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山奥の衛星写真に映った『謎の未確認生物』 実は美少女になれる銀竜だと、僕だけが知っている。  作者: 亜麻野


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第20話:銀華と始業式

 体育館に入ったら、すぐ列に並ばされた。


 入学式のときとは配置が逆で、一年生は最後尾。前方にはずらりと二年生、三年生が行儀よく整列している。それを横目に、出席番号順に整列した一年三組の列の中で、僕は自分の靴先を見ていた。


 始業式。入学式のあとに始業式って、なんかこう、式が多い。


 壇上で校長先生が挨拶を始めた。「新入生のみなさん、ようこそ」的なことを言っているが、正直ほとんど頭に入ってこない。視線だけ横にずらすと、二列隣に銀華が立っているのが見える。背筋が伸びていて、壇上を見上げている。真面目だ。


 と思ったけど、すぐに小さく首を傾げた。


 多分、退屈しているのだろう。わかるよ。


 入学式には正式に参加していなかったけど、式典というもの自体は昨日ざっくりと説明した。大勢集まって一人の話を聞く儀式のようなもの、と。そしたら「人間は集まって話を聞くのが好きなのだな」という感想だった。


 好きなわけじゃない。好きなわけないだろ。


 校長先生の話が終わり、続いて教頭の神無月先生がマイクの前に立った。生活指導について淡々と話している。低い声が体育館に静かに響く。


 あの人が壇上にいるという事実だけで、僕の胃はまた重くなる。本当は青みがかかった黒くて巨大な獣なんです! なんて、ギャグみたいな状況を理解しているのは体育館全体で僕と銀華だけだ。


 神無月先生の話も通り過ぎていく。代わりに僕の頭を占領しているのは、さっきの朝のHR教室の光景。銀華が「ばすけとは何だ」と叫び、教室中の視線が僕に集中したあの瞬間。直也と慧士のジト目。名和さんの乱入。


 でも、冷静に考えるんだ。


 銀華は転入生だ。この町のど真ん中に突然現れた、誰も素性を知らない美少女。注目されないわけがない。だったら銀華が自然にクラスの輪に入っていって、みんなと仲良くなれるなら、そのほうがいい。僕が付きっきりでいるよりずっと自然だし。


 銀華がクラスの人気者になって、みんなに溶け込んで、いずれ「旭日くんとは知り合いだっただけの普通の子」になってくれるなら、それでいいだろう。


 そうだ。それでいい。


 自分に言い聞かせるように何度か頷いていたら、式はあっというまに過ぎた。




 教室に戻ると、担任の先生が黒板の前に立っていた。


「はーい、じゃあ席順に一人ずつ、簡単に自己紹介してもらいまーす。名前と、好きなものでも特技でもいいから一言ね」


 窓側の前列から始まった。最初の子が緊張した声で名前を言い、出身中学を告げて「えっと、好きなものはアニメです」と小さく付け足す。拍手。次の子。また拍手。


 三十人以上いるから、淡々と進んでいく。


 慧士の番が来た。「雨宮慧士です。趣味は読書です」。短い。


 直也は「高坂直也でーす。旅館やってます。漫画好きです、よろしく」と軽い調子で言って、手を振った。


 僕の番。


「旭日透です。月銀中出身です。えっと、好きなものは……山登りです」


 数秒の沈黙のあと、まばらな拍手。地味すぎたかもしれない。後ろから直也の吹き出す音が聞こえた。うるさい。


 それからも何人か続いて、その番が回ってきた。


 銀華が立ち上がった。


 教室の空気が変わるのが、肌でわかった。


「岩見銀華です」


 静かに名前を告げただけ。それだけのはずなのに、ざわっとした気配がクラス全体に広がる。窓側の端の席から身を乗り出す男子が複数。振り返る女子が複数。


「出身は他の町です。好きなものは──」


 銀華がわずかに間を置いた。


「固いパンです」


 一瞬の静寂のあと、あちこちから笑いがこぼれた。変わった子、という空気。でもそれも含めて好意的に受け入れられていると僕が安堵しかけた矢先に。


「どこ中?」


 瀬田くんの声が飛んだ。自己紹介の流れを完全に無視して。


「中学校はどこ出身?」


 銀華の目がわずかに揺れる。

 

「それは……内緒だ」


 ミステリアス。今朝も聞いた台詞だけど、二回目でもまだ効力があるらしい。「内緒なんだー」「きゃー」という声が上がる。


 瀬田くんの質問を皮切りに、堰が決壊した。


「休みの日とか何してるの?」

「カラオケで何歌う?」

「百均のコスメでもめっちゃ似合いそう」


 担任の先生が「はいはい質問は後でね」と割って入ろうとするけど、誰も聞いていない。何故か銀華の番だけ質問コーナーが始まってしまった。


 銀華は一つ一つに対して、生真面目な顔で答えようとしていた。


「休みの日は──本を読んでいる」


 嘘ではない。国語辞典や漫画を読んでいたわけだから。


「から……おけ?」


 知らないやつだ。


「それは内緒だ」


「えーなんで!」「秘密多くない?」


 ぎこちないけど、なんとか踏みとどまっている。僕は自分の席で固まったまま、祈るような気持ちでその光景を見守っていた。


 結局、先生が三回目の「はいはーい次の人!」でようやく質問コーナーは終了した。銀華はすとんと席に座り、ほんの少しだけ肩の力を抜いたように見えた。


 大丈夫、乗り切った。


 そう思いたかった。


   ◇


 その後は教科書配りとオリエンテーションで、特に何も起きなかった。銀華は黙って前を向いて座っていて、普通の生徒に見えた。教科書をめくる手つきがぎこちなかったけど、それだけ。


