59.野盗狩り⑭〜釣り場の魚
ーーーピーヒョロロロロ〜
トンビの鳴き声が空を駆けた。
いや、違う。
斥候役の野盗が、荷馬車の発見を知らせる合図を送ってきたのだ。
一気に村の野盗に緊張感が走る。
「よおし、お前らは村長の家でおとなしくしてな!絶対外に出るんじゃねえぞ」
村人を村長の家に押し込め、それぞれが所定の場所に身を潜めた。
「……来たね…」
エヴァが顔を引き締め、パンッとひとつ手を叩いた。
「よ〜し、休憩おしま〜い!
は〜い、みんな、アタシが合図したら、散らかした薪と材木を積み直し始めるよ。準備しな」
エヴァに促され、エマたち村人が荷車の周りに散らばった薪に手を掛ける。
「はい、まだそのままねえ、アタシが合図したら始めて」
”狩りの準備”……
エマは先ほどのエヴァの言葉を思い返す。
何が獲物なのかは漠然とだが想像はついた。
……荷馬車だ。
そのために道を塞いで、通れなくしたうえで村に誘い込むつもりだろう。
普通に考えればそうだ。
だが、釈然としない。
この女は、本当に野盗の仲間なんだろうか?
女の獲物は…本当に荷馬車なんだろうか?
そうは思えない。
なぜ、女は母の名を知っている…?
あたしをここから連れ出すつもりなのか…
纏まらない考えがエマの脳裏を巡るなか、またパンッと手を叩く音がした。
「は〜い、片付け始めて。でも急がなくていいよ、ゆっくりやってね」
エヴァが開始の指示を出した。
エヴァの視線を追うと、遠くに荷馬車が見えた。
だんだん近づいてくる。
「エマ、アンタは喋んなくていいから、アタシについてきな。いいね」
エマは小さく頷いた。
しかし躊躇しているのがありありとわかる。
フッと微かに笑うエヴァ。
すうっとエマの傍らに立ち、耳元である言葉を
そっと囁いた。
ーーー決定的な言葉を
「そうすりゃ…アリスとケインにも会えるよ」
ビクッ!
エマが凍りついた。
カタカタと身体を震わせ、エヴァの袖に縋りつく。
もう二度と会えないと覚悟していた
子供たちの名…
今にも泣き出しそうな顔…
「……ほ……ほん…と…に……?」
辛うじて絞り出された掠れた声に、あの優しい声が応える。
「ホントさ」
慈愛に満ちた眼差しがエマを包んだ。
……この瞳だ……
この女のホントの瞳は……
……こっちなんだ……
エヴァが荷馬車に向かって手を振って近づいていく。
エマは顔をぐしぐしと拭い、後に続いた。
「すいませ〜ん、ちょっと待ってくださ〜い」
村の入り口付近で、エヴァが荷馬車を止めた。
「ごめんなさい、荷車ひっくり返しちまって…
今、荷を積み直すとこなんですよ。
ちょいと待っててもらえませんか」
横転した荷馬車と、散らばった薪や木、それを集める人たちを目の当たりにし、馭者台に座っていた男2人が当惑の声を上げた。
「おい、何だこりゃ、通れねえじゃねえか」
「かあ〜、コイツはまいったな。
お〜い、悪いがちょっと出てきてくれ」
1人が幌の中に声を掛け、中から護衛らしき3人の男が、何だ、どうした、と口にしながら出てきた。
道に散らばる薪や木を目にし、あぁ~っと天を仰ぐ。
エヴァがペコペコ謝り、エマも真似して頭を下げた。
「すいません、すぐに積み直します。
あのぉ、その間、村で少し休んでいかれません?
お詫びにお茶でも出しますよ」
エヴァの誘いに、護衛の男たちは顔を見合わせる。
「…どうする…?」
「まあ、そんなに時間もかかるまい。ひとやすみ
させてもらおうや。それから、水が心許ないぞ。
できれば補充したい」
「そうだな。なあ、姐さん。悪いが少し水を分けて
もらえんかな。この辺りは何もなくて往生してたんだ」
護衛の男たちは、割と簡単にエヴァの誘いに乗った。
エヴァも愛想よく応じる。
「お水ね、いいですよ。じゃあ、こちらにどうぞ」
エヴァとエマの誘導で荷馬車が村の広場に入った。
馭者と護衛で合計5人。
「ほら、その井戸でお水汲んでね。あとは適当に
座ってて。今、お茶用意するから」
エヴァたちと入れ替わりに、ゼクスが現れた。
「いやぁ〜、荷馬車の方々、村長のゼクスと申します。すまんこってすなあ、ご迷惑お掛けしますわい」
巨体の男の出現に一瞬護衛が緊張したが、深々と頭を下げるゼクスに、それもすぐ氷解した。
「いやいや、お気になさらんでいただきたい。
こちらも水を分けて頂き感謝申し上げる」
エヴァとエマから配られた茶を啜り、ゼクスたちと
荷馬車の男たちが何気ない世間話を始めた。
「村の方々は?」
「皆、仕事に行ってますわい。わしはこの前、ちいっと腰をイワしてしまいましてな。今はだいぶ良くなったんじゃが……、コイツがのぉ…」
「ダメだよ、ジイちゃん。まだ無理しちゃ。看病すんのはアタシなんだからね」
「ハッハッハッハ、そうですな、じっくり養生された方がよいでしょう」
物陰からの邪気に満ちた眼差しに、一団は全く気づく気配がない。
当たり障りのない会話が和やかに続いた。
「これは何を運んでおられるのかな?」
ゼクスが荷馬車を見ながら、さり気なく尋ねた。
エヴァも相乗りする。
