42.事後処理⑦〜神算鬼謀は我が手に余る
「見事な手腕だったよ」
帰路の途中、フリッツがアルベルトに称賛の声を掛けた。
アルベルトは特に恐縮するでもなく、かといって賛辞に歓喜するわけでもなく、いつも通り淡々とした反応を示す。
「そのような評価は過分です。別に難しい事をしたわけではありません。
あの手の輩は、自分の損得でしか物事を考えません。窮地に追いやられれば尚更です。
であれば、一旦望外な状態に置いてから即座に窮地に落とし、思考停止の状態にして、さも利のありそうな提案を撒けば、それで終わりです」
「私はあの男をどのように遇すべきかな?」
「特段の配慮は不要です。あの男は、自分が知る犯罪者の情報全てを殿下に差し出すしか選択肢を持ちません。
貴国の未解決事件解決にお役立て下さい。
さすれば、殿下の名声に新たに『犯罪者狩りの英雄』が加わる事でしょう」
「犯罪の摘発に男の情報が有益だった場合は?」
「偽らず成果ありと評価していただければと。
その数が、そのまま殿下の功績となります」
「しかしそれでは、相当数の事件解決が成った
場合、男の減刑を検討せざるを得なくなるのではないか?」
「別にそれで良いと考えております。
評価は正当に行われるべきです。
その貢献を以て、放免しても良いとさえ思っております」
フリッツが訝しげにアルベルトを見る。
アルベルトが、今回の犯人たちに激しい怒りを抱いていた事、その怒りがどれほど苛烈だったかを、フリッツは十分に理解していた。
故に、この反応はあまりに意外だった。
「…それは……君の本意…なのだろうか」
この問いにも、アルベルトの表情にほとんど変化はなかった。
相変わらず淡々とした口調で応じる。
「もちろんです。とはいえ、これだけでは殿下のご質問の答えとしては不十分でしょう。
もう少し説明が必要と存じます。
まず、あの男はケガの治療中にありますが、おそらく男の目は治りますまい。
今は幾人かの人間が、治療に伴い一応の世話をしておりますので、さほどの不自由を感じていないようですが、その待遇はいつまでも続くものではありません。
それが途絶えた時、あの男はどうするのでしょうか。
差し伸べられる手がなくなった時、あの男は何を思うのでしょうか。
男の頭の中にそんな未来は、おそらく片隅にも、欠片さえもないでしょう。
あの男は私に言いました。
弱い者が強い者に食い物にされるのは当然だと、自然の摂理だと、弱いのが悪いのだ、と。
では、放免になって市中に立った時、あの男は、尚もあの言葉を口にできるのでしょうか。
男の情報が尽き、調査が終わり、何の価値も見いだせなくなるまで、さほど時間はかからないはずです。
その間に、男が弱者の気持ちを知り、己の弱さを悟り、差し伸べられる手のぬくもりを感じ、他者の思いやりに感謝できるようになれば、それはそれで良し。
依然として自説を曲げず、自らを強者と過信する愚か者であったならば、その時は殿下、ぜひとも男をご放免いただけますよう、切にお願い致します」
フリッツは暫し言葉を失った。
人がここまで先を見透せるものなのか。
この男のみが為せる業なのか。
あまりに底が知れない、
あまりに底が見えない、
深謀遠慮などという言葉すら陳腐に聞こえる。
やはり、この男は…、是非とも手に入れるべき逸材。
「…アルベルト殿…」
フリッツが懸命に、心の戦慄を、驚愕を、羨望を、抑え込みながら名を呼んだ。
しかし、それに被せるようにアルベルトが語り始めた。
フリッツの声が聞こえなかったのか、聞こえない振りをしたのか、もうわからない。
「殿下は、今回の件で目的以上の成果を見事に挙げられました。
子供たちの救出、賊どもの成敗。
臣民は殿下を英雄と讃えます。
そして今後は更に、未解決事件の解決と、
加担した犯罪者どもの大量捕縛を成すことでしょう。
もはや、殿下の権勢は盤石です。
御自ら『至高の座を求めず、求む者に関与せず』と改めて公言なされば、敵対者を遥かに凌ぐ協力者が現れます。
さすれば殿下がお望みの未来が、その御手に落ちてまいりましょう。
改めまして、おめでとうございます」
「…あ、うん、ありがとう……」
手鼻を挫かれた…、まさにその感覚。
フリッツが尻切れの言葉で応じる。
「それにひきかえ、我がテーゼは、エリシア様は、
統治者としてはまだまだ未熟な小娘です。
しかしながら、未熟さを自覚しつつ、実直且つ誠実に職務に取り組む姿は、為政者の資質として評価されて然るべきものです。
私は非才の身なれど、未熟な小娘を”本物”に育てるため、微力を尽くす所存です。
殿下におかれましては、今後とも我がテーゼにご指導ご鞭撻下さいますよう、伏してお願い申し上げます」
フリッツに一礼するアルベルト。
フリッツは再び驚愕する。
またやられた…
こちらが本題を切り出す前に、
私の為政者としての功績を讃え、
自領の為政者の未熟さを訴える形を取り
暗に断りを入れてきた…
私の体面を保ちつつ、
己の拒否を、
全く違う文脈で伝えてきた
彼はいつ私の意図を知った?
エリシアには話したが
戻ったら、もう彼は私を訪ねてきていた
エリシアから伝わる機会はなかったはず
私との同行の中で知ったとしか思えない
いつだ? どこで? きっかけは?
何もない…、何もなかったはずだ…
本当にこの男は…
何が見えている…
どこまで見えているのか……
フリッツは、なぜか笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。
かなわない…
この男にはかなわない
この男を御せるとは
とても思えない
人外、神算鬼謀…
自分の手には
とても収まりきれない…
「ハハハ、了解した。今後も変わらず良き隣人として、お付き合い願いたい」
「ありがとうございます」
こうして、テーゼを襲った誘拐事件は無事解決し、
その裏側で密かに企図されたアルベルトの引き抜きは、
実を結ばぬまま終了した。
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次回タイトル予告「王子の出立」