 判断がつかないまま、放課後になった。


 結びのHRが終わり、先生が教室を出ていく。鞄に教科書を詰め込みながら、僕は直也に声をかけた。


「帰る?」


「おう」


 慧士も黙って荷物をまとめている。銀華の様子を見て、帰りはどう説明しようかを今さら考えた──その瞬間。


 ガタッと椅子が鳴る音が、教室の向こう側から響いた。


 振り返ると、銀華の席の周囲がすごいことになっていた。


「岩見さん、一緒に帰ろうよ!」

「ね、一緒にお昼ごはん行こ? 駅前にいいカフェあるんだけど」


 女子グループが三、四人。そのすぐ後ろに、瀬田くんと久我くんが控えている。


「いいね!俺らもついて行っていい?」


 瀬田くんが爽やかな笑顔で割り込む。女子たちの何人かが「えー、瀬田は入ってこないでよー」と言いながらも、完全に排除する気はないらしい。


 要するに、銀華の放課後をめぐる争奪戦が始まっていた。


「何だあれ」


 直也が目を丸くしている。


「すごいな」慧士が淡々と言った。「初日であの人気は漫画みたい」


 教室の端に、同じく蚊帳の外に追いやられた名和さんが立っていた。かばんをぶら下げたまま、唇を尖らせている。


「私もしゃべりたいのに……入れないんだけど……」


 名和さんの呟きが聞こえた。あの密度の輪に後から入るのは難しいよな、あの子も転校生だし。


 結果として僕たちと名和さんの四人が、教室の出入口付近に固まって、遠巻きに銀華争奪戦を眺めるという構図になっていた。


 まあ、これでいいんだ。


 銀華がみんなと仲良くなって、クラスに溶け込むなら。


 僕がしゃしゃり出る必要はない。


「岩見さん、クレープ好き?」

「くれー……ぷ?」

「え、知らないの!? やばい、絶対食べさせたい!」

「カフェってさ、岩見さんコーヒー飲める?」

「こーひー」

「タピオカは? いやもう古いか。スムージーにしよっか」

「すむー……じー」


 笑い声と歓声が交差する。銀華は質問を受けるたびに目を瞬かせて、知らない単語を一つ一つ繰り返していた。最初は「天然で可愛い」と好意的に受け取られていたそれが、質問の量が増えるにつれて雰囲気が変わっていくのが見えた。


 銀華の瞬きが速くなっている。


 声を出す間隔が遅くなっている。


 これでいいのか?


 僕は知っている。あれは、情報の処理が追いつかなくなったときの銀華の顔だ。洞窟でスマホの動画を見せすぎたとき、知らない単語でまくし立ててしまったとき、同じ顔をしていた。


 洞窟なら「待ってくれ」と僕に言えばよかった。僕もその顔に気づいてすぐに直す。だけどここは教室で、相手は十数人のクラスメイトで、勝手が全然違う。


「ねえ岩見さん、LINE交換しよ!」

「あ、私も!」

「らいん? ……内緒だ」

「えー、また内緒? どんだけ秘密主義なの!」

「ウケるー!」


 笑い声が大きくなるにつれて、銀華の背中がどんどん小さくなっていく。


 明らかに困っている。


 僕は見ているだけ。


「じゃあさ、今から駅前のモール行かない?」

「あ、それ賛成! 岩見さんスタイルいいし、絶対センスもいいでしょ!」

「ふ、服はいら……」

「ファンシーショップも行こうよ。あっ、岩見さんのメイクとか聞きたい!」

「ふぁん……めいく……?」


 立て続けに浴びせられる未体験の提案と単語のラッシュに、ついに銀華のキャパシティが限界を突破したらしい。


 助けを求めるように首が動いた。


「透」


 呼ばれた。


 誰かを探すように首が動く。


 朝と同じだ。教室の雑音を突き抜ける、はっきりした声。でも朝と違って、今の声には余裕がまるでない。


「透!」


 二度目。銀華の銀色の瞳が、真っ直ぐに僕を見つけた。


 周囲のクラスメイトが「え、旭日くん?」「また呼んでるし」とざわめく。瀬田くんの笑顔がわずかに引きつった。


 銀華のその声を聞いて、腹の底が冷えた。


 何が「これでいいんだ」だ。


 銀華は別にクラスの人気者になりたいわけじゃないだろ。


 友達を百人作りたかったわけでもない。


 洞窟を出て、わざわざ人間に化けてまでこの学校に来たのは──僕のそばにいたかったからのはずだ。


 あの日マンションの部屋で、銀華は言った。「透が、違う場所に行ってしまう気がした」と。


 僕は「どこにも行かないよ」と言った。


 それなのに僕は、自分が目立つのが嫌だからって、銀華を人垣の向こうに置き去りにして、蚊帳の外で「まあいいか」と澄ましていた。


 情けない。本当に情けない。


 銀華が僕を呼んでいる。


 鞄を机に置いて、一歩を踏み出した。

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