第〇一四話 吸収
朝食を終えて自室に戻ると、当然のようにレティシアもついてきた。
両親からは彼女の相手をするように言われているものの、領内を案内しようにも、悲しいかな、病弱な俺には見所すら分からない。
「シアは、どこか領内で行ってみたい場所とかあるか?」
ソファに腰かける俺に、彼女はぴったりと抱きついたまま、ふるふると首を横に振った。どうやら特にないらしい。
いくつか質問を重ねて分かったのは、レティシアも俺と同じで、外に出ることが滅多にないということだった。同じ境遇であることに、わずかな親近感を覚える。
「あれっ? ということは、シャドウブレイズ領まで来るの、かなり大変だったんじゃないか?」
なにせ俺は、領内を馬車で移動するだけで倒れたのだ。帝都からの長旅など、想像するだけで気が遠くなる。
ところが、レティシアはこの質問に答えず、ぷいと顔をそむけた。
すると、控えていた侍女が、わざとらしくため息をつきながら口を開く。
「殿下はルーシャス様に会いたい一心で、それはもう大変な無理をなさって参りました」
「……っ!」
レティシアは侍女を恨めしそうに睨みつける。その表情すら、子猫の威嚇のようで可愛らしい。どうやら、無理をして来たことは隠したかったようだ。
俺の胸に顔をうずめ、気まずそうにしているレティシアの頭をそっと撫でると、彼女は猫のように目を細め、心地よさそうな表情を見せた。
そういえば、昨晩は俺の魔力が強すぎて部屋に入れなかった侍女が、今は平然と部屋の中に待機できている。これもレティシアのおかげだろうか。
「シアは今、苦しかったりするか?」
彼女は再び首を横に振る。苦しくはないようだ。
「そうか……。どうやら、俺の体調もかなり良いみたいだ。もしかして、シアが俺の魔力を吸い取ってくれているのか?」
「分からない……。でも、今のシアの体は、ルー君で満たされてる」
吐息交じりの甘い声で囁かれ、思わず心臓が跳ねた。
なるほど……やはり俺の溢れ出した魔力を、彼女が吸収してくれているに違いない。
だとしたら――研究者としての血が騒ぐ。
「なあ、シア。折角だから、ちょっとした実験に付き合ってくれないか?」
「実験?」
こてんと首を傾げる彼女に、俺は悪戯っぽく笑いかける。
「ああ。俺は何でも実験するのが好きなんだが、残念ながら魔力が多すぎて、僅かな魔力の流れを感じ取れない。もしシアに魔力の流れが分かるなら、ぜひ協力してほしいんだ」
「……協力する!」
ぱあっと顔を輝かせ、彼女は力強く頷いた。俺の役に立てることが、よほど嬉しいらしい。
「ありがとう、シア。それじゃあ、まず聞きたいのは、俺の魔力をどのくらいの距離まで吸収できるか、だ」
レティシアはこくりと頷くと、俺からそろそろと離れ、距離を取ったり近づいたりして、最適なポイントを探り始めた。
「ここっ!」
彼女が指さしたのは、およそ二メートルほどの距離だった。
「そんなに離れていても吸収できるんだな」
「うん、でも、ほんの少しだけ」
「なるほど。距離によって吸収量が変わる、と。よし、では次だ! 次は、俺の隣に座ってみてくれ!」
「と、隣に……?」
そう聞き返した彼女の、白磁のように繊細で透明感のある肌が、耳たぶから頬にかけて、まるで溶岩のようにじわじわと紅く染まっていく。
……あれ? もしかして、恥ずかしいのか?
今朝は裸同然の格好で抱きついてきたり、両親の前で堂々と「アーン」をしてきたりしたというのに、この反応は一体……?
レティシアは少し俯いたまま、俺の隣に小動物のようにちょこんと座った。……可愛すぎる。
「この距離だと、吸収量は増えるか?」
「うん、少しだけ……」
「ふむ、距離の変化はそこまで吸収量に影響しない、か。……では、これはどうだ?」
俺は彼女の小さな手を、そっと握った。
「――っ!」
シアはビクリと肩を震わせ、驚いたように俺を見つめる。そのアイスブルーの瞳は潤み、やがてうっとりと蕩けていった。
なるほど、彼女は自分から仕掛けるのは平気でも、俺からアクションを起こされると弱いタイプか。……なんだそれ、可愛すぎるだろ。
「シア?」
「魔力が……いっぱい流れてきて……気持ちいい……」
「そうか、やはり直接接触すると吸収量は増えるんだな。……ん? 気持ちいい?」
聞き返した瞬間、彼女の顔は火山が噴火したかのように、一瞬で真っ赤に染まった。
しまった。最後のは聞くべきではなかったか。
「そ、それでは、こうすると変化はあるか?」
俺は慌てて、レティシアの手に自分の上着をかけ、その上から手を握る。布を通すことで吸収量が減るのか、純粋な学術的探求心からの実験だ。
しかし、彼女はみるみるうちに涙目になり、世界の終わりのような絶望的な表情を浮かべた。……え、なぜだ!?
「シア、どうしたんだ!?」
「ルー君……シアに、触るの嫌……?」
「ん? 何の話だ?」
手元に視線を落とし、ハッとする。俺は今、上着越しに彼女の手を握っている……。
しまった、説明が足りなかった!
「ち、違うんだ! これはあくまで吸収量の変化を見るための実験で! もちろん、シアには直接触れた方がいいに決まっている!」
言い終えてから、さらに彼女の顔が赤くなるのを見て、余計なことを口走ったと悟る。
「ええと、それで、布を挟むと吸収量が減るのか、聞きたかったんだ」
「……少なくなった」
「やはり減るのか! どのくらい減ったか――」
いかんいかん、実験に夢中になると、次から次へと湧き出る思考が優先されてしまう。
「すまん、シア。聞き方を変えよう。さっき隣に座った時と比べるとどうだ?」
「それよりも……多い」
「なるほど。では、直接握った時の半分くらいとか、分かるか?」
「……もう少し、下がるくらい」
「そうか、半分より下がるのか! シアのおかげで色々分かった、ありがとう!」
レティシアは恥ずかしそうにこくりと頷いた。本当に可愛すぎるな、この皇女様は。
「やはり、肌同士が直に触れ合っている時が一番吸収されるようだな」
上着を外し、再び彼女の手を直に握ると、また小さく俯いて頬を染める。
その時だった。
「ねぇ、ルー君。もっとルー君でいっぱいになる方法、シアは知ってるの」
「ん? こうやって直接握るよりも、か?」
「うん」
それは実に興味深い。『ルー君でいっぱい』という表現は若干、いや、かなりアレな感じもするが、レティシアが言うのならアリだろう。
「どんな方法か、聞いても――!?」
俺が聞き終わるか終わらないかのうちに、彼女はふわりと身を乗り出し、俺の唇に、自らのそれを重ねたのだった。
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