第〇二五話 風呂
「ふむ、まだ魔力は強いままで全快とは言えないが、熱も下がったし顔色も良くなったわね」
「フリーダ、もう全快でいいのではないか?」
「気がついていないようね。ベッドから降りて歩いてみなさい」
「分かった」
言われるがままに起き上がり、ベッドから降りて歩こうとした瞬間、足から力が抜け、ぐらりと体が傾いた。それを、待っていたかのようにフリーダが抱き留める。
「ほら、まだ全快じゃなかったでしょ?」
「そのようだが……なぜ分かったのだ?」
「さっきベタベタ触った……いえ、隅々まで『触診』した時にね。筋肉の反応が驚くほど薄かったわ」
触診って言ってたのは嘘だったのか!
「良い考えがあるわ!」
こっちは不安しかないけどな。
「お風呂に入りましょう! もう十日も湯船に浸かっていないでしょう? 血行を良くすれば、足の痺れも少しは改善するはずよ」
やはり碌でもないことを考えていたのか!
「そうですね。体は拭いていましたが、髪は洗えていませんし、良い案です」
リリアナが賛同してきたので逃げ場はなくなったようだ。
◆ ◆ ◆
この屋敷の風呂は結構大きいというか、領で採れる高級な石を惜しげもなく使ったプールのような風呂で、この屋敷に住んでいる者なら二十四時間使用可能だ。
ルーシャスは過去に一人で入って倒れた時に溺れかけたらしく、それ以来一人で入ることは禁止されている。
フリーダはこの屋敷の大きな風呂が好きなようで、俺を介助するという名目で来たら必ず入るのだ。
「……」
リリアナが俺の頭を洗っている間、湯船を移動する大きな二つの山を眺めている。
フリーダは背泳ぎで湯船を泳いでいるのだが、二つの山は浮き輪なのか?
すべてを洗い終え湯船に入れられる。足に血が流れていくのを感じるので、フリーダが言ったことは嘘じゃなかったのかもしれない。
「ルーシャス様、足の感覚は戻ってきたかしら?」
「足に血が流れていくのを感じる。まだ動かないが、もうしばらく経てば動かせそうな気がする」
「まだ、動かないのね」
フリーダがそう言って足のマッサージを始めると、次第に足の感覚が戻ってくる。
それにしても精神的には大人なのに、プカプカ浮かぶ島を見ても何も感じない自分が少し心配になってきた。
「今、私がどこを掴んでいるか分かりますか?」
「足のつま先だな?」
「感覚が戻って来てますね。ここはどうですか?」
「右の太ももだな」
「ではここは?」
「……」
感覚が戻ったと分かった途端、遊び始めたな。この変な癖さえなければ良い主治医なのだが……そういえば彼女もレティシアと同じでゲームでの印象と百八十度違うんだよな。
ゲームでの彼女は常に疲れた表情で、彼女に心を寄せる主人公の恩師をあしらっていた。
何かの研究をしていると恩師が言っていたが、何の研究をしていたのかは知らない。
ルーシャスの記憶では魔力過剰症候群を研究しているようだが、俺が死んだ後も変わらず研究していたのだろうか?
レティシアの魔力欠如症は一定数いるのに対して、魔力過剰症候群は今のところ俺一人しか見つかっていない。魔力過剰症候群と名付けたのもフリーダなので、研究対象がいなくなっては難しいので、別の研究をしていたのかもしれないな。
こんなことなら、ゲームでフリーダともっと絡んでおけば良かったと後悔しても遅いけど、主人公はなぜか嫌われていて近寄れなかったという理由もある。彼女はそれだけ謎だらけの人物だったのだ。
レティシア、リリアナ、フリーダ。少なくともこの三人はゲームで絡んだことがあり、三人とも性格が違いすぎるということは、ルーシャスが関係している可能性が高い。
ゲームでの三人を知っている身としては、何とかしたいと考えていが、シャドウブレイズ領の件もあるので色々な方法を考えていく必要があるだろう。
「――! どうしたのだ!?」
リリアナとフリーダが俺の顔をじっと見ていた! いつからだ?
「まだ、どこか調子悪い?」
「ヴェルナー先生、お風呂はまだ早かったのでは?」
「少し考え事をしていただけだから問題ない。感覚も戻ったので一人で立ち上がれそうだ」
そう言って立ち上がった途端、視界は揺らぎ、世界が一瞬にして暗闇に包まれたかのように眼の前が真っ暗になったのだった。
◆ ◆ ◆
目覚めるとベッドに寝かされていた。
「ルシャ様、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。ただの立ち眩みだろう」
「ルーシャス様、少し長風呂すぎたようね。今回の件は私のミスよ、どんな罰でも受けましょう」
「罰?」
「ええ、裸にしてロープで縛って鞭を打ちたければ好きなだけどうぞ」
前々から気になっていたが、本当に変態だったのだな……。
「いや、罰は必要ない。俺の方こそ心配かけてすまなかった」
「そう。主治医として反省するわ」
そんな残念そうな顔されても困る。
「そもそも、自分の体調すら分からない俺が悪いのだ」
「それはルーシャス様の魔力のせいだから仕方ないわ」
「体調が分からないのも魔力のせいなのか?」
「そうよ。通常、魔力は持ち主の体が危険な時、軽度の傷を塞いだり痛みを和らげたりすると言われているのだけど、ルーシャス様の場合は有り余る魔力が常に手助けしているので、体が限界を迎えていても動けちゃうのよ」
魔力ってアドレナリンみたいなものなのか?
「つまり、本来俺はもっと動けないのか?」
「おそらくね。魔力自体解明されていない部分が多く、ルーシャス様の場合、本人の意思を尊重して無理を手助けする魔力、逆に体を休ませようとする魔力、勝手なことをする魔力を止める魔力など魔力が多すぎるせいで暴走している感じかしら」
「魔力に意思はあるのか?」
「そういう説を唱える学者もいるけど、私はそう思わないかな」
「矛盾していないか?」
「意思はあくまで本人の意思よ。例えば今のルーシャス様を前にすると、治してあげたいという思いが大部分を占めるわ」
「それは感謝している」
「ただ、人の心は常に葛藤して、抱きしめたい、キスしたい、抱きたい、抱かれたいなどの思いは秘めていても表には出てこないでしょ?」
……お前は出しているけどな。
「そういった体から発する信号も含め、いろいろな思いに魔力が反応した結果が今の状態じゃないかと考えているのよ」
「なるほど、言いたいことは分かった。通常は一つの目的に作用する魔力が俺の場合、複数の目的に向かって動いた結果喧嘩しているということでいいか?」
「……私より、まとめ方が上手ね。貰ってもいいかしら?」
「いつも世話になっているから、好きに使ってくれ」
「ありがとう」
「一つ聞きたいのだが、フリーダやリリアナなど、俺の近くにいても大丈夫な人は何が違うと考えている?」
「そうね、そもそも限られた人しか近寄れないから、データが不足しているけど推論でいいかしら?」
俺が頷くとフリーダが推論を話し始めるが、聞くんじゃなかったと後悔したのだった。
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