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66.老犬③〜メリッサの苦悩

「…ねえ、どうしたの、ガル…?元気ないよ」


 数日振りに孤児院を訪れたメリッサとリン。

 いつもなら尻尾を振って駆け寄ってくるガルが、今日はずっと寝床でまるまったままだ。


「ねえ、具合い悪いの?大丈夫?」


 メリッサが心配してガルを撫でる。

 ガルはくぅ~んと鳴いてメリッサの手をひと舐めふた舐めするが、起き上がろうとはしない。


 ガルを囲むふたりのもとに院長が歩いてきた。

「メリッサちゃん……」

「あ、院長先生、ガルが元気ないの。病気かな?

 お薬とかあげたほうがいいのかな?」


 院長は膝を折り、メリッサの肩に手をやる。

 目を見て話そうとするがつい背けてしまい、すぐにはできない。

 二度三度、戸惑いを見せて、それでもやらねばとメリッサと目を合わせた。

 これから自分が口にする残酷な言葉に対して、覚悟を決めるように。


「メリッサちゃん……。ガルはね、もうお年なの。

 おじいちゃんなのよ……」 

「……え…?」

「身体も衰弱していてね…。おそらく……もうあと少ししか……」


 言葉はそこで途切れた。

 肩の手が震えている。


 しかし、メリッサにはその言葉の意味がよく理解できなかった。


「……ち、違うよ…、ガルはまだおじいちゃんじゃないよ……。あたしと同じくらいの…はずだよ……」


 メリッサが少し引きつった笑顔をする。

 笑えない冗談だ…

 そう言いたげな、しかし笑い飛ばせない何かを感じている。

 リンは深刻な空気を察し、メリッサの手をギュッと握った。


「ワンちゃんはね…、人より早く年を取るのよ。

 2歳で24歳くらいになって、その後は1年で7歳ずつ年を取るって言われているわ。

 ガルはここに来た時はもう2〜3歳くらいだったでしょ。そこから7年経ったから……、もうたぶん70歳を過ぎてると思うの……」


 院長は、できるだけ子供にもわかるように配慮して説明を試みた。

 しかしメリッサにはその言葉は重すぎた。

 故に脳がそれを理解するのを拒んでしまった。


「……違うよ…、ガルはそんなおじいちゃんじゃ…ないよ…。この前だって…あんなに元気だったし……」


「…メリッサちゃん……」

「…元気…だったもん!」


 院長の言葉を払いのけるように首を振り、ガルにしがみつくメリッサ。


「ね、ねえ、ガル。大丈夫だよね。ちょっと具合い悪いだけだよね。そ、そうだ、お、お薬、お薬飲もう。あたし買ってくるから、ね、ガル」


 懸命にガルを励まそうとするが、ガルは少し目を開けて弱々しく鳴くだけ。


 認めたくない事実。

 それが徐々にメリッサの心の中に浸透していき、ポロポロと眼からこぼれ落ち始めた。


「……ガル……、ガル…、ヤダよ…ヤダ…

 ガルーーーー!!」





**********************





 領主邸の夕食の席。

 今日はエリシアとリンのふたり。

 アルベルトは職務でアミドニアに行っており不在だ。


 リンはエリシアに今日の一連の出来事を話した。


「……それはメリッサ嬢にとってはツラい出来事だったな…」

「…うん、メリッサちゃん泣いて、どうにかならないのって……。院長先生も泣いてたみたいだったけど…どうしようもないって……」


 エリシアが上を向いてため息を吐く。

 

 身近な者の死。

 先般、エリシア自身にも舞い降りた不幸だ。

 幼いメリッサにとっては初めての事だろう。

 いつかは訪れる試練ではあるが、仕方のない事だと簡単に切り捨ててしまっていいものでもない。


「…メリッサ嬢は…納得したのかな…?」

「……してないと思う…。ガル治せるおくすり見つけるっていってた……」

「……そうか……」


 確かに病気であれば投薬での回復も可能性はあるだろう。

 しかしガルの場合はおそらく老衰だ。

 ガルは天寿を全うしようとしている。

 ならば心穏やかに送ってやるべきなのだが、幼いメリッサにはまだ難しいのだろう。


 ……時間が必要だな……


「リン、メリッサ嬢は今凄く苦しんでいる。

 この問題は時間が解決してくれるだろうが、それまでいろいろ気遣ってやってくれ」

「……うん……」


 エリシアは食卓の席を見る。

 アルベルトの席。

 不在の補佐に心の中で問い掛けた。



 アルベルト……

 お前なら…どんな答えを用意する……






**********************





 メリッサは運送業組合の前に立っていた。

 

