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山奥の衛星写真に映った『謎の未確認生物』 実は美少女になれる銀竜だと、僕だけが知っている。  作者: 亜麻野


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第22話:銀華とスリーショット

 二人の目が据わっていた。


 直也は腕組みし、コーラの空カップを盾代わりにして、真正面からこっちを射抜いている。隣の慧士も静かに頷いていて、逃げ場がどこにもない。名和さんは目を輝かせて身を乗り出しているし、銀華はポテトの残りを一本つまんだまま、ぱちぱちとまばたきしている。


「で、どういう関係なの」


 直也の声はさっきまでの軽い調子と違って、地面に杭を打つみたいにどしっと重い。


「いや、だから、友達だって」


「それはわかる。俺が聞きたいのは中身だよ。なんで名前呼びなのか、なんでお前だけ岩見さんのこと知ってたのか。あのな、クラスに転校生が来るのと、お前が女の子と名前で呼び合ってるのは、重みが違うんだわ」


「重み……」


「だってお前、中学のとき女子と喋ってるの見たことねえもん」


 直也の隣で、慧士は何も口を挟まず、ただ静かにこちらを見つめていた。


 言葉こそ発しないものの、その瞳の奥では、僕の内を暴こうというオーラを感じる。推理モノが得意な慧士に、変なぼろを出したくはない。


 竜だとは言えない。洞窟のことも言えない。


 でも、銀華を知っていたこと自体は、もう隠せない。


 ──だったら。


「……幼馴染なんだ」


 声が出ていた。自分でも驚くくらい自然に。


「は?」「え?」


「もともと都会にいたころの幼馴染。僕がこっちに越してきてからも……ときどき、会いに行ってた」


「は? お前ずっと山に行ってたじゃん」


「山に登る日もあったけど、半分くらいは――駅に行って、電車に乗って、遠出してた」


 頭の中がものすごい速度で回転していた。嘘をつくのは下手だと自分でも思っていたけれど、何年も銀華の存在を隠し続けてきた経験が、この一瞬に凝縮されていた。


 直也が腕組みを解いて、前のめりになった。


「じゃあ何? お前が一人で山に行くっていうのは」


「隠れ蓑だよ。照れくさかったんだ、お前らにも言えなくて」


 しん、と空気が止まった。


 直也と慧士が顔を見合わせた。


「…………マジ、透」


「なんだよ、お前……思春期かよ」


 直也の声が、追及モードから完全にからかいモードに切り替わった。口元がにやけ始めている。


 ナイスナイス。上手くいってるぞ。


 僕が一人で山に向かっていた不審な行動が、「女の子に会いに行くため」という理由で綺麗に繋がる。誰にも言わなかったのは照れくさかったから。話を振られても曖昧に濁していたのも、バレたくなかったから。ぜんぶ、「幼馴染に会いに行っていた少年」のストーリーにぴたっとはまる。


 我ながら、これは完璧なんじゃないか。八年越しの嘘が、ぜんぶこの一つの嘘に収束した。


「いいないいなー、幼馴染っ!」


 名和さんが両手を握りしめて感動している。そこに食いつくのか。


 直也が今度は銀華のほうに向き直った。


「じゃあ岩見さん的にはどうなの? こいつ──透のどこがいいわけ?」


 心臓が、がくんと跳ねた。


 矛先が銀華に向いた。


 銀華は最後のポテトをかじりながら、きょとんとした顔で直也を見返している。


「こいつ、昔から変じゃなかった?」慧士が聞いた。「一人でふらっとどこかに行くし」


「今もドラゴンの小物集めてるしな」


「成績微妙だし」


「そこまで言わんでも……」


 弁護は誰にも拾われなかった。


 冷や汗が首筋を伝い落ちる。当然ながらさっきのは僕がとっさに考えた嘘だ。口裏なんて合わせてない。

 

 銀華は、少し考えるように視線を落とした。ポテトの塩を指先からぱらぱらと落としながら、静かに口を開いた。


「透は、昔から優しかった」


 声が、澄んでいた。


「私が知らないことを、たくさん教えてくれた。食べ物も、言葉も、外の世界のことも。……独りだった私のところに、何度も来てくれた」


 直也たちは黙って聞いていた。


「少し前、私は透を追ってこの町の近くに来た。毎日会えるのは、嬉しい」


 最後の一文だけ、ほんの少し声が小さくなった。


 嘘だ。


 いや、嘘じゃない。


 銀華が言ったことの一つ一つは、ぜんぶ本当のことだ。ただ「都会の幼馴染」という設定に合わせて、ほんの少し言い回しを変えている。「洞窟」を「私のところ」に。「人間の世界」を「外の世界」に。事実を嘘の形に丁寧に流し込んで、矛盾が出ないように組み上げている。


 銀華は、僕の嘘を聞いて、意図を理解して、自分の言葉の中にそれを織り込んだのだ。


 竜と洞窟の秘密を守るために、人間社会のルール──つまり「嘘」のつき方を、自分で考えて実行した。


 銀華、すごい。


 この子は、洞窟にいたころの銀華とは違う。人間の社会で生きるための知恵を、じわじわと身につけようとしている。不器用で、たどたどしくても、確実に。


「はー……なるほどね」


 直也が大きく息を吐いて、背もたれに体を預けた。


「要するに、お前はリア充だったってことか」


「リア充って」


「中学のとき、俺ら誘っても断ることあったの、ぜんぶ岩見さんに会いに行ってたわけだろ。わーひっど」


「いやでも照れくさいのは、わかる」と慧士が小さくフォローした。


 話題はいつの間にか「透の秘密の幼馴染」をネタにしたいじりに変わっていて、僕は適当に受け流しながら内心で盛大にほっとしていた。


 それから会話はあちこちに飛んだ。


「名和さんはどこから来たの?」と慧士が聞き、澄香が「都会! お父さんの転勤で! でもね、この町に竜がいるって聞いて私だけテンション上がってた!」と勢いよく答えた。直也が「竜、信じてるの?」と聞くと、「信じるっていうか、ロマンじゃん!」と澄香は目を輝かせた。


