3.変わり者たちの街
「……神だと……?あの少女が……?」
場に再び緊張感が走った。
「……おそらく……」
アルベルトの口調も重々しい。
マーサは深く頷き、ゼクスは目を閉じ腕組みをしている。
アルベルトが、皆を見回す。
「みんな、知っているでしょう。
この地に伝わる、あの伝承を……」
皆、コクリと頷く。
アルベルトが続ける。
「300年前、敵軍はおろかウォーケン領全体を消滅させ、この地が『嘆きの地』と呼ばれる原因となった『破滅の閃光』……」
「神の怒り……、破壊神の鉄槌……、余人は伝承をそう語ります……」
刹那の間、そして語気を強めた。
「だが、真実は違う」
また口調が静まった。
だが、それには憂いが含まれていた。
「あの絶望と破壊のなかでーー伝承の少女はたったひとつだけ……必死に守ろうとしていたんです」
❖ ❖
ーーーウォーケン領:300年前ーーー
決死の思いで走る領民たち。
眼前の森を目指す。
「森だ!森に逃げ込め!」
だが、背後には隣国侵略軍が迫りつつあった。
「ダメだ!奴ら、もうあそこまで来てる!」
「……じゃあ、領主様は……?あの子は?」
領民が顔を顰めた。
「……たぶん……」
「……なんて事……、せめて……せめてあの娘だけでも……」
領民たちが森に逃げ込んだ。
しかし、もう敵軍はすぐ近くに迫る。
「……クソッ……ここまでか……」
暴力に酔う敵軍が徐々に近づく。
領民たちは皆絶望の表情を浮かべた。
その時ーー
閃光が走り、辺りを包み込んだ。
一面の白銀の世界。
その光の空間の中、ボロボロと涙を流し、泣きじゃくる少女の姿があった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!
みんなを守ってあげられなくて……ごめんなさい……!」
泣き顔の少女が、何度も何度もそう繰り返した。
領民たちは光の中で思い出す。
少女と過ごした平穏な日々を。
一緒にパンを食べた少女
病人の手を握った少女
子供たちと笑った少女
祭りを楽しむ少女
領主に肩車される少女
滂沱の涙する領民たち。
やがて光が薄れていき、少女の姿も少しずつ消えていく。
白銀の光が消えた。
何もかも消滅した荒野が広がる。
周辺一帯、山の尾根さえも消失している。
ただ一箇所。
立ちつくす領民たち。
彼らが立つその一角だけ残して。
母親が、震える手で隣の子供を抱き寄せる。
涙声で子供にささやいた。
「忘れないで……。私たちは……神様と暮らしていたんだよ……」
ーーー辺境の農村(200年前)ーーー
農夫が、寝床で幼い男の子に語りかける。
その手が優しく頭を撫でる。
「その神様はとてもかわいらしかった。
わしらの側でいつも笑っていたんだ」
ーーー吹雪の山小屋(150年前)ーーー
老婆が暖炉の前で孫を抱く。
暖炉の火に手をかざす。
「でもね……、
あの子に祈っちゃいけないよ。
崇めたりしても、跪くのもだめだ」
ーーー川辺の民家(120年前)ーーー
祖父が孫に玩具を作りながら語る。
その手の中に玩具が乗っている。
「それはあの子を遠くに連れてっちまう。
遠い遠い……手の届かない遠くにな……」
ーーーテーゼ建立現場(100年前)ーー
荒れた大地に杭を打ち、街造りを開始する開拓民たち。
そのなかのひとりに、エリシアの祖先であるソーマ・ベルベットの姿がある。
ソーマは、泥にまみれた手を見つめながら、仲間に語る。
「あの子はそんなこと喜びゃしない。
きっと、寂しがって、
『遠くに連れて行かないで、ひとりぼっちにしないで、そばにいて』って泣いちまう」
ーーー領主邸(10年前)ーーー
亡きエリシアの父が、幼いエリシアの手を包み込むように握る。
「だから、もしいつか、あの子がお前の前に現れたら……」
子に、孫に、世代を超えて伝えられる秘密の口伝だった。
「しっかりその手を握ってね……
傍にいておあげなさい」
❖ ❖
「これが裏側の隠れた伝承です」
ゼクスが力強く頷く。
「わしらが代々聞かされてきた『秘匿口伝』じゃ」
アルベルトがまた続ける。
「生きのびた子孫たちは、何世代もの間、この口伝を血肉に刻みました。
やがて100年前、アミドニア・リヒテンラーデ・シュルツ・カーチスの4国が勃興。
この『呪われた地』を緩衝地帯として中立都市を建立しようとした時、彼らは自ら名乗りをあげました。
周囲からは『不信心者』『異端者』と罵られながらも、嬉々として都市造りに邁進する子孫たち。
その先頭に立ったのが、ソーマ・ベルベット。エリシアの祖先です」
アルベルトが拳を握った。
「周辺の国や教会が何を言おうと関係なかった。
初代領主ソーマ・ベルベットをはじめとする私たちの先祖は、大国の宗教というルールを全て排除し、あの子がいつ帰ってきてもいい場所を造ったんです。
