69.老犬⑥〜暴露
「ガル……、もう少し辛抱してね…。
また明日来るからね……」
メリッサがガルの頭を撫で、名残惜しそうに孤児院を後にした。
ガルは元気はないものの、メリッサが差し入れたローストビーフの切れ端を食べてくれ、食欲はまだあるようでひとまず安心した。
明日か明後日には組合の承認が下りて、ヤムル運送商会が出立する。
そこから10日ほどで薬が届く。
あと少し…あと少しだ……。
時間経過にジリジリした思いを抱きながら、家路についた。
**********************
ーーーその夜ーーーー
孤児院の敷地に忍び込む人影があった。
組合の席でメリッサとも会った、ザイル運送商会の従業員だ。
男は孤児院の建物には目もくれず、まっすぐにガルの小屋に向かう。
ガルはいない。
院長がガルの身体を気遣い、夜は屋内に寝かせているのだった。
「……まあ、その方が吠えられずに済むってモンよ……」
男がガルの小屋で屈み込み、懐から小瓶を取り出した。
置いてある食事皿と水皿に、小瓶の中の液体を垂らす。
底に溜まりすぎないよう量を加減し、まんべんなく皿に付着させる。
「よし、こんなモンだろ…。出立までに往生してくれや」
男が立ち上がり、その場を去ろうとした時、不意に別の人影が2つ現れた。
「…だ、誰ーーー!?」
声を立てる暇を与えず、人影のひとつが剣で男を打ち据えた。
もうひとつの人影は、男が何か仕掛けた皿を回収している。
呆気なく気絶した男を2つの影が抱え、そのまま闇に消えていき、何事もなかったように夜がふけていった。
**********************
ーーーー次の日 ザイル運送商会ーーーー
昨日の夜、孤児院に仕掛けに行った部下がまだ商会に来ていない。
手間賃として金を渡したので、それを飲み代にどこかで酔い潰れているのか。
若干イライラしているザイルの元に、もう1人の部下が入ってきた。
「商会長、変な客が来てるんですが」
「…変な客だ…?」
「…はい。ほら、この前引っ掛けたパン屋の親子の知り合いだって言ってます。
アルベルト…とか名乗ってますが…」
ザイルがわざと大仰な態度で部下に注意した。
「おいおい、言葉に気をつけろ。引っ掛けたなんて人聞きの悪い。公明正大な契約だろ、あれは」
「…はい、スイマセン。そうでしたね、へへへ」
そう、あれは完璧な契約書だ。
特約には客の保護も配慮も存分に盛り込んだ。
苦情が入る余地はない。
それにもう組合の承認も下りる頃合いだ。
発効してしまえばコッチの勝ちだ。
…名前は…
……アルベルト…?
どっかで聞いた名だが……
どこだったか……
……思い出せん…
…まあいい
思い出せんという事はその程度の事だ…
「いいだろう、お通ししろ」
**********************
「いらっしゃいませ、商会長のザイルと申します」
「はじめまして、アルベルトと申します」
着座するアルベルトに、さり気なくザイルが値踏みの視線を投げかける。
見た目30代前半…、世間ではまだ中堅成り立て、俺から見ればまだまだ若造といってもいい辺りか。
慇懃な態度でザイルがアルベルトに訪問の目的を確認した。
「ゴッヅさんのお知り合いとお聞きしておりますが、
本日のどのようなご用向きでしょうか」
アルベルトはこれにいつもの淡々とした態度で応じる。
「いや…、私も今回の契約に少々資金を提供しておりましてね。契約内容は当然気になるわけで、確認させていただきました。
ついては、契約に対する私の見解とお願いをお伝えしようと思いまして」
「ほう……、あなたの見解とお願い…ですか…」
何を言い出すつもりだ、コイツは。
あの契約に穴はない。
それに対するド素人の見解だと。
滑稽にもほどがある。
ザイルの蔑みを含む視線。
それを一切無視しながら、アルベルトがさらりと、
しかしド直球で本丸に斬り込んだ。
「はい。まず私の見解の1点目ですが、今回仕入れるとおっしゃる商品は存在しないという事。
2点目、あなた方はアミドニアに出立するつもりもないという事。
3点目は、あなた方は出立前に犬を始末して委託者都合の契約解除を狙っているという事。
この見解に従い、あなた方からこの契約を解除していただきたいというのが、私のお願いです」
ガタンッ!
