表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しに殺される大罪人に転生。推しのために……  作者: 流庵
一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/36

第〇二二話 Sideレティシア

 馬車が遠ざかるにつれ、だんだんと小さくなっていくルー君の姿。その黒いシルエットが夕陽に溶けて見えなくなるまで、私は食い入るように見つめていました。


 たった十日間。けれど、あまりにも濃密だったあの日々は、私の心に深く、そして温かく刻み込まれています。まるで、体の一部を置き忘れてきてしまったような、胸にぽっかりと穴が開いた喪失感が、じわじわと私を侵食していくのを感じました。


「お嬢様。婚約者とはいえ、最後の口づけはいささか度が過ぎた行いかと。今回の一連の不適切な行動も含め、ありのまま陛下へご報告させていただきます」


「……好きにして」


 吐き捨てるように言うと、私は馬車のカーテンを乱暴に閉め、彼女の視線を遮断します。あの素晴らしいお別れの余韻が、この女のせいで台無しです。


 城に帰れば、また周りは敵だらけ……。陰口と、探るような視線。それに比べ、シャドウブレイズ領の人たちはなんて優しかったことでしょう。


 ぎゅっと胸元のお守り袋を握りしめると、ふわりとルー君の魔力が香り、少しだけ心が安らぎます。これは、ルー君のお母様が「ルー君の魔力を込めておいたから」と、はにかみながら渡してくれたものでした。


 素敵で、かっこよくて、そして、どうしようもなく優しい人。


 ()()()()が、命を懸けて彼を愛したのも当然です。私だって、一目で恋に落ちてしまったのですから。


 八歳の誕生日、私の部屋に音もなく現れた怪しいローブの人物。その者から「未来のお前からの贈り物だ」と渡された古びた日記。最初は悪趣味ないたずらだと思いました。


 けれど、日記を読み進めるうちに、今の私にしか分からないはずの出来事がいくつも記されており、極めつけは、ほとんど魔力を持たない私の力でしか読めないように細工された、インクの滲んだページでした。


 そこに綴られていたのは、未来の私の悲痛な叫び。



 ――『お願い、過去の私。この未来を、私を消して』



 ルー君の命と引き換えに手に入れた偽りの未来を、彼女は生涯、血の涙を流して悔やんでいたのです。


 私は、未来を変えるために動き始めました。でも、現実はあまりにも無情で、すぐに壁にぶち当たります。


 日記に書かれていたような、町を破壊し尽くす巨大なゴーレムはどこにも存在せず、こんな悲劇が本当に起こるのだろうかと疑い始めた矢先、シャドウブレイズ公爵夫妻を紹介され、ルー君が私の婚約者になったと告げられたのです。運命は、変えられないのかと絶望しました。


 

 それでも、諦めきれなかった私は、公爵夫妻に無理を言ってルー君に会いに来ました。


 

 そして、シャドウブレイズ領に着いて驚いたのです。ルー君は、まだ出会ってもいない私のために、来る日も来る日もゴーレムの研究をしていたのですから。もちろん、私のために、だなんて一言も言いませんでしたが、私には分かりました。彼の研究は、すべて私を救うためのものなのだと。


 

 もしかして、あのローブの人物は、ルー君にも何かを伝えたのでしょうか? もしそうだとしたら、ルー君は、私を死なせないために……。


 

 ただ回復魔法が使えない無能な皇女のまま、ルー君に嫁ぐだけで未来は変えられる。そう思っていた自分が、ひどく甘かったと思い知らされました。

 

 ルー君は、自身が使えないはずの回復魔法の詠唱すら、完璧に覚えていました。私に教えるためだけに。そんな彼の想いを知ってしまっては、もう研究を止めてほしいなんて、口が裂けても言えません。


 

 帝都への帰路を進むにつれて、あれほど満たされていたルー君の魔力が、少しずつ体から抜けていくのを感じます。鉛のように体が重くなり、視界が霞んできました。

 

