72.老犬⑨〜とある国の詩
その夜からメリッサとガルは、リンの部屋で過ごすことになった。
リンは大喜びで歓迎した。
エリシアも快諾し、マーサを通じて屋敷中に伝達され、メリッサとガルが過ごす環境があっという間に出来上がった。
「メリッサ嬢、何か必要な物があったら遠慮なくメイドに言ってくれて構わない。
リンもな、メリッサ嬢と一緒にガルの世話をしてあげてくれ。
今夜はもう寝る時間だ、ゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます、領主様。
ガル、よかったね。一緒に居られるよ」
エリシアの言葉に促され、ガルの寝床を整えるリンとメリッサ。
ガルも安心したように毛布に横たわり、メリッサとリンをひと舐めずつして目を閉じた。
次の日、その翌日と時が過ぎる。
メリッサとリンは甲斐甲斐しくガルの世話をし、ガルも見た目では特に変化は見られない。
しかし、メリッサの表情は日を追うごとに固くなっていった。
「……メリッサちゃん…、どうかした…?」
傍らでメリッサを見守っているリンもその事に気づき、メリッサに声を掛けてみた。
メリッサはハッとして、リンに笑顔を見せ
「うん…、なんでもないよ…」
と答えたが、その顔に影があるのをリンは見逃さなかった。
**********************
3日目の夜、アルベルトの執務室のドアがノックされた。
メリッサだった。
「……補佐さん…、少しお話してもいいですか…」
神妙な面持ち。
だが、リンからメリッサの様子の変化は聞いていた。
来たか……
アルベルトは気にした素振りを見せず招き入れる。
「どうぞ、座って。今お茶を入れる」
しかしメリッサは出された茶を凝視するだけ。
ひと言も発せられない。
アルベルトもまたそれを咎めることなく、意図を探ろうともせず、ただ静かにメリッサの前に座り、彼女の感情の整理がつくのを待った。
長い沈黙の後。
ようやくメリッサが顔を上げた。
その瞳に覚悟の光を見る。
「……補佐さん……。ガルは…もう……」
重い口から放たれた、メリッサが初めてガルの死を受け止めた言葉。
覚悟の光に涙が交わる。
「……どうして…そう思うのかな…」
「…ガルのお世話してて…、毎日してて…わかるの…。
だんだん…身体から…何かが…なくなってくのが……わかる…」
「……そうか……」
アルベルトが天を仰ぐ。
身近で世話をしているからこそ、感じ取る事が出来たのだろう。
ガルの命を
その灯火を
消え入りそうな篝火を
「…せっかくお薬頼んだのに…間に合わないよ……」
ぐすぐすと涙と鼻水が溢れるメリッサにハンカチを渡す。
「……メリッサ……、君に考えてもらいたい事がある」
「…ひっく…な…なに…?」
しゃくりを上げながら、赤く泣き腫らした瞳がアルベルトを映す。
「私は死というのは3つの種類があると思っている。
予期せぬ死、強いられた死、そして満足の死だ。
予期せぬ死は事故や病による死。強いられた死は犯罪被害での死。
この2種は当人にも周りの人々にも悔いが残る。
まだ生きたかったのにそれが絶たれる。さぞ無念な事だろう。
そして残るひとつ、満足の死。
精一杯生き、命数が尽きて安らかに眠りにつく。
おそらくそこには悔いも嘆きもない。
ここまではわかるね」
「……うん……」
「では翻ってガルはどうだろうか。
彼は自分の死期を感じ取って、悔いていると思うかい?」
「…わ、わかんないよ…ガル…喋ってくれないもん…」
メリッサが頭を振って、答えるのを拒否した。
そこにメリッサの葛藤が見え隠れした。
答えてしまうと……認めてしまう……
もしかしたら
自分のしてきた事は……
ガルの気持ちを無視していたのでは…
自分の勝手な想いを…
ただ押し付けていただけなのでは…
「……メリッサ…、考える事が大事なんだ。
考えて、それでもわからないなら仕方ない。
