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31.誘拐⑬〜対峙

 

 子供たちが消えた。


 その一事で、男たちは混乱状態に陥っていた。

 右往左往しながら、しかし、何もできない。

 ただ、口々に実のない文句や不満を垂れ流すだけ。


「ちくしょう、どうなってんだよ!ここまで来たってのによ!」

「るせぇな!そんな事よりガキども探す方が先だろうが!」

「チィッ、まったく、やってらんねぇぜ!」



 ただひとり黙していたリーダー格の男。

 その様子に苛立ちも限界に達したかのように、男たちを一喝した。


「やかましい!!」


 尋常じゃない怒気を孕んだ声に、ならず者どもも声を失い沈黙する。


「……馬車出せ……」

「……は?…」

「…馬車を出せ…、早くしろ…」

「な、なんで…ガキども探さねえのかよ?」


 リーダー格の男が、地団駄を踏んで叫んだ。


「バカ野郎!ずらかるんだよ!もうそこまで騎士団が来てんだ!早く出せ!馬ならなんとか逃げ切れるかもー」


 その時、高らかな笑い声が響き、倒木の先から人影が現れた。


「わっはっはっは、遅いわ!マヌケどもが!」


 ガシャンガシャンと鎧を鳴らし、大剣を背負った

ゼクス。

 戦闘には不釣り合いな軽装で、細身の長剣を携える

フリッツ。


 二人の姿に身構える男たち。


「て、テメエら、騎士団か?!」


 これには答えず、代わりにギラリと睨みつけ、

ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。


「…ひぃ…」


 心胆寒からしめる、まさにそんな笑い。

 それが無頼な男たちをも凍りつかせる。

 男たちの成せる暴力の限界を、

 遥かに超える暴虐。

 それを予感させる、

 そんな笑い。


 ゼクスが背の大剣を抜いた。


 大の大人が、両手で持つのも難しそうな重厚さと、

これまで幾多の死線を越えてきた武器が放つ威圧感。


 ゼクスが、ジロリと足元の倒木を一瞥する。


「ふんっ!」


 片手で、まるでゴミでも掃き出すように、ゼクスが大剣を振るった。


 ガキィッ!


 金属音が響き、倒木が吹っ飛ぶ。


 男たちにとっては信じられない光景。


 自分たちが、あれほど動かすのに苦労していた倒木が、片手の一振りで……


 皆、恐怖と驚愕に、金縛りにあったように立ち尽くした。



 ただ、ハゲ頭の男だけは少し違った。

 固まる仲間を見限るように、ジリジリと後退りし始め、反対方向に走り出した。


  ムリだ…!

  勝てるわけがねえ…!

  あんなヤツと戦えるか!

  コッチだ!

  コッチに逃げるしかねえ!



 しかし、ゼクスもフリッツも、逃げる男を制止することなく、残された者達との対峙を続けた。


「ははは、ゼクス殿、やり過ぎです」


 細身の剣を軽く振りながら、フリッツが苦笑する。


「これでは、私の出番がないではないですか」


 そう言って、男たちに近づいていく。 

 

 そこに、気負いや闘気は全く見えない。


 ゼクスの真逆の、威圧の欠片もない雰囲気。


「や、やんのか!この野郎!」


 男たちが短剣を抜く。


 もともと思慮なし攻撃性過多の輩。

 ゼクスには立ち向う気にさえならないが、

フリッツならばやれる、と感じたのか。

 先ほど縮み上がっていた男たちが、急に威勢が良くなった。 


「コイツぁ、騎士団にゃ見えねぇぞ、なんだテメエは!ああ?」


 フリッツが、男の威嚇にヘラッと笑いを返す。

 それが男の癇に障ったのだろう。

 短剣を振りかざし、襲いかかってきた。


「なにヘラついてやが……!」


 ヒュンッ!


