4.邂逅
祭壇の上の少女は…眠っているようだった。
白い髪。閉じられた瞼。呼吸は…微かにだが確かに
あるように見える。
アルベルトが一歩近づく。
その瞬間、背筋を氷で撫でられるような感覚に
襲われた。
人…じゃない…な……
言葉にしなくてもわかる。
これは人間じゃない。
だが、同時に恐怖も感じない。
ウォーケン領、幼女、祭壇…
頭に浮かぶ単語が絡み合い、ある伝承に結びつく。
『破滅の閃光』……
『ウォーケンの嘆きの地』……か…
なんて事だ……
まさか……、あの伝承を…
目の当たりにする日が来るとは…
だが、ここで逡巡していても仕方がない。
意を決し、アルベルトは一歩一歩、ゆっくりと近づく。
身体が重い…。
崩落のダメージのせいだけではない…。
彼女から発せられている気配が
自分にのしかかってきている。
これまでも重圧というものは数え切れないほど感じてきた。
しかし、今感じているのは、自分が知るそれらとは全く異質の感覚だった。
近づくのを拒まれている訳ではない。
だが…"覚悟”を要求されている。
アルベルトは一歩近づく毎にそれを感じた。
それでも近づく。
一歩、また一歩……。
長い時間を掛けて、少女の傍らに膝をついた。
「……私の声が…聞こえるかい?」
振り絞るような声だったかもしれない。
それでも精一杯の声。
声に呼応するように、少女の指がほんの少し動いた。
まるで返事をするように。
……リーン……
どこかで鈴の音のような、涼しげな音がした。
瞼が少しずつ開く。
蒼く、深く、底の見えないような瞳。
少女が…口を開く。
「……ここは…?」
その声はあまりに幼かった。
アルベルトは、敢えて自分に、普段通りの口調で語りかけるよう強いた。
「地下…だろうな。造られて300年は経っていると
思う。日当たりも悪い、風通しも悪い。生活するには
とんでもない悪環境なところのようだ」
彼女はしばらくアルベルトを見つめてから、ぽつりと呟いた。
「……皆…、いないのだな……」
幼い声とは真逆の古風な口調。
その一言で胸が詰まる。
やはりあの伝承の少女か……
自分の推測が確信に変わり、存在を、仕草を、言葉の意味を、全て理解できてしまった。
「…我も…このまま滅んだほうがよかった……」
また幼い声が古風な口調で…怒りもなく、嘆きもなく、ただ……終末を望む……
アルベルトは、まだ止まらぬ背筋の震えの中で、
自問自答を繰り返していた。
自分は耐えられるのか……
この少女の抱える絶望の深さに……
悲しみの深さに……
自分は手を離すのか……
目を背けるのか……
少女がこのまま少しずつ朽ちていくことから…
葛藤が、苦悩が、アルベルトの脳裏を焼く。
それでも…葛藤と苦悩の狭間に、ひとつだけ埋もれない想いがあった。
幼かった自分…、なくしたもの…、与えられたもの…
だから、今、自分は……
ここに在る……
どれほどの沈黙があったのか……
長かったかもしれない……
一瞬だったかもしれない……
アルベルトにもそれはわからない。
ただ、ほんの少し困ったように笑って、少女に言い返した。
「子供が生意気言うんじゃない」
少女がきょとんとした顔でアルベルトを見る。
「子供はいつでも守られる側で、大人はいつでも守る側なんだよ」
その言葉に、少女の目が見開かれる。
一瞬、呼吸が止まったように……
そしてまた、容姿と不釣り合いな古風な口調で
アルベルトに問い掛けた。
「……今…なんと言った…?…」
「だから、子供は守られる、大人は守る。そういうものだろ」
アルベルトは言葉を繰り返した。
自分でも驚くほど、気取らず、飾らず、自然体に。
別になんてことはない、普通のことだと。
その言葉に、少女の表情が凍りついた。
凍りつき…そして融け出す氷のように……
表情が、雰囲気が、少しずつだがやわらいで、
なにか……そう……見た目相応に変わっていくのを、
確かに感じた。
背筋の震えるようなあの感覚が消える。
幼い少女がゆっくりと身体を起こした。
白い髪が淡い光を弾き、銀色に輝き揺れる。
「…外は……今は…なに…?」
今度は、幼さを含む、年相応の口調。
「上は、まだ人の住まう場所だ」
アルベルトは上を見上げ、慈しむような眼差しを虚空に放る。
「大切なものを守りながら、一緒に日々を過ごそ
うとする人達の、住まう場所だ」
暫しの沈黙。
アルベルトが静かに手を差し出した。
「行こうか…」
少女はその手を見つめる。
しばらく迷い、やがて、そっと指を重ねる。
その瞬間、空気が揺れた。
熱でも冷気でもない。
圧倒的な力の気配。
神……か……
それでも、アルベルトは手を離さなかった。
「大丈夫だよ」
自分に言い聞かせるように続ける。
「守るから」
少女は驚いたように目を見開き、そして…小さく頷いた。
こうして、
"祈られなかった神“は、再び地上に出た。




