41.事後処理⑥〜籠絡の先
ーーー弑逆未遂を犯してはいない
アルベルトのこの言葉は、男に全く理解できなかった。
自分が裁かれるであろう犯罪のなかで、最も重い罪。
王子に対して、仲間が剣で斬り掛かったのは
覆しようのない事実。
だから、男は観念していた。
諦めていた。
それをこの男は、自分は犯していないという……
どういう事だ……
「あ、アンタ…、そりゃどういう事だ…?」
アルベルトは依然として、淡々と静かに男に語る。
「じゃあ今度は、あの時の状況を整理してみよう。
あの時、まず王子殿下とウチの騎士団長が君たち6人と対峙した。
まず、騎士団長が倒木を剣で吹き飛ばしたね。
覚えているかい?」
男は、アルベルトの意図を掴めないまま、とにかく
思い出そうとした。
確かあの時は……
あの化け物みてぇなジジイが
剣で木を吹っ飛ばした…
みんなビビっちまって
動けねえようだったが、
俺はなんとか逃げようって思って、
連中置いて反対方向へ走った
そこでコイツと出くわして、
斬り合いになって
捕まった……
「思い出したかな。まだ理解が追いつかないようだが、それはいい。こちらで整理する。
君は、騎士団長の一振りで心を折られ、敗走した。
その後、仲間の1人が殿下に斬り掛かり、首をはねられた。
つまり、時系列で言うと、君は、仲間が殿下に剣を向けた時、その場にはいなかったという事になる。殿下に対する害意も当然見せてはいない。
ここで言う弑逆行為、剣を抜いて斬り掛かるという行為が実行された時、まさにその罪が成立した瞬間には、君はいなかった。既にその場を離れていたんだよ」
男はハッとした。
言われてみれば確かにそうだ。
言われてみれば……
逆に、言われなければ、あの場の誰もが、自分さえも、あの捕縛の場で起きた全ての出来事を一体と捉えていた。
だがコイツは、時間の流れと、場所と、その時の行動を、きめ細かく仕分けしている。
確かにあのマヌケが剣を抜いた瞬間は、自分はもう既に反対側に逃げ出していた。
それなりの距離はあったはずだ。
確かにコイツの言う通りだ。
自分はあの場にはいなかった事にできる。
驚きつつも、頭の中で皮算用をしている男に、
アルベルトがまた声を掛けた。
「さっきの聴取で考えた事を付け加えよう。
複数人によって実行された誘拐は、各々が担った役割によって、量刑が区別される事がある。
直接の実行犯か、見張り役か、とかでね。
君はカーチス国内ではボウズだったと言っていたな。つまり、君は単独での誘拐は未遂犯だ。
誘拐団としての処罰は免れないが、実行犯よりは刑を軽くできるかもしれん」
男は自分の強運にほくそ笑んだ。
弑逆未遂は犯していなかった事にできて、誘拐も罪が軽くなる。
これはいい話を聞けた。
しかし同時に、疑問も抱いた。
なぜコイツは、そんな事を自分に忠告するために
わざわざここに来たのか。
「…なあ、どういうつもりだ…」
「ん?、なにが?」
男が身を乗り出して、アルベルトに問う。
「なんでアンタは、そんな事言いにわざわざこんな
トコに来たんだ…?。
俺にゃあ、皆目見当がつかねえ。
確かにこの話は、俺にとっちゃあ当たり千金のオイシイ情報だ。被んなくてもいい罪で縛り首になっちまうトコを、アンタのおかげで逃げられんだからよ。
だが、アンタにどんな得がある?そこが俺にはさっぱりわからねえ」
アルベルトの反応は素っ気ないほど静かだった。
「私は執政官補佐だ。正しく法を運用し、正しく法を機能させる立場にある。
仮に君がテーゼで裁判に掛けられた場合、私は
今話した見解を法吏に提示し、精査するよう求める。
私に判決の決定権はないが、重要意見として扱われるくらいの影響力はあるだろう
私にとって、誤った事実認定に基づいて法が執行される事は耐え難い事なんだよ。
これは私の性分だ。さっきも言った通りね」
男は心のなかで歓喜していた。
極刑も覚悟していたところに、まさかの助け舟。
弑逆未遂が無罪、誘拐も減刑となれば、自分の先行きはこれまでとは天と地の差。
生き延びた…!
生き延びる事ができた…!
男は歓喜に身体を震わせ、自分の強運を噛み締めながら、下卑たニヤケ顔で礼を言った。
「アンタ、ありがとよ。感謝するぜ」
そんな男の言葉にもさほどの関心を示さず、アルベルトがさらりと、しかし重大な事実を告げた。
「別に感謝される謂れはない。
私は、テーゼで君を裁く場合の、君の罪に対する見解を説明したまでだ。
ああ、誤解のないように言っておくが、カーチスの
法吏が私の見解に賛同する保証はない」
この言葉に、男の顔がビクッと強張る。
歓喜の震えが、姿を怖気に変えた。
「お、お…おい、何だそりゃ…?」
アルベルトは依然淡々とした態度で応ずる。
「いや、話したのはあくまで君がここテーゼで裁かれる場合の私の見解だ。そう言ったろう」
「い、いや、そりゃ殺生ってモンだろう!