 シャドウブレイズ公爵は、私の体を気遣って頻繁に休憩を挟んでくれましたが、今、護衛についている騎士や侍女は、一刻も早く帝都に帰りたいのか、どれだけ頼んでも休憩を取ってくれません。


 

 意識が遠のきそうになったその時、ふとルー君の侍女、リリアナ様の顔が浮かびました。彼女は別れ際に「道中、本当にお辛くなった時だけ、これをお開けなさい」と、小さな袋を渡してくれていたのです。

 

 震える手で袋を開けると、中には厳重に包まれた小包が三つ。

 

 祈るような気持ちで一つ目の紐を解くと、中から溢れ出したのは、濃密で、温かくて、涙が出るほど優しいルー君の魔力でした!

 

 包まれていたのは、彼の寝巻き……。

 

 私はそれに顔を埋め、夢中で深呼吸をします。乾ききった体に、まるで清らかな水が染み渡るように、ルー君が満たされていく……。


 

「……あぁ、ルー君……」


 

 あの不思議なエルフの侍女様が、何を考えているのかは分かりません。でも、今回は本当に助かりました。

 

 小包はまだ二つあります。これを大切に使えば、帝都まで何とか持ちこたえられそうです。


 

 その時、カーテンの向こう側で「ドサッ」という鈍い音が聞こえました。そっと覗くと、あの嫌味な侍女が床に倒れています。きっと、この馬車の中に満ちたルー君の魔力に耐えられなかったのでしょう。

 

 自業自得ね、と思いながらも、彼の魔力がこんなにも近くで私を守ってくれている気がして、胸の奥がきゅっと熱くなりました。



 ◆ ◆ ◆



 帝都に帰り、まずはルー君を死なせないために、今後の計画を練り直すことにします。

 

 ちなみに、あの侍女は帝都に着いても倒れたままだったので、すぐにクビになりました。次は、もう少し気の利く侍女だとよいのですが。


 

 いっそ、すぐにでも結婚してしまうのが一番確実な気がします。でも、問題はタイミングです。本来なら、私たちが初めて会うのは二年後のはずでした。

 

 今回の訪問が良い方向に傾けばよいと願いながら、私は未来の日記を読み返し……そして、言葉を失いました。


 

「……うそ……日記に、今回の出会いが追記されている……!」


 

 あり得ない。震える指でページを捲ります。そこには、私の知らないはずの記憶が、確かに私の筆跡で生々しく綴られていました。

 

 そして、私は本当の絶望を知ることになります。


 

「ルー君が死ぬ未来だけ、変わっていない……いいえ、もっと、もっと悲惨になっている……!」


 

 細かな部分は覚えていませんでしたが、明らかに違う。今回の出会いで、私のルー君への愛がより深くなったせいか、日記の最後に綴られた私の絶望は、以前よりも遥かに深く、読んでいられないほど痛々しいものに変わっていました。

 

 前の日記は、どこか遠い未来の、他人の物語のような感覚がありました。けれど、書き換わったこの日記は、紛れもなく『私の未来』。その事実に、心臓を直接握り潰されるような痛みが走ります。


 

「そうだ! ルー君との結婚は……結婚はどうなったの!?」


 

 慌てて最後のページを確認すると、そこには変わらず『婚約者』の文字。

 

 その時、ローブの人物が去り際に呟いた言葉が、頭の中で木霊しました。


 

 ――『運命を変えることは、容易ではないぞ』


 

 それでも……。

 

 私は固く拳を握りしめます。

 

 だからって、諦めるわけにはいきません。

 

 ルー君は、私が絶対に……絶対に、助けてみせるのですから。

『糸を紡ぐ転生者3』好評発売中!

『糸を紡ぐ転生者』も重版ありがとうございます!

購入して応援してもらえると助かります(* ᴗ ᴗ)⁾⁾

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