「ああ!アタシも聞きたい」
「いやいや、それはご勘弁いただきたい」
男たちはやんわり断るが、エヴァが無邪気に食い下がる。
「え〜?、ダメ〜?、別に荷箱開けてなんて言わないからさぁ、なんか見せられるモンないの?」
男たちは顔を見合わせるが、エヴァのキラキラした
期待の眼差しに、どうしたものか、と思案する。
「いや、申しわけない。田舎娘ゆえ都会の香りがする物には滅法弱くてのぉ。どうじゃろ、なんぞ珍しいモンがあれば、ちょっとだけ見せてもらえんでしょうかの?」
ゼクスに頭を下げられ、男たちも仕方ないか、という雰囲気に傾いた。
「アレならいいんじゃないか」
「ああ、アレならそのまま置いてあるだけだからな。
別に箱開けるわけじゃないし」
「そうするか。じゃあこりゃ特別だぜ、姐さん」
そう言って2人の男が幌の中に入る。
ガサゴソと男2人掛かりで持ち出してきたのは、
エヴァの背丈ほどもある大剣だった。
「…凄…い…」
「コイツはまた…、どえらい剣じゃな…」
男1人ではとても持っていられないようで、剣先を地面に軽く刺し、2人で支えている。
ゼクスとエヴァが食い入るように大剣を検分し、ゼクスが感嘆の声を上げた。
「こりゃ凄い剣じゃわい。さぞ名のある御仁がお使いになられた名剣なのでしょうなぁ」
しかし護衛たちの反応はあまり芳しくない。
ゼクスが、むっと顔を顰めた。
「いや…、かつての持ち主は確かにコレを操れるほどの剛腕だったようですが……、なかなかにわがままというか、自分勝手というか、面倒くさいというか…、周囲を困らせる事多き方だったと聞いております」
「左様、左様。特に晩年は自分が”じいじ”と呼ばれたと有頂天になりましてな。
隙あらば仕事をサボって"孫"と遊ぼうと画策し、副官はじめ部下全員が常に行動を監視せねばならなかったらしく、大変な苦労を強いられたそうです」
マジメな顔でそう訴える2人の護衛と、周りで含み笑いするエヴァたち。茹でた蟹のように真っ赤になるゼクス。
なんとも珍妙な空気に、エマも緊張を忘れ唖然としてしまった。
その空気が自然と霧散する頃ーーー
「ん?、そろそろ荷積みが終わりそうかな?」
護衛が荷車の積み直し作業の終了を察し、立ち上がり始めた。
「おお、ご迷惑お掛けしましたな、道中お気をつけて」
ゼクスが手を差し出し、護衛と握手を求める。
「ありがとう、お世話になりました」
護衛もそれに応じ握手する。
その瞬間、ゼクスの目が獣のように獰猛に変わった。
ギリギリと握る手に力が入る。
「……ぐ…、な、何を…」
「……この辺りは……極悪な野盗が蔓延っております
でなぁ……。いつ襲われてもおかしくありませんぞ…」
「……き、キサマ……」
護衛の顔が苦痛に歪む。
他の護衛たちが一斉に剣に手を掛けた。
すかさずゼクスが左腕を高く突き上げ、それを合図に野盗たちが物陰から飛び出してきた。
ゼクスが掴んだ手を振り払い、5人を野盗たちが取り囲む。
護衛たちが5人に対し、野盗側はゼクス・シドを
含め13人。
数の上では断然有利な状況で、野盗たちは勝利を確信し、下卑た笑いを浮かべている。
ゼクスがずいっと護衛たちに迫り、引導を渡すのか…と思われた。
が、しかし……
「お前ら、さっきの逸話は本音か?よ〜く考えて答えてくれや。わしも敵味方の判別が難しい乱戦の中では、
ちいっと誤認とかしてヘマするかも知れんでな」
「ハハハ、ヤダなあ、そんなわけないじゃないですか、アハハハハ……」
「おお〜、痛ぁ、ひどいっすよ、ちょっと本気で俺の手握りつぶす気だったでしょ」
野盗たちの空気が一変する。
引導を渡すでもなく、降伏勧告でもない。
ただの知人同士の戯れ。
そうとしか聞こえない。
ゼクスに野盗の注目が集まるなか、エヴァがそっと
エマの手を引き、物陰に身を潜める。
その動きに呼応するようにシドがそこに移動し、悠然と腕を組み仁王立ちした。
「……テメエ……、俺たちをハメやがったな!」
頭目が凄まじい怒気を放ち、手の大剣をゼクスに向けた。
ゼクスはふんっと鼻で笑い飛ばし、護衛が支える
大剣を片手で軽々と肩に担いだ。
「釣り場に誘い込まれた魚どもが、なにイキっておる。そんなちっこい剣捨てて、とっとと投降せいや。さもなくば全員どうなっても知らんぞ」
「…ナニモンだ!テメエら!代官の手下か?!」
その問いにゼクスがニヤリと笑い、
「アホタレどもが。わしがそんなケチな存在に見えるか。わしこそがあの名高きーーー」
「ああ、しー、しー!ダメですって!」
「お、おお、そうじゃったな」
護衛の男に名乗りを止められ、ゼクスが改めて
野盗たちに向き直った。
「アホタレどもが。わしがそんなケチな存在に見えるか。わしこそがあの名高きーーー」
「…あ、そこから……?」
「カーチス第4王子勅命手配書でおなじみの、いつでも
”孫”と遊びたい困りモンの"じいじ"じゃ」
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次回タイトル予告「戦闘」




