46.野盗狩り①〜マギーの花屋
第三章開始です
ガサガサガサーー
はぁ、はぁ、はぁ…
木が走るのを邪魔する
枝が顔を叩く
草が足に絡む
いや…、かまうもんか
こんなの…なんて事ない…!
早く、早く、早く、道に出て…
誰かに…助けを…
…あ!…道だ!道に出られた!
馬車が来る…!
お願い、助けて…!
この先に…弟が……
…あ…、馬車から…人が降りてきた…
助け…て…下さい…
…弟を…助け……
…おと…助けて…
テーゼに…テーゼに行き……
お願い…しま……
**********************
【アルベルト視点】
この頃、リンは近所の花屋によく行っている。
店をやってるのは、マギーというおばあさん。
昔からのここの住人で、私とも顔馴染みだ。
いつも人当たりのいい微笑みをたたえ、日がな一日、花に囲まれて過ごしている。
リンはマギーに、花の事を尋ね、膝に抱かれ、頭を撫でられ、昔話を聞かされて、いつも花を貰って帰ってくる。
それはいくらなんでも申し訳ないと、金を払おうとしても、マギーは一切受け取らない。
「補佐さん、いいのよ。あたしこそ、いつもリンちゃんと楽しいお話させてもらってるから、そのささやかなお礼なの」
おっとりとした口調で、マギーはいつもこう言って、少し寂しげな表情になる。
「シュルツには、むこうに嫁いた娘と孫がいるんだけど、もう何年も会ってないの。ほら、シュルツって国民が他の国に行くの、ものすごく厳しいでしょ。なかなか許可が出ないみたいでね。
だから、こう言ってはなんなんだけど、あたしがリンちゃんに慰めてもらってるのよ」
確か、以前聞いた話では、娘さんはシュルツ人の男性と結婚し、シュルツの片田舎に居を構えたが、娘さんの夫が何かの事故で亡くなって、今は娘さんと2人のお孫さんの3人暮らしとか。
シュルツは以前から、自国民の流出を国力の衰退だと嫌い、今では他国への移住を『国棄て』と呼び、国策として禁じている。
一般市民に至っては、一時的な出国でさえも、厳しい審査に加え、高額な出国税を課せられるため、国を出るのはなかなかに難しい状況だ。
些か妄想じみた強迫観念ではないかと、周辺国から非難を受けてはいるが、内政干渉と突っぱね続けている。
このようなお国柄では、母子3人が簡単に里帰りとはいかないのだろう。
リンはマギーと会うのが楽しいようだし、それで
マギーの寂しさがまぎれるのであれば、それでいいだろう。
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リンは、マギーに貰った花を、エリシアの執務室に
必ず飾る。
「ここにお花があると、お部屋の中がよくなるの」
根拠がよくわからないリンの主張だが、不思議とコレが当たっているようで、なんとなく執務室の空気と雰囲気が変わったように感じた。
これはエリシアも同意見のようで、
「なにか頭がスッキリして、思いのほか仕事が
はかどるぞ」
と言っている。
花を飾る場所は、どこでもいいわけではないらしく、試しにあっちだこっちだと移動してみたが、やはりリンが飾る場所が一番だったらしい。
どうだ、と言わんばかりに仁王立ちをするリンの姿がまた可愛らしく、エリシアをはじめ、官吏やメイド達までが、ほんわかした空気を醸し出していた。
ちなみに、私の執務室には花を置いてもらえなかった。
「ここはお花なくてもだいじょぶ」
リンが摩訶不思議な主張をし、私もさほど花に造詣がなかったため、さらりと流したが、その後で、リンが騎士団長室に花を飾り、ゼクスが大歓喜したという話を聞き、なんとも釈然としない気持ちになった事は、誰にも話せない秘密になった。
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「ベンが私に面会を求めている?」
「はい、いつでも良いので、組合までお越し頂けないかと」
突然部下から伝えられたベンからの依頼は、正直意外感に溢れていた。
表向きは無難な言葉だが、その真意は違う。
なにか、切迫した事情が読み取れる。
いつでもいい⇒とにかく至急会いたいという事?
組合まで来てくれ⇒そこを動けないのか?
あの男は、確かに年甲斐もなく女好きのエロジジイだが、かつて無秩序に競っていた数多の運送業者を、組合という形で束ねる事に成功し、秩序ある業界に育て上げた傑物だ。
そんな肝の座ったあの男が、何に焦ってる?
