第〇二〇話 虹色
ゴーレムの実験に一区切りつけたところで、叔母のレイラがペンダントを持って来たと連絡があった。高鳴る胸を抑えながら、応接室へと向かう。
重厚な扉を開けると、そこは薔薇の香りがふわりと漂う優雅な空間だった。楽しげな笑い声を上げていた母・ライラと叔母のレイラが、俺の姿を認めて顔をほころばせる。その傍らには、少し緊張した面持ちのティファも控えていた。
「ルーちゃん! 魔石を宝石に利用する方法を見つけたって、レイラから聞いたわ。もう、どうして母様に一番に教えてくれなかったの?」
母は少し頬を膨らませ、拗ねたように唇を尖らせる。その仕草は公爵夫人というより、年頃の少女のようだ。
「申し訳ありません。シアに似合うものを、と夢中になっていて、報告が遅れました」
「そうよ! 宝石事業はシャドウブレイズ家にとって主力事業の一つ。魔石を宝石にするなんていう歴史的な研究は、私とレイラが主導しているんだから。仲間外れは寂しいわ」
「そうだったのですね。配慮が足りず、申し訳ありませんでした」
俺が素直に頭を下げると、母はすぐに表情を和らげた。
「ふふ、怒っているわけじゃないのよ。ルーちゃん、本当に凄いわ!」
そう言って、母は両手を広げる。これはもう、飛び込む以外の選択肢がないお決まりの合図だ。
「あと一歩の成果が出なくて、ずっと困っていたのよ。ありがとう、私の自慢の息子」
抱きしめられた体から伝わる母の温もりと優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……いえ、母様のお役に立てたのなら、光栄です」
母から離れると、今度は叔母のレイラが妖艶な笑みを浮かべて両手を広げている。その後ろに聳え立つ二つの霊峰が「さあ、こちらへ」と雄弁に語りかけてくるが、ここは冷静に無視を貫かせてもらう。
「それで、シアのペンダントはどんな仕上がりになったんだ?」
膨れっ面になったレイラから視線を外し、俺はティファに尋ねた。
「完璧っス! 間違いなく、ウチが作った中で最高傑作っスよ!」
ティファは自信に満ちた表情で、豪奢なベルベット地のケースをシアに差し出した。
「シア、君のために作ったペンダントだ。開けてみてくれ」
レティシアは、こくりと頷くと、繊細な指先でそっとケースを開いた。その瞬間、彼女のアイスブルーの瞳が、驚きと喜びに大きく見開かれる。
「……これは、凄いな」
俺も息を呑むほどだった。
中央に鎮座するのは、澄んだ湖の底を思わせるアクアブルーの魔石。その周りを、まるで冬の夜空に瞬く星々のように、無数の小粒なダイヤモンドが雪の結晶の形に配置されている。これならば、彼女の神々しいまでの美しさを、さらに引き立ててくれるに違いない。
「ルーちゃん、つけて差し上げなさい」
母に促され、俺はペンダントを手に取る。レティシアは長い白銀の髪を慣れた仕草でかき上げ、その白い首筋を俺の前に晒した。同い年とは思えないその仕草に、心臓が跳ねるようだった。
「……綺麗だ」
口から漏れた言葉は、ペンダントではなく、それを纏った彼女の美しさに向けられていた。
「ルーちゃん、レティシア殿下のお顔、茹で蛸みたいに真っ赤になっているわよ」
母の茶化すような声に、はっと我に返る。また心の声が漏れていたらしい。
「シ、シアは気に入ってくれたかな?」
慌てて尋ねると、レティシアは満面の笑みを浮かべた。
「うん! ルー君、ありがとう!」
その笑顔は、どんな宝石の輝きも霞ませるほどの破壊力を持っていた。
レティシアは恥ずかしいのか、俺の胸に顔をうずめるように抱きついてくる。母たちの前だというのに、二人とも気にした様子はない。大丈夫なのだろうか、これ。
「昨日もそうだったけれど、レティシア殿下は本当にルーちゃんに懐いているのね」
「そうなのよ。初めて会ったはずなのに、まるで長年の恋人に接するかのように抱きついていたから驚いたわよ」
……何っ!? 初めてだと! ルーシャスの記憶が曖昧なだけかと思っていたが、母が言うのなら間違いない。では、あの異常なまでの好感度は一体どこから来ているんだ? 俺の知らないところで、運命の糸が複雑に絡まっているとでもいうのだろうか。
「まあ、ルーちゃんがこんなにカッコいいんだもの。分かるわ」
レイラはうっとりとした表情で俺を見るが、変態に分かってもらわなくても結構だ。
「レイラは良い人いないの?」
母が話を逸らす。
「姉さん、ルーちゃんを見た後に他の男を見たら、みんなジャガイモにしか見えないわ」
……その感性は、やはり理解できない。
「あら、私はレクスがジャガイモに見えたことはないわよ」
そりゃ、旦那様なんだからそうだろう。というか、父様以外はジャガイモに見えているのか?
