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71.老犬⑧〜ガルの願い

 アルベルトはゴッヅの店を訪れ、夫妻に事の次第を報告した。


 夫妻は、事の真相に驚き、相手の悪意に怒り、自らの不明を嘆き、アルベルトの尽力に感謝した。


「補佐さん…、すまねえなぁ、面倒掛けて……。

 あんたにゃいつも助けられちまってる」

「ホントだよ…、この前も…、今度も…、あんたの世話になりっぱなしだね。ホントありがとう」


 ふたりに深々と頭を下げられ、若干恐縮しながらアルベルトがメリッサを探す。

 姿が見えない。孤児院に行っているのか。


「いや、それは気にしないで下さい。メリッサを

想っての事でしょうから。

 払った金は組合を通じて後日返還されます。

 メリッサの嫁入り資金だ。大事にして下さい。

 それでメリッサは孤児院ですか?」


「ああ、ガルのトコに行ってるよ。薬が届けばまた元気になるって喜んでてなあ…。

 アイツはホントにガルを大切に想ってる。

 俺らもその気持ちに応えてやりたい一心でよ、簡単に金を差し出しちまった。クソっ、情けねえ」


「アンタ…、メリッサになんて伝えようか…」

「……ああ、そうだな…、どうすりゃいいか…」


 メリッサにどう伝えるか。

 目下の大きな問題だ。

 どんな言い方をしても彼女は傷つくだろう。


 夫妻が事案に暮れているところに、玄関が開く音がした。

 メリッサが帰ってきたようだ。


「おう、メリッサ、帰ったか。今よ、補佐ーー」


 ゴッヅとアンナが玄関に向かうと、メリッサと

院長が立っている。


「……父ちゃん…母ちゃん…」

「ゴッヅさん…、アンナさん…」


 深刻そうな面持ちのふたりの後ろには、手押し車に

乗せられたガルの姿があった。


「…どうしたんだい…メリッサ…、院長先生まで…。それに…ガルも…」

「母ちゃん…、ガルが……あたしについてきちゃって

離れないの……」

「え?」

「…そうなんです、アンナさん…。

 メリッサちゃんが帰ろうとしたらーーー」


 メリッサの言を継いで、院長が事の経緯を説明した。


 


**********************




「今日は帰るね、またね、ガル。」


 ガルに手を振り、孤児院を後にしようと立ち上がったメリッサ。

 ガルがくぅ~ん、と名残惜しそうに鳴き、後ろ髪を引かれる思いで立ち去るのがいつもの光景だったが、今日は違った。


 ガルが立ち上がり、メリッサの脇に寄り添うように歩き始めたのだった。


「…ダメだよ、ガル。寝床でゆっくりしてなきゃ」


 戸惑いながらガルを寝床に連れて行こうとする。

 だが、ガルは寝床の方向には動こうとせず、それどころか、メリッサの袖を噛んで外に向かおうとした。


「…え…?ガル…?どうしたの、ダメだよ…」


 お互いがお互いを引っ張り合い、しばらく立ち往生していた時、それに気づいた院長が歩み寄ってきた。


「どうしたの?メリッサちゃん」

「あ、院長先生、ガルが寝床に戻んないの。

 お外に行きたいって、あたしを引っ張って」


 院長がガルを撫で、諭すように語りかける。

「ガル…、ダメよ…。あなたは静かに休んでなきゃ」

 

 しかしガルは動かない。

 悲しそうな瞳でメリッサを見ながら細く鳴くだけ。


 いつもと違う。

 最近はほとんど起き上がらず、寝床にうずくまっているだけだったのに。

 

