第〇二四話 マリオネット
意識が戻ると、心配そうに俺の顔を覗き込むペリドットの瞳と目が合った。フリーダの姿は見えず、代わりにリリアナが傍らに控えていた。
「ルシャ様、お目覚めですか。お身体の具合はいかがでしょう?」
ゆっくりと上体を起こしてみる。十日間も寝込んでいたとは思えないほど、体は軽かった。
「ああ、大丈夫そうだ。心配かけたな」
リリアナは心から安堵した様子で、胸に手を当てて息をついた。
「よかったです。あれほど荒れ狂っていた魔力も、今では凪のように穏やかです。本当に、安心いたしました」
「そんなに酷かったのか?」
「ええ。以前に比べれば落ち着いてきましたが……。それでも、この別館にはまだ誰も近寄れないでしょうね」
「そうか……。フリーダは?」
「ヴェルナー先生はさすがにお疲れのようで、いまは別室で休まれています。それよりルシャ様、お食事は召し上がれそうですか? また少しお痩せになったのでは……」
その言葉に腕を見てみると、たしかに以前よりも細くなっている気がした。
「そうだな。あまり腹は減っていないが、何か軽いものを頼むよ」
「畏まりました。すぐにお持ちいたします」
リリアナは優雅に一礼し、静かに部屋を後にした。
◆ ◆ ◆
消化に良いおかゆとスープで腹を満たすと、不思議なほど研究意欲が湧いてくる。
しかし、研究室に向かおうとした俺の動きは、戻ってきたリリアナに即座に制止される。有無を言わせぬその視線に、今日の活動範囲がベッドの上であると悟った。
仕方なく、手慰みになればと、枕元に置いてあった革の巾着袋に手を伸ばす。
魔石をベッドの上に広げた瞬間、俺は息を呑んだ。
「……なんだ、これは」
そこに転がっていたのは、見慣れた色とりどりの魔石ではなかった。
無色透明だったはずのものも、色を持っていたものも、すべてが内側から淡く光を放つように、柔らかな虹色に輝いていたのだ。
「俺が寝ている間に、か……」
「はい。ルシャ様の魔力の影響を受けたのでしょう。これほどの変化は、リリーも初めて目にしました」
リリアナはふと思い出したように、ベッドの下からゴーレム用の石を取り出した。黒御影石だったはずのそれは、まるで磨き上げた大理石のように、乳白色の滑らかな石へと変わっていた。
「やはり、こちらも……。まるで別物ですね」
「リリアナ、例えばいつも寝ているこのベッドは、かなり俺の魔力が浸透していると思うんだが、これを使ってゴーレムを作れると思うか?」
「ルシャ様のベッドは最高級のマホガニー材ですから、作ることは可能です。ですが、木材はもともと魔力との親和性が高いので、わざわざベッドを壊さずとも、指定の木材で作らせた方が早いかと」
なるほど。マリオネット人形が魔力にすぐ馴染んだのは、素材との親和性が影響していたわけか。
「そういうことなら、作る方向で考えてみよう。ところで、マリオネット人形というのは、いろいろな種類があるものなのか?」
「はい。先日手に入れたのは、あくまで戦闘訓練用で、簡素な作りのものです」
「あれで簡素なのか?」
「ええ。壊れることを前提に、安価なパーツで交換できるように作られています。マリオネットのスキルを持つ者の多くは、劇場での人形劇を目指しますので、そちらの人形は比べ物にならないほど凝った作りになっているそうです」
「人形劇か……帝都では盛んなのか?」
「はい。さまざまな舞台の中でも、人形を使った演目は特に人気があります。最高峰の劇団が使う等身大の人形は、まるで魂が宿っているかのように動き、人間が演じる舞台よりも多彩で見応えがあるそうです」
「スキルで操れるなら、アクロバティックな動きもできるわけか」
「そうですね。モンスターなども人形で再現できるため、冒険劇や英雄譚が特に人気のようです」
「モンスター型の人形もあるのか?」
「もちろんです。等身大は難しいですが、小規模な人形劇ではドラゴンなども登場するそうですよ」
「なるほどな……。糸という物理的な制約から解き放たれたゴーレムなら、もっと自由な、誰も見たことのない物語を紡げるかもしれない……」
俺の呟きに、リリアナの目が輝いた。
「ゴーレムのスキルを使った演劇ですか? 糸を必要としない分、さらに面白い動きが見られそうですね!」
「ああ。一度見てみたいが……帝都はまだ遠いな。とりあえず、実験のためにいろんなタイプの人形を揃えてもらえるか? モンスター型も、ぜひ見てみたい」
「畏まりました。ただ、人形劇用の精巧なタイプは帝都でしか入手できませんので、少々お時間をいただくことになります」
「帝都にしか劇場がないからか……そういえば、訓練用のマリオネット人形は、どこで手に入れたんだ?」
「魔道具店ですね」
「ただの人形に見えたが、あれも魔道具だったのか?」
「ルシャ様がすぐに切ってしまわれた『糸』が、魔道具なのです。マリオネットのスキルを持つ者は、あの糸に魔力を流して人形を操作しますので」
「あの糸か……。なるほど、魔力を流しやすい加工が施されていたわけか」
思わぬ情報に、新たな研究テーマが頭に浮かぶ。
「切った糸はまだ残っているか?」
「研究室に置いてありますね」
「そうか。その糸にも興味が湧いてきた。あとで持ってきてくれるか?」
「承知いたしました」
「それと、特注で人形を頼むとしたら、やはり帝都になってしまうか?」
「ルシャ様の場合、魔道具である必要はありませんので、玩具店で『ドール』として発注する方が早いかと。近隣に腕の良い職人がいないか、一度調べてみますね」
「ドール、か。貴族の女の子が持ってるようなやつか?」
「はい。着せ替え人形が多いですが、高価なものは磁器製のものもあるそうです」
「磁器か……割れやすそうだな。……よし、研究は明日から再開するとして、今日は人形のデザインでも考えることにしよう」
「今日はどうか、ご無理なさらないでくださいね」
「ああ、そうするよ。早く魔法が使えるようになれば、体ももう少し楽になるんだがな……」
俺がぼやくと、リリアナは悪戯っぽく微笑んだ。
「そうですね。ヴェルナー先生と『奥の手』まで試してみましたが、まだ無理のようでした」
……奥の手、だと?
フリーダとリリアナの二人が試す『奥の手』とは、いったいどんな……いや、考えるのはやめておこう。どうせろくな想像にならない。
俺は思考を断ち切ると、リリアナに気づかれないよう、そっとため息をついたのだった。
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