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山奥の衛星写真に映った『謎の未確認生物』 実は美少女になれる銀竜だと、僕だけが知っている。  作者: 亜麻野


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第4話:銀竜の宝物はきらきら光らない

 直也の部屋は、いつ来ても足の踏み場がない。


 畳の上にはゲームのコントローラーが転がり、本棚から溢れた漫画が壁際に積み重なっている。枕元にはペットボトルが三本。窓際の勉強机は教科書ではなくフィギュアの箱に占領されていて、引き出しの1つは開きっぱなしだった。


 旅館女将の息子がこれでいいのか、とは思う。でも、居心地の良さは認めざるを得ない。


「いやマジ言えよ! スマホ買ったなら言えって!」


 あぐらをかいている少し小柄で気の強い友人、高坂直也(こうさか なおや)が、僕の顔にスマホの画面を突きつけてきた。画面にはLineの友達リストが開いている。


「慧士から聞いたときびっくりしたわ。え、透、スマホ持ってんの? って」


「買ったの春休み入る直前だし……」


「だから何。連絡先交換するだろ普通。卒業式のとき言えよ」


「だから、そのときは持ってなかったんだよ」


 直也はまだぶつぶつ言いながら、自分のスマホを操作して友達追加の画面を出した。僕が渡したQRコードを読み取り、「よし」と満足げに頷く。


 その隣で、白すぎるほど肌が綺麗で、ひょろりと手足が長い友人、雨宮慧士(あめみや けいし)が直也の本棚の前にしゃがみ込んでいた。背表紙を指先でなぞりながら、何かを探しているようにも、ただ眺めているようにも見える。


「慧士もさ、もっと早く教えてくれよ。透がスマホ買ったこと」


「俺も知ったのはちょっと前だから」


 慧士は振り向きもせずに答えた。この淡白さは相変わらずだ。直也は「お前なー」と呆れながら、ゲーム機の電源を入れた。


 春休みの序盤。決まってやることなんてない。直也の部屋に集まって、ゲームして、漫画読んで、適当に喋って帰る。去年の春休みもその前の春休みも、こんな日があった。違うのは僕のポケットにスマホが入っていることくらいで、あとは何も変わらない。


 ゲームを二、三回やって、直也にぼこぼこにされた。慧士は途中から観戦に回って、「そこ右」とか「ガード」とか口だけ出してくる。指示通りにやっても負ける。


 コントローラーを置いて、僕はふと思いついたことを口にした。


「なあ。ファンタジーで竜が出てくる漫画って、いいのないかな」


「竜?」


 直也と慧士が振り返った。


「透が竜好きなのは知ってるけど。ファンタジーか」


 直也は本棚に手を伸ばして、迷いなく一冊を引き抜いた。見覚えのある背表紙。


「やっぱりドラゴンが出るといったら闘利王だろ」


「いや、そうじゃなくて」


 闘利王はもう全巻持ってるから。ここにいる3人は、というか大体の男の子は闘利王が好きだ。


 そうじゃなくて――もっと穏やかなもの。バトルとか命のやり取りじゃなく、竜が静かに暮らしているような話。銀華に読んでもらうなら、人間の世界を知らなくても雰囲気で楽しめるものがいい。


 もちろん、そんな理由は言えない。


「なんかこう、バトルじゃないやつ。竜がのんびり暮らしてるみたいな」


「のんびりぃー? 透が?」


 直也は首を傾げた。直也の漫画ラインナップは少年漫画が中心だから、守備範囲外なのかもしれない。


「これなんかどうかな」


 声がしたのは本棚の前だった。慧士が一冊の単行本を指先でつまみ上げている。表紙には、山の上に丸くなった竜と、その傍らに座る小さな人影が描かれていた。淡い水彩のような色遣い。タイトルは『宝石の竜』。