 名和さんは不思議なやつだった。初対面のこの場に溶け込むのが異常にうまい。転校生同士という共通点もあるのか、銀華にも遠慮がなくて、「銀華ちゃん漫画好きなの?」「制服のリボンの結び方かわいいね、自分で?」と、矢継ぎ早に話しかけている。銀華は一つ一つ丁寧に答えていた。「漫画は好きだ。少年漫画と少女漫画を……いくつか読んだ」「リボンは、朝に鏡を見ながら結んだ。透に教わった形とは少し違うが」


 透に教わった、のくだりで直也が「またお前か」と笑い、僕は苦笑いするしかなかった。


 表面上は、ただの高校生五人が放課後にだべっている風景だった。でも僕の内心は冷や汗まみれで、銀華が何か決定的なことを口にしないか、ずっとアンテナを張り続けていた。


 ふと、間ができた。


 名和さんがトレイを持っていきだして、直也はトイレに立ち、慧士がスマホをいじっている。銀華はストローをくわえたまま、溶けた氷水を静かに吸っていた。


「銀華」


 小声で呼びかけた。


「こうやって大勢で話すの、嫌じゃない?」


 銀華がストローから口を離して、こちらを見た。


 少し考えるように首を傾げてから、ゆっくりと答えた。


「人間には『友達』というものがある」


「うん」


「透は、私にとって最初の友達だ」


 声はいつもの銀華のまま、落ち着いていて、少し古めかしくて、飾りがない。


「でも今日、わかったことがある」


「何?」


「透以外の人間と話すのも、悪くない」


 銀華の唇の端が、わずかに持ち上がった。


「友達は……たくさんいても、良いと思った」


 銀華の世界が広がった瞬間だった。


 洞窟にいたころの銀華は、「透」しか知らなかった。外の世界は僕のスマホの画面越しの、遠い映像でしかなかった。それが今、目の前の席に座って、ポテトの塩を指からはらって、ストローをくわえて、「友達がたくさんいてもいい」と微笑んでいる。


 なんだろう、この気持ちは。


 嬉しいのに、寂しい。


 自分だけの秘密が壊れていくのと引き換えに、銀華の世界がどんどん広がっていく。それを喜ぶべきなのはわかっていて、実際喜んでいて、でも胸の奥にちくっとした何かが引っかかる。


 まあいい。今は、これでいい。


   ◇


 店を出ると、空はすっかり赤くなっていた。夕暮れの風は肌寒くて、皆が首をすくめた。


「じゃあ俺こっちだから。また明日な」


 直也が分かれ道で手を上げた。


「また明日」


「おう。透、岩見さんの件、まだ聞くからな」


「もう全部話しただろ……」


「ふん。詰めが甘い。名和さんもまたな」


 にかっと笑って、直也は暗い路地に消えていった。慧士は小さく手を振って直也と同じ方角に歩いていく。


「また明日ね!」澄香がぶんぶん手を振った。


 残ったのは三人だった。


 僕と銀華と、家が同じ方向だった名和澄香。


 三人で並んで歩き始めた。呼吸が白くなるほどではないけれど、指先が冷たい。銀華は寒そうにしていたけれど、体が冷えて困るということはないはずだ。


「ねえ、せっかくだから写真撮ろ!」


 澄香が突然立ち止まって、ポケットからスマホを出した。


「夕日をバックに三人で! ほら旭日くんも、こっちこっち!」


「え、僕も?」


「当たり前でしょ! はい銀華ちゃんは真ん中ね!」


 澄香が銀華の隣にぴたっとくっついて、反対側に僕を引っ張り込んだ。スマホを高く掲げて、画面に三人の顔が収まる。


「はい、チーズ!」


 ぱしゃ、と軽いシャッター音。


 澄香が「見て見て!」と画面を見せてくれた。薄暗い街灯の下で、三つの顔が並んでいる。名和さんはピースサインで満面の笑み、僕はちょっとぎこちない笑い方をしていて、銀華はまっすぐにカメラを見つめていた。微笑んではいなかったけれど、穏やかな目をしていた。


「いい感じ!」


 銀華がその画面を覗き込んで、小さく頷いた。


「……ツーショットだな」


「三人だからスリーショットね」


「すりーしょっと」


 銀華が新しい単語を丁寧に反復した。名和さんが「ぷっ」と吹き出して、銀華が「どうして?」と首を傾げて、僕はその間に挟まれてため息をついた。


 ──平和だ。


 今朝、教室で銀華の姿を見たときは世界が崩壊したかと思った。放課後、クラスメイトの人だかりの中で銀華が固まっていたときは、心臓が止まるかと思った。直也たちに関係を問い詰められたときは、胃が千切れるかと思った。


 それが今。夕暮れの道を歩いて、写真を撮って、くだらないことで笑っている。


 これならいけるかもしれない。


 明日も学校に行って、銀華がいて、直也たちがいて、名和さんがいる。面倒で、ひやひやして、どこかで破綻するんじゃないかという不安は消えないけれど。


 でも今日一日を振り返って、最悪だったかと聞かれたら、首を横に振る。


 明日からの高校生活が少しだけ、楽しみだと思った。

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