「それで、割れた魔石の加工はどうなりましたか?」
「それでしたら、こちらに」
ティファがレイラの代わりに答え、巾着袋を差し出す。
皮の巾着袋を受け取り中を確認すると、丸く加工された小さな魔石がたくさん入っていた。
「ん? これは宝石にできそうな大きさだが、良かったのか?」
中には直径一センチほどの大きさの魔石も混じっている。
「それは魔力の入っていない透明なやつなので、宝石としては使えないっス。万が一、魔力が入ってしまうと濃い紫に変色してしまうので」
「なるほど、商品としては欠陥品扱いになるのか」
「濃い紫になったら、魔石だってバレちゃいますからね」
「……魔石だということは、隠すのか?」
「当然っス」
ティファが返事をし、レイラが言葉を引き継ぐ。
「ルーちゃん。魔石だってバレたら、魔石そのものの価格が高騰してしまうでしょう? いずれは知られるにしても、当分困らないくらいカラー魔石の在庫を確保してからじゃないと」
「そうか、今はまだゴミ同然の扱いでしたね。しかし、レイラ。シアがこの話を聞いてしまったのは良いのですか?」
「あら、レティシア殿下はルーちゃんが不利になるようなことはしないわよね?」
レイラの問いかけに、レティシアがこくりと頷いた。いつの間にか椅子を隣に移動させ、俺の太ももに頭を乗せていた。そのあまりの可愛さに、思わず頭を撫でてしまうと、猫のように目を細めて喜んだ。
「しかし、この透明な魔石をゴーレムに使うとなると、魔力を入れる必要があるな……」
石に浸透させるのと同じ方法で、魔力を入れられないだろうか?
遊び心で、ほんの少しだけ魔力を流し込んでみると――。
その瞬間、俺の手の中の魔石が、内側から命を宿したかのように淡い光を発し始めた。光は次第に強さを増し、赤、青、緑、黄……七色の光が渦を巻き、万華鏡のように複雑な輝きを放ち始める。
「「ルーちゃん、何をしたの!?」」
母とレイラが同時に叫んだ。
「げ、激ヤバっス!」
裏返ったティファの声が、静寂を切り裂くように響いた。
やってしまった。俺は、また一つ、この世界の理を覆してしまったらしい。
透明だったはずの魔石が、今は手の中で美しい虹色に輝いている。
「魔石の中で虹色が揺らめいて……なんて綺麗なんスかね」
「いや、ちょっと待て。空の魔石に魔力を入れたら、濃い紫色になるんじゃなかったのか?」
「つまり、ルーシャス様は魔力を込めたってことスか? ゴーレムのスキルじゃ無理だって聞いてたっスけど……」
ティファが混乱したように俺を見る。
「私がご説明いたしましょう」
絶妙なタイミングで、控えていたリリアナが、俺の魔力浸透実験について簡潔に説明してくれた。
「ルーちゃん、そんな面白い実験をしていたの? 私にまで内緒にしていたのは、どうしてかしら?」
まずいな……再び母が臍を曲げてしまった。全然考えてなかった、とはとても言える雰囲気じゃない。
「ライラ様、ルシャ様はきっと、サプライズで皆様を驚かせようとなさっていたのですよ」
「まあ! そうなの、ルーちゃん? ……ふふ、分かればいいのよ。でも、もう隠し事は嫌よ?」
リリアナの完璧なフォローのおかげで、母は一瞬でご機嫌だ。
俺は心の中で、敏腕侍女に力強くサムズアップを送ったのだった。
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