74.老犬⑪〜ガルの遺したもの
リンがまた眠りについた。
"神気"の発露。
エリシアは既に一部始終を体験済み。
アルベルトは初見だったものの、先般の誘拐事件の際にリンの昏睡は経験していた。
エリシアから、面持ちも口調も”神気”の光も前回とほぼ同じと聞き、さほど動揺はしなかった。
リンを抱きかかえて寝室に向かうアルベルトを見送りながら、エリシアがメリッサに声を掛けた。
メリッサに口止めするためだ。
「……メリッサ嬢……」
「……はい……」
メリッサは意外なほど落ち着いて見えた。
眠りについたガルを毛布に包んでいる。
あれほどの神秘を目の当たりにしたというのに……。
エリシアはメリッサの反応に戸惑いを感じつつ言葉を続けた。
「……今の…リンの事…だが……」
リンの事をどう伝えればわかってもらえるのか、どう言えば内密にできるのか、正直エリシアに考えはまとまっていなかった。
それでもーーー
「……驚いたと思うが……この事はーーー」
「ーー2度目ーー」
メリッサがエリシアの言に自分の言葉を被せた。
「………2度目…なんです……。
あの光に…助けられたの…は……。
…あたし…2度も……助けられたんです…」
「……メリッサ嬢……」
「攫われた時、あの光に包まれて、ほんの少しの時間だったけど、父ちゃんと母ちゃんと話ができました。
領主様ともお話できて、今夜助けてくれるって……。
だからあの時がんばれたんです。
今夜はガルと話ができました……。
うれしかった……。
ガルに幸せだったって言ってもらえた……」
メリッサが立ち上がり、エリシアに向かって深々と
一礼した。
「ありがとうございました。ホントにありがとうございました。
あの時も…リンちゃんが…力を貸してくれたんですね」
エリシアは何も言えなかった。
聡い子だとは知っていたが、ここまで洞察力があるとは……。
「父ちゃんも母ちゃんも…、あの夜の事は詳しくは話してくれてません。
『俺らにゃあよくわかんねぇけどよ、不思議な事もある
モンだなぁ……、でもよ、お前は無事に帰ってきた。
それでいいんじゃねえか』って、それだけでした。
……父ちゃんと母ちゃんの言ってた本当の意味、ようやくあたしにもわかりました……。
ガルとお話できて…、幸せだったよって言ってもらえた。それで十分なんです。
他の人に言っても信じてもらえるはずないし、言うつもりもありません」
「……リンが…怖くない…かい?
……祈りたく…なったり…しないかい?
……崇めようとは思わないのかい…?」
エリシアが問う。
問題の根幹。
リンもエリシアもアルベルトも、皆が恐れる事態。
メリッサはえへっと笑みを浮かべた。
「…あたしはリンちゃんのお姉ちゃんなんです…。
お姉ちゃんって…エラいんですよ。
いつも妹の傍にいて守ってやんなくちゃいけないんです。
あたしはお姉ちゃん、リンちゃんはかわいい妹、これはこれからもずっと変わりません」
エリシアは目頭が熱くなるのを感じた。
……リン…
お前の事をわかってくれる人が
また……ここにも…いたぞ……
メリッサに頭を上げさせ、逆に自分が深々と一礼した。
「…え?…り、領主様…?」
「……ありがとう…、メリッサ嬢……」
あわあわするメリッサと頭を下げ続けるエリシア。
扉の外にはアルベルトがいた。
ひとつ安堵のため息を吐き、扉に寄りかかって、中の様子が落ち着くのを待っていた。
**********************
ガルはエリシアの好意でテーゼの公営墓地の一角に埋葬された。
ゴッヅ夫妻、孤児院の院長、職員、子供たちが参列し、小さな棺に入ったガルとともに、皆が思い思いの品々を埋葬した。
「……メリッサ…偉かったなぁ……、ちゃんと看取ってやったんだな」
ゴッヅかメリッサの頭を不器用に撫でた。
「……うん……、最期まで一緒にいれて…よかったよ」
小さな墓碑にそっと手を置く。
墓碑にはひと言だけ。
”友”と入っている。
「……父ちゃん、母ちゃん……」
「…なんだい?」
「…あたしね…、子供生まれたら……犬を飼うんだ…」
風がサァッとメリッサの頬に触れた。
彼女の親友の白い長い毛に触れられた時の、あの感覚に似ていた。
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葬儀の翌日、リンが目覚めた。
「リン……、起きたね……」
「……ホサ……、ごめんなさい…、わたし…また……」
