串焼きカバブ売りの男性や、アシッドアイを倒したときに拍手をしてくれた、あの優しい人々は――。
「今まで言わなかったけど、サベレコリスはかなり酷い状況なの。NPCへの加害禁止コードも解除になってるから、プレイヤーの強盗、傷害、強姦、なんでもありになっててね。……リョウちゃんは耐えられないと思う。NPCを守りたくなると思う。でも、自分の身の安全が最優先だよ。高レベルプレイヤーが暴徒化してたら、リョウちゃんだって負けちゃう。いい? サベレコリスでは絶対にわたしの指示に逆わないで」
明は、今まで見たことがないような真剣な眼差しで涼を見据えていた。