それほどの緊急事態という事か。
「……わかった、今から向かおう」
とにかく会ってみなければ、何も始まらん。
私は席を立ち、組合に向かった。
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「……よう来てくれた、礼を言う」
運送業組合長室。
ベンはいつもの憎まれ口が影を潜め、それが一段と
事態の深刻さを滲ませていた。
「……一体何があったんです」
「…………」
ベンは無言。
腕組みし、目を閉じるだけ。
「組合長……」
「…………」
「一体どうしたんです、アナタらしくもなーー」
「ーーワシャな……、」
ようやくベンが口を開いた。
ずいっと身を乗り出してベンに注目する。
長い沈黙……
そして…
「……この前の晩…、とうとう女抱けなくーー」
ゴンッ!
……思わずゲンコツ落としてしまった。
このエロジジイ、そんなバカ話するために…
いや…、コイツはそんじょそこらにいるような
並の色ボケじゃないはず…
…おいおい、そんな恨みがましい目で見るなよ…
ん?、ベンが紙の束とペンを差し出した。
なんか書き始めたぞ。
「…お前さんのような朴念仁にゃわからんじゃろうが、ワシにとっては人生最大の危機なんじゃぞ」
“このまま、話を合わせながら筆談してくれ”
なに…?
誰にも…、それこそ、職員にさえ聞かれるのを
憚る内容…?
一体何が起きた…?
……いいだろう…
妙なヨタ話だったら承知しないぞ
「アナタの生き甲斐が喪失するのですから、そりゃそうなんでしょうけど、私に相談されても…」
“了解した。できるだけ簡潔に頼む“
ベンが、少しだけ安心したように笑みを浮かべた。
うんうんと頷き、筆を進める。
「他国には、王族が血筋守るための、アッチによう効くクスリがいっぱいあるじゃろ。
ワシら市中の人間じゃあ手に入れられんが、お前さんならツテもあろうて、なんとか手に入れられんもんかの?」
"この前、組合の直轄部隊がシュルツからの
帰り道で子供を2人助けた。姉弟らしい。
テーゼに行きたい、弟を助けてって言うてな。
今、ココに保護しておる。
秘密裏に身柄を移したい"
ーーシュルツで?!
……マズい。
あの国の領主たちは、自領の住人が『国棄て』した
場合、国からその責任を問われる。
事情はどうあれ、関係ない。
だから追手を差し向けて連れ戻すか、あるいは、事をうやむやにするために、存在自体を“なかった事”にしようとするかもしれない。
テーゼに行きたい…
つまりテーゼに縁者がいるという事か…
無視するわけにはいかない…
取り敢えず、身柄を移す方法を考えなければ…
…秘密裏に…か…
誰にもわからず…
…子供…
…紛れ込ませる…
……よし、即席だがこの案ならいける
「そんな事できるわけないでしょう。あなたこそ、運び込むのはお手のものじゃないですか」
“この事は他に漏れていないのですか?”
「手に入らんモンは運べんわい。なあ、なんとかならんかのぉ。
ほれ、この間来たカーチスの王子さんとか」
“拾ったのは組合直轄じゃ。極々一部の
信頼できる連中じゃて心配はない。
一般の職員には秘密にしとる。
じゃからワシもここに5日も寝泊まりして、
その間この部屋に誰も入れんで、閉じこもって
仕事しとるフリ続けとる“
「そんな頼み事したら、不敬だって大騒ぎになりますよ。諦めて下さい」
”わかりました。すぐに身柄を移せるよう
計らいます。
明日、実行しますから、コレに沿って根回し
しておいて下さい”
別な紙に、今考えた移送方法の内容と、依頼事項を書き、ベンに渡す。
ベンは、ふむふむと繰り返し読み込み、ようやく肩の荷が下りたというような表情を浮かべた。
「そうか…、諦めるしかないかのぉ、この年寄りの唯一の愉しみだったのに…」
"感謝する。よろしく頼む"
「諦めて下さって心の底から本当によかったと思います。
それでは失礼します」
「ほうか、ほうか、いやぁ、悪かったのぉ。
しかし…、ホントになんとかならんのか、その王子さんのツテは…?」
……アンタ、それ本気で聞いてきてるだろ。
立ち上がった私に、ベンが紙片を向けた。
“おそらく、あの子供らはマギーばあさんの孫じゃ“
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次回タイトル予告「運送業組合での一幕」




