65.老犬②〜『小さな手の焼きパン』とガル
白い犬は傷が癒えて元気になり、孤児院で飼われる事になった。
この頃は、ゴッヅ夫妻が店の切り盛りに忙しいため、幼いメリッサは日中孤児院に預けられており、孤児院で飼ってもらえるなら毎日会えるし、孤児院としても、子供たちの遊び相手になってくれる大型犬はありがたかった。
犬はメリッサにガルと名付けられ、他の子供たちともすぐ仲良くなった。
大きな身体に幼児を乗せたり、白い毛に子供を包んで昼寝をさせたり、ガルは子守役として大いに働いてくれた。
メリッサはガルと戯れるのが一番の楽しみだった。
父母が多忙でなかなかかまってもらえない。
ガルはそんな淋しさを癒やしてくれる存在だった。
ガルにとっても、メリッサは特別だったらしく、孤児院を訪れるメリッサの姿を見ると、すぐに走り寄ってきてじゃれついていた。
この関係性は、あの日からずっと続いており、リンが初めてガルと会った時、メリッサとの戯れ振りを少しだけ羨ましく思いながら見つめていたものだった。
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孤児院では、自活の方法のひとつとしてゴッヅの店からパンの委託生産を受けていた。
この活動は思いのほか順調で、自分たちの食事とゴッヅへの納入分とは別に、今では直販も行っている。
およそ1年ほど前、孤児たちが作業に慣れて、より効率的にパン作りができるようになっていた。
委託された数量をこなして、余ったパン生地の切れ端を使い、子供たちは遊びと練習を兼ねて、思い思いにいろいろな形の小さなパンを作ってみた。
犬や馬、花、職員や友だちの顔。
子供なりの感性溢れる微笑ましい造形。
いつもの支援金を持って孤児院を訪れていたアルベルトが厨房に呼ばれた。
子供たちの手による1点物のパンを見てほしかったのだろう。
「これは少しもったいないな」
テーブルに並んだ様々なパンを見たアルベルトの第一声がこれだった。
皆がビクッとした。
"子供の遊びでパン生地を無駄にするな”
そんな叱責が飛ぶのか
皆が緊張するなか、アルベルトがパンをひとつひとつ凝視する。
アルベルトの第二声は全く違う方向を向いていた。
「……これ、自分たちで売りませんか?」
意外なひと言だった。
アルベルトはこれをムダな作業と切り捨てたのではなく、自活の新たな手段として評価したのだ。
「……そんな事して…いいんでしょうか…?」
院長をはじめ職員たちは半信半疑だった。
所詮は素人の、しかも子供の手作り。
商売になるかどうか未知数。
それにパン生地はゴッヅ夫妻から受け取ったものだ。
半端な余りだとはいえ、そのパン生地を使って作ったパンを売るという事は、ある意味、ゴッヅの商売敵にもなろうというものだ。不義理極まりない。
が、アルベルトが相談しに訪れた時、ゴッヅ夫妻は意にも介さず、むしろ奨励した。
「食いモン粗末にしちゃいけねえよ。作っちまったんなら誰かに食ってもらわなくっちゃな。
気にしねえでいいから売りな。そうすりゃ買った人の腹ァ満たすし、孤児院の実入りにもなる。いいこと尽くめじゃねえか」
「そうだよ、補佐さん。ウチで捌き切れる分は受け取ってるし、それ以上は身の丈に合わないよ。
それにさ、パン職人になりたいって子供が増えてくれりゃ、将来はウチに来てもらって、アタシら楽できるかもしれないしね」
ふたりはそう言って、それからは多めのパン生地を孤児院に渡すようになった。
アルベルトが、いやそんなことまでは、と慰留したが、
「どうせウチじゃ使い切れねえしよ、だったら少しでも足しにしてくれや」
夫妻は笑顔でアルベルトの慰留を拝辞した。
相変わらずのお人好し振りに苦笑しつつも、店を出てすぐに振り向き、夫妻の好意に最敬礼するアルベルトだった。
孤児たちの手作りパンは販売当初から評判がよかった。
動物や花など、孤児たちが思い思いに形どったパンは街の人たちから微笑ましく受け止められた。
それらの手作りパンに『小さな手の焼きパン』という名前がついたのはそれから間もなくだった。
名付け親はゴッヅ夫妻。
「俺やカカアみてえなゴツい手じゃ、こんな可愛らしいパンなんか作れねえよ。
みんながそのちっちゃい手で一生懸命に作ったパンなら、こういう名前がいいんじゃねえか」
ゴッヅ夫妻に命名された『小さな手の焼きパン』は、数量限定且つ1個たりとも同じものがない1点物のパンとして一躍街の人気商品となった。
『小さな手の焼きパン』は子供たちがいろいろな物を形どってパンにするのが売りだが、なかでもガルをモチーフにしたものが一番多かった。
ガルの顔、寝転ぶ姿、お座りの姿勢。
さまざまなガルがいつもパンになって溢れていた。
それだけガルが孤児たちに愛されていたのだろう。
そんなガルだが、おそらく実年齢は10歳を超えただろう。
孤児院に来た時は既に成犬だった。
そこから7年が過ぎ、もう老犬と言っていい年だ。
いつものように元気に子供たちと戯れているように見えながらも、体力の衰えは明らかだった。
院長や職員が密かに心配して、食べ物の中に滋養によい薬草を混ぜたりしていたが、あまり効果は見られなかった。
そうしているうちに、ある日を境に衰弱振りが顕著となり、もう誰もある事実から目を背ける事は出来なくなっていた。
それは
老犬の寿命ーーー
だった。
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次回タイトル予告「メリッサの苦悩」




