第〇二一話 別れ
母の機嫌もようやく元に戻り、俺たちは虹色に輝く魔石へと視線を戻した。
「魔道具師が魔力を込めるやり方とは違うから、こうなったのでしょうか?」
俺が首を捻ると、ティファはぶんぶんと首を横に振った。
「それはないっス! これはもう、ルーシャス様だからとしか!」
「俺だから?」
「その方が、なんかカッコいいっスから!」
根拠は彼女の感性、ただそれだけのようだ。まあ、職人とはそういうものなのかもしれない。
キラキラと揺らめく虹色の輝きに、隣にいたレティシアの瞳も釘付けになっていた。
「ルー君、これ欲しい!」
無邪気な声で、俺の袖をくいっと引っ張る。その仕草につられて、俺は思わず頷いてしまった。
「いいよ」
しまった! 条件反射で許可してしまった! これが国家機密レベルの代物だと、彼女は分かっているのだろうか?
「レティシア殿下、その石は大変危険な物です。ご覧になる際は、必ずお一人で」
リリアナがすかさず釘を刺す。レティシアはこくりと頷き、まるで宝物を隠すリスのように、小さな手で魔石をそっと握りしめた。
「分かってる」
その様子を見ると、彼女が天然なのか、それとも全てを理解した上で行動しているのか、ますます判断がつかなくなる。
「ルーシャス様、これで試してみてほしいッス」
ティファが差し出したのは、先程より一回り大きな直径三センチほどの透明な魔石。中型のモンスターから採れるサイズだ。
俺がそれに魔力を浸透させると、掌の上で再び虹色の光が生まれた。その眩い輝きに、ティファと叔母のレイラは目を輝かせる。
「レイラ様、これはすぐに持ち帰って加工するっス!」
「……そうね。最高の宝石に仕上げて、あのふんぞり返ってる奴らの鼻を明かしてやりましょう。姉さん、そういうわけで帰るわね」
「分かったわ。できたら必ず報告してちょうだい」
「もちろんよ!」
嵐のように現れた二人は、嵐のように慌ただしく帰って行った。
静かになった部屋で、母は感慨深げに溜息を漏らす。
「リリアナは、今の現象をどう思うかしら?」
「そうですね……。ルシャ様が魔力を浸透させた石は、黒から白へと変化しました。本来、魔力を込めれば濃い紫色になるはずの魔石が虹色に輝く……。何か、ルシャ様の魔力そのものに特別な変化が起きているとしか考えられません」
「ゴーレム用の石が白に……? これは一度、レクスと相談した方が良さそうね」
「それがよろしいかと存じます」
二人の真剣な会話を聞きながら、俺は一つの可能性に思い至る。
「リリアナ、例えばシアが傍にいるから、というのはどうだろう?」
「レティシア殿下がですか? それは、どう関係が?」
しまった! レティシアが聖女として覚醒するのは、俺が二度目の命を捧げた後の話だ。彼女の聖なる力で俺の魔力が浄化された、なんて仮説はまだ早すぎる!
「いや、シアが傍にいると、俺自身の体調がすごく良いんだ。だから、俺の魔力にも何か良い影響があったんじゃないかと思ってな」
苦し紛れの言い訳だったが、母はハッとしたように目を見開いた。
「なるほど……。確かに、レティシア殿下が傍にいらっしゃると、ルシャ様の魔力も安定しているように感じますが……」
リリアナはまだ納得しきれない顔だ。誤魔化しきれたか?
