↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/64

5.欠片が繋がる夜

 夜、アルベルトは街を巡回する騎士団員とすれ違った。

 先輩格の騎士と軽く目礼を交わし、後輩が去っていくアルベルトをチラ見する。


「先輩、今のヒト、お知り合いですか?  

 俺、どこかで見たことがあるんですが……」

「ああ、新米のお前はほとんど会った事ねえだろうな」

「どなたでしたっけ?」


少しの間。


「ありゃな……」

先輩騎士は遠い目をした。




「……『伝説』だよ……」



      ❖  ❖



 シドの酒場の個室は、外の喧騒から隔てられた、薄暗い空間だった。


 蛍光石の灯りがテーブルを照らし、壁に淡い影を落としている。

 アルベルトは椅子に深く腰を下ろし、テーブルに置かれたミルクを静かに口に運んでいた。

 冷たい液体が喉を通る感触だけが、この静寂を埋めている。


 ヒュンッーー。


 突然、横から銅貨が飛んできた。


 アルベルトは一瞥もせず、左手をわずかに動かす。

 指先が一閃し、次の瞬間、その銅貨は彼の手のひらに収まっていた。

 金属の冷たい感触が、掌に染みる。


「また失敗だ、全く隙がないったら、もう」


 扉が開き、店主夫婦が入ってきた。


 男はシド、女はエヴァ。


 エヴァがイタズラっぽい笑みを浮かべて席に着く。

 シドは無言のまま、向かいの椅子に腰を下ろした。


 エヴァは紫煙をたゆらせながら、アルベルトに皮肉っぽい眼差しを向ける。

 煙が灯りをくすませ、部屋の空気を甘く濁らせる。


「いつもミルクじゃ、コッチも商売になんないだろ。たまには豪遊しなよ、補佐さん」

「悪いが酒は体が受け付けない。帰れば食事もあるので、食い物も要らない」


 エヴァがクスッと笑う。その笑い声は、どこか諦めを含んでいた。

「相変わらずお固いこった。

 酒で財布と口が軽くなる『名無し』さんたちとは大違いだ。

 でもさ、いつも思うんだけど、こんな取り留めもない話集めて何がわかるんだい?」

 

 アルベルトは静かに、ミルクの杯をテーブルに置いた。


「いや、何もわからないよ。

 ここで『名無し』がしていく酒気の混じった囀りは歪な欠片でしかない。

 ただ、たまにいくつかの欠片が繋がり合ってカタチになる事があるんだ」


 エヴァは紫煙を吐き出しながら、ゆっくりと頷いた。

「……なるほどねぇ……」


 そのとき、個室の外から、酔客の怒鳴り声が響いた。

「なんだぁこの勘定は! 高すぎだろう!」


 エヴァが面倒くさそうに肩を竦める。

 灯りが、彼女の横顔を一瞬、鋭く照らした。


「……アンタ」


 シドは黙って立ち上がり、個室を出ていった。


 重い足音が廊下に消え、次の瞬間ーー

外が一瞬で静まり返る。


 怒鳴り声も、騒ぎも、すべてが音を立てずに途切れた。


 シドが戻ってくる。表情は全く変わらない。


 エヴァがふふんと笑った。

「ウチのダンナは、口は開かないけど仕事はキッチリする」

 アルベルトも釣られたかのように笑みを浮かべた。

「ああ、いい役割分担だ」


 アルベルトはテーブルに金を置く。

 硬貨の音が、静かな個室に乾いた響きを残した。

「ありがとう、いつも助かるよ」


 エヴァは金を胸元にしまいながら、視線の温度を落とした。

 深刻そうな目が、アルベルトを捉える。

「ああ、そういや、ちょいと気になるネタがあったよ」

「なんだい?」

 エヴァは煙を吐きながら、忌々しそうに吐き捨てる。紫煙が天井へ昇り、灯りをかすませる。


「カーチスで子供の誘拐が多発しててね。かなりの問題になって、警戒が段違いに厳しくなってるらしいよ」


 アルベルトは少しだけ眉をひそめた。

 そのわずかな動きが、ランプの影を長く引き伸ばす。


「……ありがとう、気にかけておくよ……」



      ❖   ❖



 数日後、アルベルトは、部下からの報告を受けた。


「……やはりそうだったか……」

「ハッ。リヒテンラーデ行き商隊の幌馬車から、空樽に入れられた子供14人が発見されました」


 アルベルトは短く頷いた。

「了解した。ご苦労」


 部下が退出すると、部屋に再び静寂が戻る。


 アルベルトは机に両肘をつき、険しい目で虚空を見つめた。

 窓ガラスに映る自分の影が、灯りの中でゆらりと揺れている。


(欠片が、またひとつ繋がったか……)



      ❖  ❖



 夕方、孤児院の庭では子供たちが無邪気に遊んでいた。

 笑い声が木々の間を飛び交い、夕陽が長い影を地面に伸ばしている。

 ボールを追う足音、転んで起き上がる小さな体、手を取り合う姿ーー日常の、ごく当たり前の光景だった。 


 その様子を、遠目から窺う男がふたり。


 木々の陰に身を潜め、視線だけが子供たちを追っている。


 口元が、ゆっくりと歪む。

 下卑た笑みが、夕陽の赤みに染まって浮かび上がる。


(いい獲物を……見つけた)


 風が葉を揺らし、子供たちの笑い声を運んでくる。

 その笑い声が、男たちの耳には、まったく別の響きとして届いていた。



 

 



 




お読みいただきありがとうございました。


少しでも「続き読んでもいいかな」と思って

いただけましたら大変嬉しいです。

今後の励みになりますので、よろしければお気持ちの分だけ☆をいただけますでしょうか。


できましたら、ブックマークもしていただけると嬉しいです。

末永くお付き合い下さいませ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。