 昨日は街中の薬屋を訪れ、何か有効そうな薬はないかと探し回ったが、どの店も答えは同じ。   

 ごめんね、そういうのはないんだよと、やんわりと断られてしまった。

 ただ、ある店の店主がボソッと言った言葉。


 ”どっかの王室とか神殿になら、万病に効く薬くらいあるかもな”


 メリッサはこれに食いついた。


  他の国の王族……

  神殿……

  伝手は……

  ないわけではない

  エリシア……、アルベルト……

  いや、ダメだ…

  迷惑は掛けられない…

  自分でなんとかしなければ……



 そこで思いあたったのが業者への依頼だった。

 金を払えばもしかしたら手に入るかも知れない。

 いくらくらいか見当もつかないが、与えるのはガルだ。ほんの数滴でいい。ほんの少し売ってもらえれば。


 しかし当の薬屋には、とんでもない、あるかどうかわからない薬の仕入れなど受けられないと拒否された。

 途方に暮れるメリッサだったが、それを見かねた店主が運送業組合に相談するよう促した。

 多種多様な商品の運送を手掛ける組合なら、そのものズバリとはいかないまでも、何か効き目のある薬や食べ物を知っているかもしれないぞと。


 その言葉に促されてメリッサは組合に来た。


 組合長のベンとは、過日の誘拐事件の際に世話になり面識もある。

 今度は単なるお願い事ではなく、仕事の相談のため訪れたので、多少気は楽だった。


 受付に進むと、受付嬢がにこやかに応対する。

「いらっしゃ……、あれ?パン屋のメリッサちゃん?

 どうしたの、何かご用?」

「あの……、組合長のおじいちゃんはいますか…?」


 おずおずとベンへの面会を求めるメリッサだったが、受付嬢は少し困った顔で答えた。

「ん〜、あのおじいちゃんね〜。ゴメンね、今出かけてるの。隙を見せるとプラッとどっか行っちゃってね、困ったジイさんよね。

 いつもならもうそろそろ帰ってくるんだけど、よかったらあの辺のテーブルで少し待ってたら?」


「……はい、それじゃ少し待ってます…」


 落胆したメリッサが隅のテーブルに座る。


 慌ただしく人が行き交うのをぼんやり眺めながら、しばらく無為な時間を過ごした。

 それでもベンは戻らない。

 明日出直そうと席を立とうとした時、メリッサに声を掛けてきた者たちがいた。


「おい、嬢ちゃん。どうした?親御さんのお使いかい?」


 そこに立っていたのは3人の男。


 警戒するメリッサに男の1人がにこやかに話しかけた。


「おっと、怪しまなくてもいいよ。ホラ、コレでも

れっきとした運送業組合員だ」


 そう言って首に下げている『運送業組合員証』をメリッサに見せた。

『ザイル運送商会』という商会名も確認できる。


「嬢ちゃんみたいな娘がここにいるなんて珍しくてな。つい声を掛けちまったが、驚かせたかい?」

「うん、ちょっとだけ……」

「ああ、そりゃ悪かったな。で、いったいどうしだい?」


「…お仕事の…お願いに来たの……」


 正規の組合員証を見せられ、メリッサは少し安心したのか、男たちにこれまでの一部始終を話した。


「ふ〜ん、なるほどなぁ…。万病に効く薬…か…」


 男たちが思案顔で腕組みしている様子を見て、メリッサは期待と不安がごちゃまぜになった。

 薬屋では話を切り出して即断られたが、男たちの様子と表情は何かもったいぶった印象で、心当たりがあるのではと思える節がある。


 なんでもいい…

 それでガルが元気になってくれるなら…

 