「ああ、それか」


 直也が顔を覗き込んだ。


「ネットで勧められてて買ったやつだけど、俺には微妙だった。竜が宝石を集めて暮らすファンタジー」


「宝石を?」


「そう。金とか指輪とか宝石とかを巣に溜め込む竜の話」


 僕は単行本を受け取った。パラパラとめくると、絵本のような柔らかいタッチの絵柄の中で、竜がきらきら光る宝石を大事そうに抱えている場面が目に入った。


 これだ。これなら銀華も楽しめるかもしれない。


「貸そうか? 春休み明けに返してくれたらいいよ」


「ありがとう。借りるわ」


「あ、透。代わりに闘利王の新弾出てっから、あとでコンビニ行こうぜ」


「おごるのはいいけど、新弾は自分で買って。直也が買うやつ漫画より高いじゃん、あれ」


 慧士が小さく笑った。直也は「ケチ」と言ったが、その顔は楽しそうだった。



    ◇



 翌日。


 リュックに『宝石の竜』を入れて、僕は山道を登った。


 春の日差しはあたたかいが、木陰に入ると空気がひんやりと変わる。岩場を越え、灌木の隙間をくぐり、見慣れた暗い通路へ。壁の銀の鉱脈がぼんやり光る道を辿って、銀華のいる広間に出る。


 銀華は岩の上で、国語辞典を読んでいた。正確には、辞典を膝に乗せたまま目を閉じていて、僕の足音で瞼を開いた。


「透」


「おはよう。昨日友達の家に行ったら、面白そうな漫画借りてきた。一緒に読もう」


 座布団に座り、リュックから単行本を取り出す。銀華は岩を降りて歩み寄ってきた。表紙を覗き込み、描かれた竜を見て、わずかに目を細める。


「翼がある」


「フィクションの竜は翼があるのが多い。飛ぶから」


「不便そうだな。引っかかりそう」


 洞窟暮らしの銀華らしい視点。


 僕は単行本を広げた。


 物語の中の竜は、山奥のほら穴に住み、金貨や銀貨、宝石などのきらきら光るものを集めて巣に溜め込んでいる。人間の国から宝物を持ち帰り、山のように積み上げた財宝の上で眠る。竜にとってそれは本能のようなものとして描かれていた。


 銀華は隣で黙々と読み進めた。ときおり指先で吹き出しの文字をなぞっている。辞書で鍛えた読解力のおかげか、漫画を読む速度は前より上がっていた。


 半分ほど読み進めたところで、銀華が顔を上げた。


「この竜は、なぜ光る石を集めるんだ」


「宝物だから。大事なものを手元に置いておきたいっていう気持ちがあるんだと思う」


「大事なもの」


 銀華はその言葉を噛み締めるように繰り返した。


「光る石が、大事なのか。なぜだろう」


「んー……綺麗だから、とか、珍しいから、とか。理由は竜によるんじゃないかな。でも根っこにあるのは、自分が『これが欲しい』って思ったものを自分だけのものにしたいっていう……独占欲みたいなもの、かな」


「独占欲」


 銀華は少し考え込んだ。広間の隅に視線を向ける。岩壁の窪み。そこに溜められた銀色の鱗の山。竜形態のときに自然に剥がれ落ちたものを、銀華が律儀に集めて積み重ねたもの。


 漫画の竜の巣には金銀財宝が山のように輝いている。銀華の住処にあるのは、自分の体から落ちた鱗だけ。


「私の住処には、ないな」


 銀華は淡々と言った。


「私は何も集めなかった。欲しいと思うことがなかった」


 その声に寂しさはなく、淡々と事実を喋っているようだった。銀華はこの中で、何かを所有したいという欲求そのものが存在しなかった、それが普通だったってことかな。


「でも銀華の鱗もさ、人間からしたら宝物くらいの価値がありそうだけどね」


 純銀かもしれない鱗だ、しかも竜の。一枚でもかなりの値がつきそう。もちろん、市場に出したら大騒ぎになるから絶対にやらないけど。


 銀華はふと、漫画のページに視線を戻した。


「そういえば、闘利も言っていたな」


「闘利? ……ああ、闘利王のトオリね」


「透も腕に鱗を巻きたいのか」


 もっと腕にシルバー巻くとかさ……って。


「そういうことじゃないし。たぶん闘利もそこまで銀色好きじゃないよ」


 シルバーのスマホを買ったことについては棚に上げた。


 銀華は「そうだったのか」と納得したような、しないような顔で漫画の続きを読み始めた。


 しばらく、ページをめくる音だけが洞窟に響いた。


 漫画の竜は集めた宝物を眺めながら、旅人に一つひとつの来歴を語り出す。この金貨は何百年前に人間が落としていったもの。この宝石は海の底から拾ってきたもの。光る石そのものよりも、それにまつわる記憶が竜にとっての本当の財産なのだ、という場面。