これが、不信心者たちが集う『変わり者たちの街』ーーテーゼの真実です」
誰ひとり、言葉を発しない。
長い沈黙。
エリシアが深く息を吸い込んだ。
「……つまり……」
ジッと目を閉じる。
「……私たちの祖先は……」
カッと目を開けた。
「あの子を守るために、この街を造った」
エリシアの拳にグッと力が入る。
「祈る事なく、崇める事なく、ただただ、
あの子とともに在ろうと、そう望み、この街を造った」
「はい」
アルベルトが明確に答えた。
「ならば、決まりだ」
エリシア、全員を見渡す。
そして、宣言する。
「この街で暮らしてもらう」
マーサが目頭を押さえる。
アルベルトは静かに頷く。
ゼクスのみ、やや厳しい表情を浮かべた。
「ゼクス、仮にあの子の存在が、周辺国、或いは教会に知られてしまった場合ーーー」
ゼクスが憮然として応じる。
「語るまでもないわ。奪いに来る。
正攻法、搦め手、手段を選ばん」
エリシアは、それを受け、即、断言した。
「ならば隠す!徹底的に隠す!」
ゼクスは感心した表情に変わった。
そして、少しイジワルな笑みを浮べ、エリシアに問う。
「お嬢、各国と教会を敵に回すぞ」
「……そうかもしれない……」
エリシアの脳裏に、一瞬、少女のことが
思い浮かんだ。
(私は半年前に父を亡くし、ひとりになった。
だが……あの子は……300年も……)
エリシアの目に決意と覚悟が浮かんだ。
「だが……」
エリシアが挑戦的に笑う。
「私たちは……変わり者なんだろう?」
マーサがうれしそうに笑った。
ゼクスが不敵に笑った。
アルベルトは、エリシアのその姿を見つめながら、静かに微笑んだ。
❖ ❖
客間の前、エリシアが立っている。
灯りが漏れている。
「すまない、入るよ」
入室すると、少女は窓辺に立ち、街の静寂を見つめていた。
「何を見ているのかな……?」
「……お外……静か……」
静かな声、幼い口調。
「みんな寝ているんだ。明日、また起きるために」
「みんな……起きるの……?」
一瞬の逡巡、しかし笑顔で打ち消す。
「起きるさ。生きてるからな」
ベッドの毛布をめくる。
「さぁ、ここでお休み」
少女はベッドに腰掛け、しばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟く。
「……ここ、こわれる……?」
エリシアが頭を振る。
「簡単には壊れないよ」
蒼い目が視線を向ける。
「……わたしが……いるから?」
エリシアは、少しだけ考え、
「いや」
はっきりと否定する。
「君がいなくても、だよ」
窓の外に目をやる。
街の静寂、僅かな人の流れ……
それでもそこには生の息吹が確かに存在している。
「ここには人がいる。たとえ街が壊れても、人が残る」
「……人が……いれば……?」
「ああ。街はまた造れる。
人はね、帰る場所があれば何度でも立ち上がれる。
だから、帰る場所は何度でも造れる。
人がいれば、何度でも立ち上がり、何度でも帰る場所を造れるんだ」
少女の眼差しに驚きと微かな安堵が浮かんだ。
エリシアがベッドの傍らにかがみ込み、少女と目線を合わせた。
「自己紹介がまだだったね。
私はエリシア・ベルベット。
この街の領主を務めている」
「……エリシア……」
エリシアが、そうだ、とコクリと頷く。
「君の名は?」
この問いに、少女は少し逡巡した。
「……ない……」
少女は俯く。
悲しみに耐えるように。
「……前は……あった。
でも……今は……ない……」
エリシアが、こみ上げる何かをグッと
堪える。
少し考えて、そして笑顔を向けた。
「……それじゃあさ……」
少女の頭を優しく撫でる。
「考えようか」
一拍置いて、笑顔を向けた。
「私たちと一緒に」
少女は驚いたように、その言葉を繰り返した。
「……一緒に……?」
「そうだぞ。
これからここで暮らすんだ。
名前がなくちゃ困るだろ」
少女、暫し放心状態となり、辛うじて言葉を紡いだ。
「……ここにいて……いい……の?」
「いいに決まってるさ。
君はここで暮らす。
明日、部屋を用意するよ。
屋敷のみんなにも紹介しなきゃな。
その時、名無しさんじゃマズいからね。
明日の朝、みんなで考えようか」
「……みんなで……」
「ああ、そうだ。
ほら、子供はもう寝なきゃダメだぞ。
毛布をちゃんとかけて……」
エリシアが少女に毛布をかける。
「おやすみ、また明日ね」
そう言って部屋を出ようとする。
その時、
「……おやすみ……、……お姉ちゃん……」
その声にエリシアは驚いたように振り返った。
少女がモジモジしている。
顔が少し赤い。
エリシアが、本当に嬉しそうに笑った。
「……ああ……、おやすみ……名無しさん……」
ドアが、パタンと静かに閉じられた。