「リリアナ? ルーちゃんの体調は、レティシア殿下がいるとそんなに違うのかしら?」
「はい。最近のルシャ様は、数日起きに寝込んでおられましたが、レティシア殿下がいらしてからは、一度も体調を崩されておりません」
「そんなに違うのね……。これは、結婚を急いだ方が良いのかしら……」
母の呟きが、俺の胸に鋭く突き刺さる。嬉しいはずの言葉が、今は重くのしかかる。
そうだ、忘れるな。レティシアを聖女に覚醒させるためには、俺の命が必要なんだ。このまま結婚して、歴史が変わってしまったら? 彼女が聖女になれなければ、世界は邪神に滅ぼされる。
そんな未来だけは、どんな代償を払ってでも、絶対に避けなければ。
「ルシャ様。レティシア殿下は明日、帝都へお帰りになられます。今日の実験はここまでにして、殿下との時間をゆっくりお過ごしになられてはいかがでしょうか?」
リリアナの言葉に、俺は思考の海から引き戻された。
「何!? シアは、明日帰るのか?」
「お聞きになられていなかったのですか?」
「来たのがあまりに突然で、帰る日のことなど、すっかり頭から抜け落ちていた……」
母は呆れたように、でも優しく微笑んだ。
「ルーちゃん、ペンダントが間に合ったのは良かったけれど、それは減点ね。女の子を寂しがらせたらダメよ。最後まで、しっかり楽しませてあげなさい」
「……分かりました」
残された時間は、あまりにも短い。
◆ ◆ ◆
部屋に戻ろうとすると、レティシアが俺の服の裾を掴み、研究室の方をじっと見つめていた。その瞳の意図を汲み取り、俺たちは二人研究室へと向かう。
「あった!」
彼女のお目当ては、俺が初めて作ったゴーレム、タイニーだったようだ。小さな石のゴーレムを、レティシアは愛おしそうに抱きしめる。
「シア、どうせなら、シアの言うことも聞くようにしてやろうか?」
「そんなことできるの?」
彼女の目が期待に輝く。
「所有者を追加する呪文があったはずだ。やってみるか?」
「やる!」
即答だった。
できるとは言ったものの、使う機会があるとは思っていなかったので、詠唱はうろ覚えだ。記憶の欠片を必死に手繰り寄せる。
――リコンフィギュア・タイニー。
――我が手によって生まれし者よ、汝に新たな契約を授ける。
――我が名の下、ここに立つレティシア・セレスティアルを第二の主と認めよ。
――タイニーよ、汝、我らの呼びかけに応じ、再起動せよ。
「タイニー、起動!」
俺の言葉に、タイニーの魔石が淡く光り、再び起き上がる。成功したか?
「シア、タイニーに何か命令してみてくれ」
「うん! タイニー、右手を上げて!」
レティシアが弾んだ声で言うと、タイニーは素直に右手を上げた。
「おお! 成功だ!」
レティシアは歓声を上げ、楽しそうにタイニーを動かしている。その無邪気な笑顔を見ていると、俺の心も温かくなる。
「ところでシア、あっちの白いプティの方が素早く動くぞ? そっちもいるか?」
俺がそう言うと、レティシアはプティを一瞥し、ぷいっと顔をそむけた。
「可愛くないから、いらない」
色が違うだけなのに……どうやら俺には、女の子の「可愛い」の基準を理解するには、まだまだ勉強が足りないらしい。
◆ ◆ ◆
その日の午後は、二人で他愛もない話をして過ごした。窓から差し込む柔らかな日差しの中で、ただ静かに寄り添う時間が、永遠に続けばいいのにと願った。
翌朝、俺たちはレティシアを見送るために屋敷の前に集まった。
彼女は、俺の家族一人一人に丁寧に挨拶をした後、最後に俺の前に立つ。
名残惜しそうに俺を見つめる彼女の瞳が、寂しさで揺れていた。
「……また、会える?」
「ああ、必ず」
その約束を交わした瞬間、彼女は背伸びをして、俺の唇にそっと自分の唇を重ねた。
一瞬の出来事に、俺だけでなく、周囲の大人たちも息を呑む。母は微笑ましそうに、父は少し驚いた顔で、そしてリリアナはやれやれと肩をすくめていた。
顔を真っ赤にしたレティシアは、恥ずかしそうに馬車に乗り込み、帝都へと帰って行った。
遠ざかる馬車を見送りながら、俺はまだ熱の残る唇にそっと触れる。
次に会う時、俺は彼女のために、この命を懸けなければならない。
その覚悟を、胸に深く刻み込んだ。
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