アルベルトの言葉があまりに衝撃的過ぎて、ザイルは思わず立ち上がってしまった。
部下も動揺しているのが明らかだ。
「な!な、なにを根拠にそんな事を!」
顔を赤らめ怒鳴りまくる寸前のザイルだったが、
すぐに思い直して、必死に動揺を隠そうとした。
あまりにも的確に自分の狙いを当てられて驚いてしまったが、冷静に反論すればやり込められる。
そう思い直し、努めて冷静な声で反論を試みた。
「…いや、失礼。あまりに意外なお言葉に驚いてしまいまして。
改めてお聞きしますが、何を根拠にそのようなお話をなさるのか。そのような言葉は暴言の類いと受け取られかねませんよ」
「しかし、そもそもアミドニアにそのような薬は存在しないでしょう。
それはあなた方も重々承知しているはずですが」
やはり根拠は示さないか…
いや、根拠を示せないんだろう
コイツ…、ハッタリを掛けて契約をうやむや
にするつもりか…?
それならやり様はいくらでもある!
「いやいや…、それはあなたがご存知ないだけの話。
アミドニアの王室にはその薬が密かに伝承されております。
私はもともとアミドニア出身でしてな。
当時から、さる王家ゆかりの方と懇意にさせていただいておりまして、これまでも何度か同じような取引をさせていただいております。
今回もその方から僅かばかり分けていただくつもりですが」
”王家ゆかりのーー"
絶対的な切札。
庶民であればとても太刀打ちできない
魔法の言葉だ。
他国の一般人ならなおさら反論しようが
あるまい。
「……王家ゆかりの……ですか…」
この若造が恐れおののく様を想像していたザイルだったが、しかしアルベルトは一向に動じない。
何だ、コイツの反応の薄さは?
事の大きさを理解できないのか?
まるで手応えのないアルベルトの反応に、若干戸惑いを覚えつつも、更なる追い打ちを掛けた。
「左様です。他国とはいえ王家ゆかりの方が御慈悲を
以て秘薬を分け与えようとされるのに、それを根拠もなく否定するのは、場合によっては不敬罪に問われかねない所業ですぞ。撤回を求めます」
どうだ!『不敬罪』だ!
これなら足りない頭でも理解できるだろう!
慇懃な態度でほくそ笑むザイルに、アルベルトがやれやれと言いたげにため息を吐いた。
降参か、と期待満面のザイルだったが、反対に投げつけられたのは、とんでもない破壊力の反論だった。
「先日、アミドニアの宰相殿と、多種多様な医薬品の
輸入についてお話し合いをさせていただいたばかりなのですが……、そのような薬があるならば輸入など無用なのでは?」
ドクンッ!
ザイルに、心臓を何か冷たいものに掴まれたような悪寒が走った。
アミドニア…?
宰相……?
な、何を言ってるんだ、この男は…?
…この男の名前…
……アルベルト…?
…ん…?
…テーゼの首脳に…
……そんな名前が…
………あった…ような……
ザイルの顔から血の気が引き、身体がカタカタと震えだした。
ま…まさか……
…この男……
……そんな……
ザイルがやっとの思いで出した掠れる声を辛うじてアルベルトに掛けた。
「……あの…、アルベルト…様…、ご、ご職業を…お聞かせいただいて…もよろしいですか…」
激しく動揺するザイルだが、アルベルトはそんな事にお構いなくサラリと答える。
その答えは、ザイル自身の死刑宣告のように脳内に響いた。
「はあ、ここテーゼの執政官補佐を拝命しておりますが」
お読みいただきありがとうございました。
少しでも「続き読んでもいいかな」と思って
いただけましたら大変嬉しいです。
今後の励みになりますので、よろしければお気持ちの分だけ☆をいただけますでしょうか。
できましたら、ブックマークもしていただけると嬉しいです。
末永くお付き合い下さいませ。
次回タイトル予告「応報」




