51.野盗狩り⑥〜懐柔
「…て、提案…ですと…」
ドースが狼狽え、警戒を露わにした。
ここでどんな提案が持ち出される…?
無理難題や横車の類いではないか…
猜疑心が顔から溢れ出している、そんな様相だ。
エリシアがクックッと笑いをこぼし、ドースに
落ち着くよう促す。
「ドース殿、そう警戒なさる必要はありません。
この者はなかなかの知恵者でしてね。
どのような奇策を考えたのか、私も興味がございます。聞いてみましょう」
「…は、はあ…、それでは…お聞かせ願います…」
未だ疑心暗鬼が取り憑いているドースだったが、完全に主導権を握られては、否応もない。
「いいえ、奇策などと呼ぶほどの案ではございせん。
事は至って簡単。その野盗一味を我々が秘密裏に片付けましょう。さすれば、代官殿の気鬱は綺麗に消え失せます」
「…な…!?」
「ああ、もちろん野盗討伐は代官殿の功績としていただいて結構です。
カルバンシュタイン子爵様も、代官殿を覚えめでたく遇される事でしょう」
ドースの顔から疑心暗鬼が消えない。
とても信じられないといった表情。
「……いや…、それは大変にありがたいお申し出だが……、そのような事が可能なの…か?
貴都市には…何の利益があるというのだ…?」
アルベルトが事も無げにドースに応じた。
「もちろん、いくつか策を弄しますが、我々だけで動きます。
代官殿におかれましては、我々の行動を黙認していただくだけで結構です。
代官殿は、野盗討伐が成ったところでお出張り下さい。
我々はその場から姿をくらまします。
ああ、その際に村人が姿を消す…かもしれませんが、そこは代官殿の裁量でどうか良しなに」
「…村人が…?」
「はい、例えば…亡くなった子供たちの母親…とか…」
ドースの表情が変わった。
取り憑いていた疑心暗鬼が霧散し、みるみるうちに顔色を取り戻していく。
「…な、なるほど…、うむ…、そうか…、うんうん…」
アルベルトの囁きが、更にドースに魅惑的に響く。
「子供たちは捜索中との事ですので、まだ正式に死亡として処理はされていないでしょう。
子供たちは流行り病で死亡、母親は…理由は如何ようになさっていただいて構いませんが、やはり死亡したと、公式に処理していただければ、それで十分です。
野盗を討ち取り、『国棄て』もなかった。
ただ、不幸な母子が亡くなった。
それだけの事…、いかがでしょうか」
ドースは喜色に満ちた表情で、うんうんと頷く。
「いやぁ、このドース、感服致しましたぞ。
さすが、領主閣下が知恵者と評するだけありますな。
了解致しました。野盗討伐が見事成就した暁には、
不幸な母子の死亡を公式に記録させていただきましょう」
「ありがとうございます。
それでは我々は早速準備に入ります。
代官殿は国元で暫しお待ち下さい。
もう子供たちの捜索も、祖母の聴取も、必要ござい
ますまい。
討伐の日が決まりましたら、知らせの者を代官所に
向かわせます。討伐が終わる頃合いに現場に到着なさいますようお計らい下さい」
エリシアたち3人が立ち上がり、ドースに握手を求めた。
「ドース殿、些細な行き違いはありましたが、実り多きお話し合いとなりました事、誠に感謝申し上げます」
「いやいや、領主閣下。この度の貴都市からの望外な
ご提案、こちらこそ大いに感謝申し上げます」
ドースはエリシアの手を取り、深々と頭を下げる。
アルベルトとゼクスが目配せした。
してやったり、と。
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今回のドースとの会談。
アルベルトは、ドースに子供たちを追跡しなければならない理由があるのであれば、そこを利用して、エマの移住を実現させようと考えていた。
しかし、ドースの為人に関する事前情報はほぼ
皆無だった。
正直な人間か、そうでないのか。
どのような論法の持ち主か。
美辞麗句を並べるのか。
恫喝と罵倒を多用するのか。
実直な人物であればもちろんのこと、弁に欺瞞あれば、動に不実あれば、どうにかしてドースを
封じ込めたうえで、秘密裏に動かねばならない。
そうなると難易度が格段に上がり、最悪の場合、
エマの移住自体を断念せざるを得ない。
だが実際に会ってみれば、それなりの洞察力と見識で自己の利益を計算して動く、変な偏りがない、ある意味扱いやすい小人物だった。
「青二才が想定していた筋書きの中で、最も望ましい結果となったわけじゃな」
「はい、代官がこちらの行動を黙認してくれるとなれば、重畳この上ない。
我々は、ゆったりと釣り糸を垂らしながら、野盗を
釣り場に誘い込むだけです」
「うむ、それで、配役はどうするんじゃ」
ゼクスがアルベルトに、あの獰猛な笑みを向ける。
期待満面といったところか。
「そうですね。エサは運送業組合、針は騎士団。
連中を釣り場に誘い出すのはシドとエヴァ。
こんな役どころを考えています」
「ん?、わしの出番はないんか?」
「ご心配なく。重要且つオイシイ役回りを考えていますよ」
「ほほう、そりゃ楽しみじゃ」
「運送業組合は事の発端、シドとエヴァは子供たちの保護に協力してくれた。いずれからも了承は得られるだろうな」
「細かい筋書きはもう少し詰める必要がありますが、さほど難しい仕掛けではありません。
ただ、用意したい小道具が1つあります。
ぜひとも調達したいモノが」
エリシアとゼクスが身を乗り出す。
「何だ、その小道具とは?」
「残念ながら、私や騎士団長では調達が困難でして…、ここはエリシア様のお力をお借りせねばなりません」
「へ…?私の力を…?」
「お嬢でなければ、手に入らんじゃと…?」
「はい、コレがあればエサの効果が格段に上がり、成功もほぼ約束される、それほど決定的な小道具です」
「ほう、それほどのシロモンか。コレはぜひとも
お嬢にご尽力いただこうか、うんうん」
「…ゼクス、お前はお気楽だな…」
「左様、所詮は他人事ですからな、ワッハッハッ」
ゼクスの言い様にしかめっ面をしつつも、エリシアが首を縦に振る。
「…仕方ない…。なにやら面倒事の予感がひしひしとするが…、任されよう。
それで、一体何を手に入れればいいんだ?」
アルベルトがいつも通りのしれっとした表情で、大層な要求をさらりと言った。
「カーチス第4王子フリッツ殿下の、サインと公印です」
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