だが、わからないから考えないというのは似て非なるものだ。考える事を放棄してはいけない」
メリッサが泣き顔でアルベルトを見る。
赤く泣き腫らした瞳に少し憧憬が浮かぶ。
「……補佐さん……、なんか…父ちゃんみたいな事言うんだ……」
「……親父さんみたい…?」
「…うん…、父ちゃんいつも言うんだ。
『メリッサ、よ〜く自分で考えな。よく考えて自分のやる事を決めんだぜ。
自分でよ〜く考えてやった事ならよ、それで失敗しても後悔はしねえだろ。
俺ぁ学がねえから偉ぶった事ぁ言えねえがよ』って…」
いかにもゴッヅらしい言いっぷりだ。
いつも自然体で大切な部分を外さない。
「……親父さんらしい…。あの人は理屈抜きで人として大切なものをわかってるんだよ。
そういう大切なものを子供に教えるのが父親の務めだ。本当にあの人は大した人だ」
「……補佐さんもリンちゃんの父親だよね……」
意外なメリッサの評。
なるほど……、リンの周りの子供たちには私も父親に見えるのか……
…確かにそうなのかもしれないな。
「……そうだね、私もそんなふうに教えられればいいな」
「教えてるよ。リンちゃん、いつも言ってる。
ホサはすごい、なんでも知ってるし、なんでも教えてくれるって」
突然のリンからの高評価を聞き、若干の戸惑いと照れを感じる。
「はは…照れるな……。いや、これはリンには内緒にしてくれ」
「……なんで…?」
「父親っていうのは、子供に褒められて照れた事は子供には秘密にしたいものなんだよ。
君の親父さんも同じさ」
「……そうなんだ……」
妙に納得するメリッサに問い掛けを再開する。
「さて、どうかなメリッサ。ガルは嘆いていると思うかい?」
「……前みたいに…はしゃいでくれないけど……尻尾は…振ってくれてる……」
「犬に限らず動物は実に純粋だ。人間のように小賢しい知恵を持たず、自然に身を任せ、自分の生を全うする。
そこに後悔は……たぶん存在しない。
しかもだ…、ガルは最期の時を君と一緒に過ごす事を望み、そしてそれが叶った。
ガルは今……幸せなんじゃないかな」
メリッサは涙が止まらない。
だが……、これは聞かなきゃいけない。
小さな胸に手を当てアルベルトに問う。
「……ガルは…幸せ…なの……?
あたし…のした事…ガルは迷惑じゃなかった…?」
アルベルトの優しい視線がメリッサに降る。
父性溢れる視線。
意図したかどうかはアルベルトにもわからない。
「そうだと思うよ。彼は大好きな君と一緒に過ごし、君は自分なりに精一杯考えてやれる事をやった。
今回、君はいろんな事を学んだ。
それはガルが君に最後に教えてくれたものなんだよ」
ぐしぐしと泣き続けるメリッサ。
その両肩にアルベルトの手がそっと置かれた。
「とある国にこんな詩がある。
"子供が生まれたら、犬を飼いなさい
子供が赤ん坊の時、彼は子供の良き守り手と
なるでしょう
子供が幼い時、彼は子供の良き遊び相手と
なるでしょう
子供が少年の時、彼は子供の良き理解者と
なるでしょう
そして子供が青年になった時、
彼は自らの死を以て子供に命の尊さを
教えるでしょう”
……まるで君とガルの事のようだね……」
「……補佐…さ…ん……」
メリッサがアルベルトにしがみついて、泣いた。
声を上げ、泣いた。
アルベルトにすがりつき、シャツが涙でグチャグチャになっても、まだ泣いていた。
ドアの外、リンが蹲っていた。
声を殺し、泣いていた。
友と友の親友との帰結と、それを暖かく包み込む父に心から感謝し、声を立てずに泣いていた。
お読みいただきありがとうございました。
少しでも「続き読んでもいいかな」と思って
いただけましたら大変嬉しいです。
今後の励みになりますので、よろしければお気持ちの分だけ☆をいただけますでしょうか。
できましたら、ブックマークもしていただけると嬉しいです。
末永くお付き合い下さいませ。
次回タイトル予告「ガルの言葉」




