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67.老犬④〜運送業者との契約

 金貨24枚……


 いざ用意するとなると大変な金額だ。


 日々の生活に追われる庶民では、おそらくそんな蓄えはない。

 それなりに繁盛しているゴッヅ一家でも、おいそれと出せるか怪しいものだった。


 確かにゴッヅの店では、日々の仕入れのためにそれなりの現金は手元に置いている。

 父母に事情を説明すれば、もしかしたらその資金を回してくれるかもしれない。

 しかし、それを流用してしまっては肝心の仕入れができなくなり、あっという間に商売が傾く。


 店の仕事を手伝っているメリッサは、父母がどれだけ自分たちの商売を大事にしているか肌身に染みていた。


 だから父母に頼むのには躊躇してしまう。



 孤児院……。


 これもダメだ。


 院長先生や子供たちは、たぶん賛成してくれる。

 だが、捻出できる資金は多くはない。


 パンの委託生産と直販で、以前より多少豊かになったが、かと言って余裕があるわけではないのだ。

 孤児院が貯めている金は、子供たちの成長に合わせて使い道が決められている。

 こんな大金を目的外で払ってもらうなんて、子供たちの将来を摘み取るように思えて、とてもできる事ではない。



 メリッサは悩みに悩んだ末、最後にはやはり、最も自分を愛してくれていて、自分も愛している、両親に相談する事にしたのは、当然の帰結だった。




**********************




 全てを父母に話したメリッサの前。

 ゴッヅが腕組みをし、その横にアンナが座る。

 ふたりは目を閉じ、口を開かない。


 メリッサにはあまりに辛い、耐えられないような雰囲気の中、沈黙の時が流れる。


  やっぱりムリなお願いだった……

  でも……

  ガルを…助けたい……

  なんとかしたい……


 涙ぐむメリッサの前で、ようやくゴッヅが重い口を開いた。


「……母ちゃん……」

「……はいよ……」


 ゴッヅの声にアンナがひと言答え、立ち上がった。


 奥の部屋から何かを持って戻ってくる。


 アンナの手には木の箱。


  母ちゃん…

  何を持ってきたの…?