なんだよ、散々オイシイ話並べておいて、最後にウチは知らん、で済ます気かよ!」
男の、嘆きにも悲鳴にも似た声。
だがアルベルトに気にする素振りはない。
「君の身柄は既にカーチスに引き渡されている。
我々にはもう君を裁く権限はない。
カーチスで法の裁きを受けてくれ。
その際に、私の見解を主張してくれても一向に
かまわない。
ただ……」
「……ただ…?」
「彼の国は王政国家だ。王族に対する反意に殊更
厳しいとも聞く。
ここテーゼとはそもそもの成り立ちが違うから主張がどれだけ効果を示すかは、正直わからないな」
「な、なんだよ、アンタ言ったじゃねえか!
間違った事実認定で法を執行されるのには耐えられ
ねえってよ!」
「ふむ、耐えられないではなく、耐え難いと言ったんだが…。まぁいい。
他国でそのような事が起きた場合、確かに耐え難い。
耐え難いからどうするか、わかるか?
ただ耐えるんだよ。耐えて耐えて、それで終わりだ」
「…はあ…?」
「他国の法執行に異議を唱えるのは、それ自体内政干渉だと抗議される。
君が裁判の場で行うであろう熱弁が一顧だにされず無視されたら、私は慚愧の念に堪えないだろう。
私の法的見解が無視された。
極めて残念だ。
無念だ。
そう感じて、そこで終わり。それだけなんだ」
アルベルトのあまりに平坦な返答。
男は顔色を失う。
イヤな汗が背中を伝う。
さっきまでは、死地からの生還に歓喜していた。
しかし、あっという間にそれがひっくり返った。
イヤだ…
どうにか…
どうにかならないものか……
「お、おい、アンタ!アンタ、ここのエライさんだろ。なんか手があるはずだ、なぁ、そうだろ」
「私にはどうする術もない。話した通りだ。
ただ、幸いな事に、君自身には唯一取れる手段が残されている」
「な、なんだよ、教えてくれ!頼むよ!」
アルベルトがふぅとため息をする。
「私の口からは言えないな。これを言ってしまうと、
君との約束を反故にする事になる」
男がハッとアルベルトの言った意味を理解した。
「……それは…つまり……」
「自分で答えに辿り着いたようだね。
私は無理強いはしない。君が自発的にそれを成せば、ひと言口添えするくらいはできるが」
男が檻にしがみついて絶叫した。
何もかも捨てて、観念して、ただ懇願した。
「わかった!何でも話す、俺の知ってる事は洗いざらい全部話す!だから…なんとかしてくれ!」
その様子にさえ、感情をほとんど示さず、アルベルトが口を開いた。
「いいだろう。
殿下、お待たせ致しました。こちらにお越しくださいますようお願い致します」
男が茫然とする。
「……殿下…?」
「君には見えないだろうが、今この場に、フリッツ
第4王子殿下にお越しいただいている。
殿下、この者は、誘拐事件にとどまらず、貴国にて発生した数多の未解決事件に関し、自分が知っている有益な情報を全て包み隠さず、殿下に提供すると申しております。
情報が数多の事件解決に有益と認められたあかつきには、この者の処罰に一定のご慈悲を賜れますよう、お願い申し上げます」
「…え……?、数多の…事件解決…って…?」
「君らのリーダーが、既に白状し始めている。
重複情報など殿下には無用だ。
君は洗いざらい全部話すと殿下に宣誓した。
君しか知らない『全ての』有益な情報を速やかに差し出し、殿下のお役に立ってくれ」
男はガタガタ震えた。
震えながら、檻からずり落ちるように崩れた。
混乱状態の頭の中、様々な感情が入り乱れ、
交差し、そして最後にこう思った。
もうダメだ…
王子まで出てきちまったら…
逃げ場なんか…ありゃしねえ…
こうなりゃ、俺の知ってる限りの
いろんな犯罪踏んだヤツらを
全員売りまくって…
なんとか…、なんとか…
男の観念した様子を見て、アルベルトはこの房に来て初めて笑顔を見せた。
「殿下、いかがでしょうか」
アルベルトが、ここでフリッツに言葉を促す。
フリッツは、興奮と感銘が湧き上がるのを抑えながら、威厳をもって宣言した。
「執政官補佐殿の言、確かに受け取った。
この者の情報が、真に事件解決に成果ありと認められた際は、事件の数に応じて、この者の罪と処罰について一考する事にする」
アルベルトが一礼して答えた。
「ありがたき幸せ」
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