 そう意を決し、恐る恐る尋ねてみた。


「……お薬…あるの…?」


 組合員証の男が大きなため息をつき、メリッサに顔を向けた。

 別な男がそれを制止するように、

「……商会長、アレはこの嬢ちゃんじゃ……」

と言うが、商会長と呼ばれた男が、

「いや、この嬢ちゃんがこんなに必死になってんだ。

話してやんなきゃかわいそうだろ」

と返し、改めてメリッサに話を始めた。


「……実はな…、アミドニアにそういう薬を手に入れられる伝手がある。もちろんなんでも治るってわけじゃないが、飲むと大抵の病気には効くっていう優れモンだ」


 メリッサの顔が輝いた。


 やっぱりあったんだ。

 ガルを治してあげられる。


「そ、それ、ほんの少しでいいんで売ってもらってください」


 だが男たちは少し困ったようにお互いの顔を見合わせ、なかなか話の続きにならない。


「お願いです。買ってきてください」


 メリッサの懇請に、仕方ないといった表情で商会長が身を乗り出してメリッサに語りかけた。


「……話をつないでもいいんだが……、ものがモノだけに……高いんだよ…」

「……高い…の……?」


 メリッサの顔が曇る。

 どんな値段か見当もつかない。

 覚悟して聞かなければ…と目に力がこもる。


「こんなちっちゃな小瓶でーーー」


 男がメリッサの前に親指と人差し指を広げた。


「金貨1000枚だ」


 き、金貨…?

 それも…1000…枚も……?


 メリッサが驚愕で固まった。


 ゴッヅ一家が1ヶ月暮らすのに必要な生活費は金貨1枚と少し。

 金貨2枚あればかなりゆとりのある生活ができる。

 1000枚ということはつまり40〜50年分に相当する。


 無理だ……

 そんなお金払えるわけない…


 顔が青ざめ、カタカタと震えるほどショックを受けたメリッサ。


 だが……、


「……でもね…、嬢ちゃんがホントに必要なのはほんのちょっと、ほんの数滴だろ。なら……、交渉ができるかもしれない」


 えっ?と声にならない声が上がり、途端に身体が縛りから解放された。  


「…安く…なる…の…?」 


 すがるような目で見つめるメリッサに、男が優しく笑みを向けた。


「ああ、ほんの少し分けてもらうだけなら1000枚もいらないよ。ただ、割高にはなるだろうけどね。

 10滴分けてもらって…そうだな…金貨20枚くらいなら交渉できると思うけど……」


  金貨…20枚……

  大金だ……

  大金には違いない……

  だけど………

  それなら……!


「うん!わかった!金貨20枚持ってくる。だから買ってきて!」


「その他にウチの手数料が2割くらい…、だから金貨4枚くらい要るよ……。いいの…?」


 メリッサが腰のポーチから自分の財布を取り出した。


 これまで貯めてきたお小遣い。


 全部で銀貨2枚と少し。


 これでも金貨1枚の1/5にしかならない。


 だけど………


「これ…、先に渡しとく。あたしが貯めたお金。

 全然足らないけど……、残りは必ず持ってくるから…、だから…お願いします、お薬買ってきて下さい…」


「いや…、そんなお金は受け取れないよ……」


 受け取りを拒む男たちだったが、メリッサが財布を頑として引っ込めないため、根負けしたように財布を懐に入れた。


「それじゃあ、お金が揃ったらウチの事務所においで」

 

 そう言って簡単な地図が書かれた紙片をメリッサに渡し、男たちは出ていった。


  金貨…24枚…

 

 メリッサの頭の中は、どうやって金を用意するか…その事だけがぐるぐる巡り続けていた。



 

 

 



 


 

 

 

 

 

 


 




 






 


 

 

 

 


 











お読みいただきありがとうございました。


少しでも「続き読んでもいいかな」と思って

いただけましたら大変嬉しいです。

今後の励みになりますので、よろしければお気持ちの分だけ☆をいただけますでしょうか。


できましたら、ブックマークもしていただけると嬉しいです。

末永くお付き合い下さいませ。


次回タイトル予告「運送業者との契約」

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