 これまでにないガルの様子にハッとする院長。


「……ガル…、あなた…もしかして……メリッサちゃんと一緒にいたいの…?」


 その言葉に、ワンッ!とひと声鳴き、またメリッサを引っ張り始めた。


  ああ…、そうなんだ……

  もう…、ガル…あなたは…


 院長が何かを察したかのように頷き、慈しみに富む目でガルの頭を撫でる。


「…わかったわ…。それじゃ私が運んであげるから…

行きましょうね…、あなたの大好きなメリッサちゃんと一緒に……」


 そう言って手押し車を持ってきてガルを乗せる。


「……院長先生…?」

「ガルのお願いよ…。聞いてあげましょう」


 少し目を潤ませる。

 

 しかし夕闇がそれを隠した。





**********************





「……それじゃぁ…院長先生は、ガルが自分の死期を悟って…とおっしゃるんですかい…」

「……はい…。ここ数日立ち上がる事すらしなかったガルがあれほど一生懸命にメリッサちゃんについて行こうとしていました。

 もう私にはそうとしか思えなくて……」

「……そうかい、そうかい…」


 ガルは玄関で毛布に包まり、その傍らでメリッサがガルを見つめている。

 子供なりに何かを感じ取っているのかもしれない。


「たぶん…、あと数日……だと思います。

 ゴッヅさん、アンナさん…、ガルに最期の時をメリッサちゃんと過ごさせてやっていただけませんか」


 院長が夫妻に頭を下げ、懇願する。


「……院長先生……」


「お客様のなかには食べ物を扱うお店に動物がいるのを快く思わない方がいるのは承知しています。

 おふたりにも抵抗があるかもしれません。

 でも、ガルには子供たちも私たちも長年癒やしてもらいました。ガルが最期にメリッサちゃんと過ごしたいと望むのであれば、叶えてやって欲しいんです。そして静かに眠りについて…欲しいんです……」


「……確かに…なあ……、ウチじゃぁ嫌がる客もいるが…」

「…でもさぁ…、アタシは…ガルに安らかに……眠って欲しいよ……」


 悩む夫妻と懇願する院長。


 ガルには体を張ってメリッサを守ってもらった恩がある。ゴッヅ夫妻もできる事ならメリッサと一緒に過ごして静かに眠りについてもらいたい。 

 メリッサにも、ガルの最期を悔いのないようしっかりと看取ってもらいたい。

 しかし店の衛生管理は食べ物を扱う商売では絶対条件だ。

 そこを違える、あるいは怠る事は、致命的といっていい失態となる。

 

 なかなかに結論の出ない話。

 長いジレンマの時が続く。



 そこにアルベルトが手を差し伸べた。


「では、私がメリッサとガルをお預かりしましょう」


 ゴッヅ夫妻が顔を見合わせ、院長が縋るようにアルベルトを見つめる。


「補佐さん……、いいのかい…?」


「はい、リンの部屋で寝泊まりしてもらいます。

 メリッサとガルの親密振りを羨ましがってましたからリンも喜ぶでしょう」


 3人が一斉にアルベルトに頭を下げる。


「補佐さん……、すまねえな…また面倒掛ける」

「補佐さん…、メリッサをよろしくお願いします」

「アルベルト君、メリッサちゃんとガルに悔いのないように……」


「皆さん、頭を上げて下さい。

 メリッサは聡い子です。もう何かを察してますよ。

 あの子は無意識のうちに試練の訪れを感じ、それを乗り越えようとしています。

 彼女に寄り添って、見守ってあげましょう」


 そう言って玄関のメリッサとガルに視線を向けた。

 優しい少女とその親友が毛布の上で眠りに落ちている。

 あの微睡みが…

 あとどれだけ、この時間を過ごせるかはわからない。

 だが、決してそれは無為なものではないはず。




「それじゃ行こうか…。大切な時間を過ごしにね…」

 

 




 

お読みいただきありがとうございました。


少しでも「続き読んでもいいかな」と思って

いただけましたら大変嬉しいです。

今後の励みになりますので、よろしければお気持ちの分だけ☆をいただけますでしょうか。


できましたら、ブックマークもしていただけると嬉しいです。

末永くお付き合い下さいませ。


次回タイトル予告「とある国の詩」

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