謝ろうと身体を起こすリンを止める。
「いや、謝る必要なんてない。君はまたメリッサの心を救った。
彼女はエリシアに言ったそうだ。
ありがとう、助けられたのは2度目だ、あの時もリンが助けてくれたんだ、とね」
「……メリッサちゃんも…これまで通り…友だちで…いられるの…かな……?」
「ああ、いられるよ。ゴッヅたちと同じだ。
感謝はしてるが、これまでと何も変わらない。
君は彼女の妹分のままでいいんだ」
ホッとするリン。
友が、周りの人々が、秘密を知る事で自分を崇め、離れていってしまうのを一番恐れていたのだろう。
「……リン…、今回の"神気"の発露について教えてくれないか」
アルベルトの問いにリンが頷く。
「今回の発露の時、君は『父性の純粋な願い』と言っていた。
これが今回の発露条件なんだね」
「……うん……、そう……」
「『父性』…というのは…私の事…なのかな…」
リンが少しだけ考え、アルベルトに向きあった。
心なしか顔が赤らんで見える。
「そう…。ホサ…、私と初めて会った時の事…覚えてる…?」
初めて会った時…
あの地下空洞…
忘れるわけがない…
「覚えてるよ。君は石の祭壇の上で静かに眠っていた。私は君に近づき声を掛けた。
淑女の寝室に忍び込むなんてマナー違反だったかな?」
アルベルトのヘタな冗談にクスッとして、リンがまた問い掛けた。
「…あの時、なんて言ったか…覚えてる…?」
あの時…
周囲の空気に“拒否“はされなかった…
恐怖も感じなかった…
だが…“覚悟“を求められた気がした…
幼い声が古風な口調で
自身の“滅び“を望んだ…
それを聞いた時…
私は答えた
気負わず、飾らず、自然体に
なんて事ない…
当たり前の事だろ…と
「子供が生意気言うんじゃない、子供はいつでも守られる側で、大人はいつでも守る側だ…。
確かそう言ったね」
その言葉を聞いて、リンはこの上なくうれしそうに笑顔を作った。まぶしいくらいだ。
「そう、ホサは確かにそう言ってくれた」
赤らんだ笑顔がはにかむように言葉を紡いだ。
これまで大事に胸にしまっていた想いが舞う。
「前の…お父さんも…、私に言ったの…。
お別れする時に、同じ事を…言ってくれた…。
…ホサがあの言葉を言ってくれた時…、お父さんが帰ってきたと思った…。
ああ、この人は……わたしの…お父さんなんだって…思った。
わたしの……優しいお父さんだって……」
アルベルトは少なからず驚いていた。
亡きウォーケン卿が今際の際にリンに言った言葉…。
奇しくもそれと同じ言葉を彼女に話していたのか…。
感慨深い…、だが…光栄な事だ。
ウォーケン卿…、あなたも私と同じ気持ちを抱いて下さっていたのですね…。
リンがモジモジしながら、チラリチラリと上目遣いでアルベルトを見る。
その照れ具合いがかわいい。
リンの頭を優しく撫でる。
「ふふ…、お父さんか…。ありがとう、光栄だよ」
リンの顔がカ〜ッと真っ赤になった。
プルプルしながら話の続きを始める。
「……あの時ホサが、メリッサちゃんとガルにお話させたいって思ったでしょ……。
そしたらまた身体がフアァッて暖かくなって…、ガルとお話させてあげられるって…わかったの……」
前回は『領主の覚悟』…
今回は『父性の純粋』…
つまり、私が発露の条件に加わったのか。
それでも、まだ完全じゃない。
脆弱なままだ。
自分で意識して発露させているわけでもない。
無意識のままの微弱な発露。
それでいい。そのままでいい。
「……わかった。君のおかげで、メリッサもガルも言葉を交わせた。ガルは満足したまま眠りにつき、メリッサはガルの気持ちを聞けて心を救われた。
本当にありがとう」
リンは毛布を顔半分まで被り、アルベルトを見つめている。
まだ顔が真っ赤だ。
「……まして…、……うさん…」
何か言った?…ようだが…聞こえない。
「…リン…、ゴメン、聞こえなかった」
「う、ううん…、なんでもない……。
ご、ゴメン、ホサ……、ちょっとねむい……」
「あ、ああ、そうか、まだ疲れてるんだな。
うん、わかった、おやすみ、リン」
アルベルトが退出する。
それを見届けた後、リンは被った毛布の中でさっきの自分の言葉を噛み締めるように復唱していた。
「…どういたしまして…、お父…さん」
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同じ日、メリッサのもとにベンが訪れた。
