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山奥の衛星写真に映った『謎の未確認生物』 実は美少女になれる銀竜だと、僕だけが知っている。  作者: 亜麻野


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第5話:洞窟に宿る銀竜の源

 ニュースが切り替わった。


 居間のちゃぶ台で朝ごはんを食べていたら、目を引くテロップが画面の下を流れた。おばあちゃんが淹れてくれたお茶を一口飲んで、箸を止める。


 『――未確認生物か。昨日、南米の山岳地帯にて、地元の猟師が仕掛けた罠に、正体不明の大型の鳥が掛かっているのが発見されました。この鳥は全身が赤と金色の羽毛に覆われ、通常の猛禽類とは明らかに異なる体格をしているとのことです。地元では古くから"炎の鳥"の伝承があり、今回捕獲された鳥との関連が指摘されています。現在この鳥は現地の生物研究施設に移送されており――』


 フェニックス。


 画面には、金属製の檻の中で首をブンブン振る赤い鳥の映像が映っていた。罠にかかっていたというのに、目立った傷は見えないし元気いっぱいの様子。その周囲を大勢の人たちが取り囲んでいる。


「おお、すごいなあ」


 コメンテーターが興奮気味に「この鳥がフェニックスの可能性は」なんて騒いでいるのを見て、おじいちゃんが身を乗り出した。


「こうやってUMAが見つかるってことはさ、うちの町のドラゴンだって本当にいるのかもしれないなあ。もし見つかったら世界中から人が来るぞ」


 味噌汁を運びかけた手が止まった。


 おばあちゃんが「偽物よ、きっと」と軽くいなしても、おじいちゃんは楽しそうに笑っている。この町のみんなもきっと同じだ。ドラゴンは観光の目玉で、お土産のデザインで、商店街ののぼりに描かれたキャラクター。誰も「本当にいる」なんて思ってない。

 

 檻の中の赤い鳥。


 もしあれが銀華だったら。


 あの檻の中にいるのが銀色の鱗を持つ竜だったら――。


 僕は残りを一気にかき込んだ。


「ごちそうさま。ちょっと出かけてくるよ」


「はい、いってらっしゃい。山はまだ寒いから、気をつけるのよ」


 おばあちゃんの声を背に、僕はリュックを掴んで家を飛び出した。



    ◇



 山道を登る足が、いつもより速かった。


 空は晴れていて、早咲き山桜がところどころにある。木漏れ日が地面にまだらな模様を落としていて、風は穏やかだった。いつもなら足を止めて眺めるくらいの景色なのに、今日は目に入っても素通りしてしまう。


 頭の中では、さっきのニュースがぐるぐると回っていた。


 月銀町は衛星写真に映った銀竜をネタにして、町ぐるみで盛り上がっている。マスコットのぬいぐるみや銀竜まんじゅうを売って、観光客を呼び込んでいる。あれはあれで町のためになっているし、僕だって竜が好きだからグッズを嫌とは思わない。でも、もし本物の銀竜が見つかったら、町はどうするんだろう。保護するのか、捕まえるのか、見世物にするのか。


 洞窟の入り口が近づいたとき、足が止まった。


 大岩の手前――洞窟の外の、日当たりのいい斜面に、銀色の何かがいた。


 体は大型犬くらいの大きさで、銀色の鱗が陽の光を浴びてきらきらと輝いている。細長い尾を岩の上にだらりと垂らして、前脚の上に顎を乗せ、目を閉じていた。猫が日向ぼっこしているような、完全にリラックスした姿。


 銀華だ。


 外に出てる。


「銀華っ!」


 声が裏返った。銀竜のまぶたがぴくりと動いて、こちらに顔を向ける。瞳が日差しの中でゆるく瞬き、尾が大きく一振りする。嬉しそうな動作。


 もそりと上体を起こすと、その体がふっと銀色の光に包まれた。光が収まると、そこにはいつもの少女の姿が、岩の上にちょこんと座っていた。


「おお、透」


 銀華は欠伸でもするように小さく口を開け、それから僕を見て首を傾げた。


「……外に、出てたんだね」


 僕の声は自分でもわかるくらい引きつっていた。銀華は何がおかしいのかわからない、という顔を崩さない。


「ああ。今日は山を歩いてみた」


「山を歩い……!?」


「最近、透のスマホで色々な景色を見ただろう。山の向こうにも色々あるのかと思って、少し歩いてみた。生き物はたくさんいたな。あと、水の流れる場所で、知らない匂いもした」