 銀華の指が止まった。


「……記憶」


 呟きは独り言に近かった。


「この竜は、集めたものの一つひとつを覚えているのか」


「うん。何百年分も」


 銀華はページから顔を上げた。壁の銀色の光をぼんやりと見つめている。


「私は、昔のことをほとんど覚えていない」


 声が静かだった。いつもの落ち着いた口調とも少し違う、沈みこむ響き。


「何かしていた気がするが、はっきりと思い出せない。ここにいたこと、それくらいしか残っていない。全部、よくわからない」


 銀華が自分の過去について語ることは珍しい。僕は黙って聞いていた。


「なのに」


 銀華は僕を見た。


「透と話すようになってからのことは、覚えている」


「……うん」


「覚えている、どころじゃない。一つひとつが鮮明だ。初めてパンを食べた味。漫画のページをめくる感触。猫の動画を見たときの――胸のあたりが詰まるような感覚。全部、はっきりと残っている」


 銀色の瞳が、少し揺れた。


「昔の記憶はぼんやりしているのに、ここ数年――特に最近の出来事は、一瞬一瞬がはっきりと刻まれている。この洞窟で透と過ごした時間の一つひとつが」


 声は穏やかなのに、そこに戸惑いが滲んでいた。


「なぜだろう。昔のことは思い出せないのに、なぜ透とのことはこんなに覚えているんだ」


 問いかけというより、自分自身に確認するような言い方だった。


 僕だって、幼稚園より前の幼い記憶はぼんやりとしている。でも妹が生まれた日のことは、季節の匂いまで覚えている。たぶん、そういうことなんじゃないか。


「それが『大事な思い出』ってことじゃないかな」


 僕は考えるより先に口が動いていた。


「僕もよくわからないけど、僕がよく覚えてることって、楽しい時間なんだ。忘れちゃう時間は、たぶんそこまで大事じゃなかった。銀華にとっても、最近の記憶が鮮明なのは――それだけ、今が楽しいってことかも」


 上手く言えた気はしない。でも、思ったことをそのまま言った。


 銀華はしばらく黙っていた。


 それから、膝の上の漫画に視線を落とした。表紙の竜が宝物を抱えている絵を、指先でそっとなぞる。


「この漫画の竜は、金貨や宝石を集めた」


「うん」


「光る石を、自分だけのものにしたいと思って」


「そうだね」


 銀華の口元が、ゆるやかに弧を描いた。


「ならば、私の宝物は――君が持ち込むこの知識と、時間なのだろうな」


 漫画を、愛おしそうに撫でた。パンを食べた記録も、猫の動画も、スマホの写真も、この洞窟で交わしたたくさんの言葉も。光る石ではない。金銀財宝ではない。きらきら光るわけでもない。でも銀華にとってはそれが、初めて手にした「宝物」なのだと。


「きらきらはしないが、でも、良い」


 銀華は少しだけ欲深そうに微笑んだ。見たことのない表情だった。穏やかなのに、どこか貪欲で。


「じゃあ、もっと宝物増やそう」


「増やす?」


「色々な物を持ってくるよ。漫画もパンもスマホも。それ以外にも、もっといろいろ」


 銀華の目が、わずかに輝いた。


「……待つ」


 僕はリュックの中から菓子パンを1つ取り出して、渡した。銀華は片手で受け取り、いつものように袋を開ける。パンをかじりながら、もう片方の手で漫画のページをめくり始めた。行儀が悪い。でも幸せそうだったから、何も言わなかった。


 洞窟の隅では、銀色の鱗の山が光を受けてぼんやりと輝いている。人間にとってはきっと宝物だ。


 でも銀華にとっての宝物は、あの山じゃない。


 菓子パンと、漫画と、ここで過ごす時間。きらきら光らないものばかりだけれど。


 銀竜の宝の山は、これから大きくなっていく。


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