「メリッサの嬢ちゃん……、スマンが契約は解除になったよ」
ベンがそう言ってゴッヅたちに金を差し出した。
金貨48枚と銀貨5枚。
「……組合長さん…、これは……?」
メリッサがベンの顔と金を交互に見やる。
「ああ、ザイル運送商会からの違約金じゃ。
アンタらが払った金の倍の額を預かってきた。
3日ほど前に急な仕事の依頼が入ったらしくてのぉ。
アンタらの依頼と被るんで一旦は断りを入れたらしいが、どうにもならん義理がある相手じゃったらしく、組合にこのカネ持ってきてアンタらの依頼は解除させて欲しいっちゅうてな。
申しわけないって散々謝りながら出立していったわ。ホントにスマンかったのぉ」
「……いえ…、お仕事の都合じゃ……、それに間に合わなかったし……。けど……こんなに…いいの…?」
困惑気味のメリッサにベンが優しく答える。
「嬢ちゃんは気にせんでいい。商売やってりゃこんな事もある。
奴らも自発的に返金してきたんじゃ。それだけ責任を感じとる。受け取ってやってくれんかのぉ。
組合も契約通りに義務を果たさせなきゃならん役目を負ってるでな」
メリッサが両親の顔を見る。
ふたりが頷くのを確認し、メリッサが頭を下げた。
「わかりました。組合長さん、このお金いただきます。ザイルさんにもよろしくお伝え下さい」
メリッサが金の受け取りを了承し、ベンは安堵の表情を浮かべ席を立った。
「ああ、了解じゃ。奴らがこの街に戻ってきたら必ず
伝えるよ。それじゃワシャこれで失礼するわ」
ゴッヅとアンナがベンに駆け寄った。
メリッサにどう伝えるかを迷いに迷っていた夫妻には、このベンの方便はとてもありがたかった。
「すまねえ、組合長、面倒掛けた」
「組合長さん、ありがとうございます」
深々と頭を下げるゴッヅとアンナ。
「純な子供が、汚い大人の謀なんぞ知らんで済むなら
その方がいいわい。
メリッサはいい娘っ子じゃ。
あの子のキレイな気持ちを大切にするんがワシら周りの大人の役目じゃろ」
ベンはその肩をポンポンと軽く叩きドアを開けた。
かららん…
いつもと変わらないあの音がベンを送り出した。
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それからしばらくの間、子供たちは、思い思いにガルの想い出をパンにして焼き上げた。
それでも想い出は尽きない。
いくらでも作れる。
ゴッヅ夫妻は、自分の店用のパン生地の一部を孤児院に回した。
「ああ、いいっていいって、気にすんなよ。
子供たちが自由にパン作ろうってんだ。パン生地が足んねえんじゃコッチが申しわけねえや」
そう言ってアルベルトの慰留を一笑に付した。
そんなわけで『小さな手の焼きパン』はガルを形どったパンで溢れる事になり、これまで以上に街中にガルの話が広まっていった。
ガルが眠りについた1ヶ月後、ゴッヅのパン屋と孤児院が共同でガルのパンの特別販売会を開催した。
会場中央のテーブルには等身大のガルのパンが置かれた。
微睡むように『伏せ』をしているガルの姿。
ゴッヅ一家がパーツ毎に焼き上げて組み上げ、
子供たちが毛糸で作った白い毛並みを身体に纏っている。
周囲には子供たちが書いたガルへの手紙が置かれていた。
いかに子供たちがガルを愛していたか。
いかにガルが子供たちを愛していたか。
無垢な子供たちの飾らない感謝の手紙は、来客たちの涙と感動を誘った。
大盛況の会場を臨むメリッサ。
メリッサは何度も何度も繰り返し思った。
自分の親友は確かにここで生きた
子供たちに数え切れない想い出を
与えてくれた
自分に大切な事を教えてくれた
その証としてこの光景がある
ガルはあたしの守り手だった
ガルはあたしの遊び相手だった
ガルはあたしの良き理解者だった
そしてガルは、最期にあたしに
命の尊さを教えてくれた
また風がメリッサの頬を撫でた。
白い毛並みの親友の、あの長い毛に触れた時のような感覚がまた蘇った。
「……ありがとう……ガル……」
お読みいただきありがとうございました。
第4章本編はこのお話を以て終了です。
明日、閑話ひとつ投稿して、第五章に移ります。
ここまで延べ75話投稿させていただきましたが、
この辺でペース調整のため、第5章からは
投稿は週3回に変更させていただきます。
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