 のんきな報告だった。散歩の感想を楽しそうに語る少女の姿に、僕は少しだけ眩暈を覚えた。


 だめだ。だめだめだめ。


「中に入ろう、銀華」


「何だ、急に」


「いいから、中に入ろう」


 僕は銀華の腕を掴んだ。ひんやりと冷たい手のひら。振り払われることはなかった。銀華は「どうした」と不思議そうだったけれど、説明は中でする。


 大岩の隙間をくぐり、祠の横を通り、暗い通路へ。壁の銀の鉱脈がぼんやり光る道を進んで、広間に着いた。いつもの場所に立つと、少しだけ息が落ち着いた。


「……透、なぜそんなに慌てている」


 銀華が岩に腰を下ろして、こちらを見上げた。


 僕は息を整えてから、さっきテレビで見たニュースを話した。遠い国でフェニックスと思われる鳥が罠にかかって捕獲されたことを。

 

「フェニックス」


「炎の鳥って呼ばれてる、空想の生き物。銀華みたいな、人間からすると『得体が知れないもの』。檻に入れられてた」


「それは私と関係があるのか」


 銀華は特に驚いた様子もなく、静かに尋ねた。


「だからさ、銀華も外に出てたら同じことになるかもしれないって話だよ。もし誰かに見られてたら――」


 口に出すと、不安がより具体的な形を持った。嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。


 銀華は僕の話を聞いてから、ゆっくりと立ち上がった。


「透は心配しているのか」


 低い声だった。


「だが、私はフェニックスとやらじゃない。大丈夫だ」


「どうして言い切れるの」


「透はこれを見ても、私が人間に捕まると思うか」


 急に白い光が銀華を包み、膨れ上がった。


 光が弾けるように少女の輪郭が崩れ、膨張していく。脚になり、首が高く持ち上がり、白い皮膚が硬質な鱗に変わっていく。広間の天井に届くほどの巨体。銀色に輝く鱗。長い首の先には、鋭い牙を覗かせた竜の頭。広間の空気が震える。