 メリッサの前に置かれた木箱が開かれ、その中身が姿を現す。


 そこにはーーーー


 金貨、銀貨、中銅貨、銅貨が詰まっていた。


「……父ちゃん……、これ……?」


「……お前の嫁入りのために少しずつ貯めてきた金だ……。金貨で20枚ちょっとあるはずだ」


 ゴッヅとアンナが少し寂しげな顔で、木箱をメリッサに差し出す。


「どうせお前に持たせるつもりだったお金だしね、少しばかり早いけど渡しとくよ」


 アンナがそう言ってメリッサの頭を優しく撫でる。


「ガルはお前の命の恩人だ。これでガルが助かるんならそれでいい。使ってやれ。

 金はまた1から貯めりゃいいさ、なぁ母ちゃん」

「そうさ、また明日から一生懸命働いて、そうすりゃお金の方が自然と集まってくるモンさ」


「…父ちゃん……母ちゃん……」


 ぐすぐすと涙と鼻水で顔をクシャクシャにするメリッサ。


「よし、さっそく明日、その金を金貨に両替してヤムル運送商会とやらに行くぞ。メリッサ、お前もついてこい」


「うん!」


  よかった、ありがとう。

  父ちゃん、母ちゃん。



 メリッサは数日来の苦悩が消失し、久し振りに心の中から笑顔になれた。





**********************





「ほれ、金持ってきたぜ。コイツでよろしく頼まぁ!」


 ザイル運送商会応接室のテーブルの上に、ゴッヅがドシャッと金貨入りの巾着を置き、威勢のいい声を響かせた。


「……じゃあ、正式にご依頼なさるという事ですね」

「おう、そうだ。その金で薬を分けてもらってきてくれ」

「わかりました。それでは契約の準備を致します」




 しばらくして席に戻った商会長が、テーブルに2枚の紙を広げた。


「お待たせしました。これが契約書です。

 1通はお客様、もう1通は私どもの分。お互い1通ずつ持ちます。  

 これは運送業組合制定の書式で、空欄の部分はお客様にご記入いただき、お互い納得のうえでご契約いただく書式になっています」


 空欄の部分を指差しながら、商会長がゴッヅたちに確認を促す。


「おう、わかった」


「それでは始めます。

 まずここの積み荷の部分ですが、ここは『所定』とご記入下さい。積み荷には明記できる物と、明記し難い物があります。今回は後者ですのでこのような記載と致します。

 次に料金ですが、仕入で金貨20枚、運送代で金貨4枚いただきます。よろしいですか?」

「ああ、金貨20枚は相手に払う金で、4枚はあんた方の取り分ってこったな。いいぜ」

「では料金欄に『金貨24枚』とお書き下さい。

 次に行程日数、ここは勝手ながら片道4日ずつ往復8日、滞在2日、予備日3日として『13日』でお願い致します」


 ゴッヅが空欄を埋めて契約書を仕上げていく。

 確かにこの方法なら、契約の肝の部分を確認しながら自分で記入する事で、納得のいくものになる。


 最後に『特約』と書かれた余白があった。


「特約欄は、条項に盛り込まれていない事項を別に定める場合に使います。

 尚、特約は自由に条項を定められる反面、著しく不公平な内容にする事も可能です。

 そのような不公正な取引を防止するために、特約を結ぶ契約は運送業組合のチェックを受けて承認印をもらう必要があります。組合の承認印のない特約付契約は全て無効となりますので、ご安心下さい。

 今回の取引に盛り込むべき特約の素案を考えておきました。ご覧下さい」


 そう言って商会長が紙片を差し出した。


 そこにはこう記されていた。

  ①受託者が自己の都合で本件契約を破棄する  

   場合は、受領済み代金の2倍の額を委託者に

   返還する

  ②委託者が自己の都合で本件契約を破棄する 

   場合、預けた代金を全額放棄する

  ③荷の仕入ができなかった場合、受託者は

   仕入代金から実費を差し引いた額を委託者  

   に返還する


「いかがですか。私どもからの契約解除の場合は代金の2倍をお返しし、お客様からの契約解除の場合はお預かりした代金は放棄していただく内容です。また、仕入ができなかった場合、実費を差し引いた残金をお返し致します」


 ゴッヅが若干の戸惑いを見せる。

 かなりゴッヅ側に有利な特約だ。


「これだと…、なんかオタクが損するような内容じゃねえのかい?」


 ゴッヅの困惑気味の問いに、商会長が微笑みを浮かべる。


「確かに私どもに多少不利な内容になっていますが、今回は通常の業者間の運送取引ではなく、一般の方とのご契約です。組合の規約にも、一般の方との取引には十分な配慮をするよう定められておりますので、お気になさらずに。

 ご納得いただきましたら、特約をご記入いただき、最後の委託者欄にサインをお願い致します」


 ゴッヅの顔が緩み、ペンを手にする。


「おう、そうかい。なんか悪いな、気ぃ使ってもらってよ。わかった、書かせてもらうわ」


 書き上がった契約書を確認し、ウンウンと頷いて商会長が受託者欄にサインを書き込んだ。

 

「ありがとうございました。この契約書は明日

組合に提出し、チェックを受けさせていただきます。

承認されるのに2〜3日かかりますので、その間に準備をしておき、承認され次第出立致します。

 それでは金貨24枚、お預かり致します」



 思いのほか自分たちを慮った契約内容だったため、ゴッヅとメリッサは何度も商会長に頭を下げ、嬉々として商会を後にした。

 

  よかった……

  これでガルを助けてあげられる

  よかった……



 その足でガルのもとを訪れ、その白いふわふわな毛並みに顔を押しつけた。


「ガル…、もう少し辛抱しててね……。

 もうすぐいいお薬が届くからね……。

 元気になったら…また遊ぼう……」


 ガルに寄り添うメリッサ。

 その姿を見つけ、リンが駆けてきた。


「メリッサちゃん、なんかうれしそう」

「うん!ガルによく効くお薬買ったの。

 もう少ししたら届けてもらえるんだ」


 リンの問いにメリッサはこれまでの経緯を話し、涙ぐんでまたガルに顔をうずめる。


「そうなんだ……、よかったね…メリッサちゃん……、ガル……」


 リンもまたメリッサと同じように涙ぐんだ。





 その日の夜、リンはアルベルトに喜びながらその事を伝えた。


 しかし、それに対するアルベルトの反応は、リンの考えていたような類いのものではなかった。



「……リン…、ゴッヅとメリッサは……騙されてるぞ」








 


 


 

 


 


 


 


 


 


 



お読みいただきありがとうございました。


少しでも「続き読んでもいいかな」と思って

いただけましたら大変嬉しいです。

今後の励みになりますので、よろしければお気持ちの分だけ☆をいただけますでしょうか。


できましたら、ブックマークもしていただけると嬉しいです。

末永くお付き合い下さいませ。


次回タイトル予告「特約の罠」

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