 銀竜。天井すれすれまで持ち上がった首。銀の鱗が洞窟の光を反射して、広間全体がまばゆく染まった。


 見慣れたはずなのに、圧迫感がすごい。銀華は胸を張るようにこちらを見下ろしている。「どうだ」とでも言いたげな眼差しだが――。


「それ、一番ダメ!」


 僕の叫びが洞窟に反響した。


 銀竜が、きょとんとした顔になった。竜の表情はあまり変わらないけれど、目の動きでなんとなくわかる。


「だから、その姿が問題なんだって。――ああもう、喋れないじゃんそれ」


 竜形態では声が出ない。銀華と話すには人間の姿に戻ってもらうしかない。


 僕が両手を広げて「戻って」とジェスチャーすると、銀竜はふん、と大きく鼻息を吐いた。不服そうだったが、光に包まれて少女の姿に縮んでいく。


「なぜいけないのだ」


 銀華が人間に戻るなり、ちょっと拗ねたような口調で聞いてきた。


「いけないも何も。竜の姿が一番目立つんだよ。だってもう写真に撮られてるんだから」


「……前にも言っていたな、エイセイ写真というやつか」


 銀華は眉をわずかに寄せた。


「そう。あの衛星写真がきっかけで、今この町は竜を見に来る観光客でいっぱいなの。みんなが竜を探してるんだよ。もし外で竜の姿に変身したら、一発でバレる」


「だが、山の上を少し動いた程度で見つかるとは――」


「今はみんな、このスマホを持ってるから。前に僕が撮ったみたいに一枚撮られたらそれが世界中に広まるんだよ。テレビにも来るし、自衛隊だって来るかもしれない」


「自衛隊」


「人間は、わからないものや怖いものに対して容赦しないんだ」


 言葉を選んだ。銀華を怖がらせたいわけじゃない。でも、伝えなきゃいけないことがある。


「特に、大きくて強そうな相手には。危ないって判断したら、捕まえるか……攻撃する。銃とか、ミサイルとか。人間の武器って、すごい威力があるんだよ」


 銀華の表情が変わった。


「武器?」


「うん。銀華の鱗、すごく硬いけど――人間の兵器は、そういうのも貫ける。大岩も壊せる爆弾があるんだよ」


 銀華は少し驚いたように目を見開いた。


「私の鱗が、貫かれるのか」


 自分の手の甲を見つめている。人間形態では鱗はないけれど、竜のときの感覚を思い出しているのかもしれない。


「わからない。でも、試したくない。僕は――銀華が痛い思いをするのは、嫌だ」


 友達として、というか友達だからこそ、銀華に危ない目に遭ってほしくない。


 銀華はしばらく黙っていた。それから、少しだけ肩を落として、岩の上に座り直した。


「……わかった。外に出るのは、やめておこう」


 声が小さかった。さっきまでの誇らしげな態度がしなびて、しゅんとしている。


「そもそも、外に出ることに意味などないのだ」


 銀華は膝の上で指を組んで、独り言のように続けた。


「私にはこの洞窟がある。ここは――なんと言えばいいのだろう。満ちている場所なのだ」


「満ちる?」


「うまく説明できないが……この洞窟には暖かいものが流れ込んでいて、溜まっている。ここにいると、身体が軽くなる。心地が良い」


 銀華は広間を見回した。壁に埋め込まれた銀の鉱脈が、淡い光を放っている。この洞窟そのものが、銀華にとってはもう一つの身体みたいなものなのかもしれない。


「だから、外になど出なくても構わない。ここにいれば何も不都合はない」


 銀華はそう言い切った。でも、その声にはさっきの晴れやかさのかけらもなかった。強がりだとすぐにわかった。


 銀華が久々に外の世界を楽しんだ日に、僕は全部台無しにしてしまった。


「……ごめん。ちょっと興奮しすぎた」


「なぜ謝る。さっきの話は違ったのか」


「ううん。でも言い方ってものがあった」


 銀華は少し首を傾げた。言い方の何が悪いのか、いまいちわかっていない顔だ。


「あのさ、銀華」


 僕は座布団の上であぐらをかいて、頭の中を整理した。


「つまりは、バレなければいいと思うんだよ」


「……どういうこと?」


「狼……は罠にかかると傷つきそうだし、人間の姿がいい。とにかく竜じゃなければ『月銀町の銀竜だ』とはわからない。もうちょっと地味な色にできれば理想だけど」


「地味な色はできない。何になっても白くなる」


「まあ、そこはしょうがないか。でも変身の瞬間さえ見られなきゃ大丈夫だよ」


 銀華の目が、少しずつ変わっていった。


「つまり――透以外の人間に竜だとバレなければ、外に出られる、ということか」


「そう。外では絶対に竜にはならない。それだけ守ってくれたら」


「人間の目を盗んで、こっそり外に出る」


 銀華がもう一度、ゆっくり繰り返した。口元に、じわりと笑みが浮かんでいる。


「それは良いな」


 目が輝いていた。さっきしゅんとしていたのが嘘みたいだ。


「ただし、約束。外では絶対に竜にならないこと。あと、動物の姿でいるときは罠に気をつけて。山の中には、猟師の仕掛けた罠があるかもしれないから。見慣れないものには近づかない」


「罠か。フェニックスとやらもそれで捕まったのだな」


「たぶんね。だから注意して」


 銀華は真剣な顔で頷いた。


「約束する。外では竜にならない。罠にも気をつける」


「……今すぐ行くのは無しだからね。ちゃんと計画立てよう」


「わかった」


 銀華は満足げに微笑んだ。さっきまでの沈んだ顔はもうどこにもない。


「楽しみだな」


「まだ何も決まってないよ」


「でも、楽しみだ」


 僕も、少しだけ笑った。


 洞窟の銀が、いつもよりちょっと明るく光った気がした。銀華の気分が反映されているのか、それとも僕の気のせいか。


 いつか二人で、こっそり山を下りる日が来る。


 その日が来るまでに、ちゃんと準備しないといけないな。

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