 威嚇はもう聞き飽きたよ、

 と言いたげに、長剣が男の首もとを走った。


 その時、男には何が見えたのだろう。

 傾いた景色か

 流れ落ちる自らの血か

 崩れ落ちる自身の身体か

 それとも、すぐに視界が途絶えたか。 


 首が落ち、それを追うように身体が崩れ落ちた。


 男たちが暫し絶句する。


 ひと撫で…、ほんのひと撫でで…

 人の首が…落とせるなんて…

 化け物か…




 転がる男の首をチラッと見て、ゼクスが問う。

「……良いのですかな?、生かしたまま捕縛せんで…」


 フリッツが、冷徹な笑みを浮かべながら返す。

「一人か二人、連れ帰れればいいよ。

 あなた方も収まりがつかないでしょ」


 その言葉に、ゼクスの笑みは更に凶暴さを増した。

「ご配慮、感謝いたす」



 

**********************




 ハゲ頭の男は、足をもたらせながらもなんとか走っていた。


 後ろを振り返る。

 それなりの距離が稼げた。

 あの騎士団員は、追ってきてない。

 ホッとひと息ついて、再び前方を向く。

 

 すると、男の前方に別な人影が現れ、行く手を阻んだ。 


 そこには、剣を携えたアルベルトと、檻の鍵を開けた騎士団員。そのふたりの傍らにメリッサがいた。


「ク、クソガキ、こんなとこに!

 テメエら、そこどけ、どかねぇとぶっ殺すぞ!」


 アルベルトは、男を一瞥もせず、無駄な威嚇も全く意に介さない様子で、静かな口調でメリッサに確認する。


「…メリッサ、こいつで間違いないね」


「そう、アイツがあたしを攫ったの」


「……わかった。

 彼女を安全なところに頼む」


 騎士団員が了解の意を示し、メリッサとともに

森の闇に消えた。




 独りになり、アルベルトは改めて男と対峙する。


 男の背後では、ゼクスとフリッツの『蹂躙劇』が開始されようとしていた。

 男としても、もはや退ける状態ではない。

 前へ、前へ進むしかない。


 男の頭の中で、思考が目まぐるしく回転する。


  コイツを躱して逃げ延びてやる

  コイツの力量がどれくらいか分からねえが、

  後ろの化け物どもとやり合うよりは

  遥かにマシなはずだ

  しかし、いったいコイツ何者だ? 

  服装からみて、騎士団じゃねえ

  運送業組合の人間?

  ああ、その可能性はある

  コイツが騎士団に雇われて案内してきた

  あり得る

  おそらくそうだ

  ……なら…


「お、おう、アンタ。アンタ、騎士団じゃねえだろ。

 こんなトコにわざわざ来たんだ。奴らに雇われた組合の人なんだろ?

 ならよ、ソコ通してくんねえか。礼ならたんまり出すからよ。なぁ、頼むよ」


 しかし、アルベルトは男を一顧だにしない。

 ただ虚空に視線を彷徨わせるだけ。

 

「お、おいアンタ!き、聞いてんのかよ!

 なあ、通してくーー」

「私にはーー」

 男の懇請に被せるように、アルベルトが語り始める。独り言のように淡々と。


「私には、知人がいてね…。一家でパン屋をやってる。毎日美味いパンを作ってくれて…、おかげで、前よりも食事が楽しみになった。

 夫婦揃って善人なんだ。孤児院にパン作りを委託するよう頼んだ時、言ってたよ。人間、腹さえふくれてりゃ、悪さなんか考えないってさ……」

 

「……な、なに言ってんだ?アンタ…?

 そんな話どうでもーー」

「その夫婦に娘がひとりいる。かわいい子だ。

 しっかり者で、家の手伝いもしながら、学問所に通ってな。私が保護者をしている子、リンというんだが…、ふたりは仲が良くて、まるで姉妹のようでな。その様子を見ててずいぶん気持ちが和んだものさ」


「おい、俺の話聞いてんのかよ!さっさとソコ

どいて通しーー」

「その子がーー!」

 口調が一瞬厳しくなって、男の言葉を遮り、

 …そしてまた淡々としたものに戻った。

「その子が先日、攫われた」

「!!」


「リンと森にいた時、襲われたそうだ。

 その子はリンを守ろうと、健気に男に立ち向かっていったらしい…。

 妹を守るんだって……必死でな…」


 男に怖気が走った。

 淡々とした口調は変わらないが、空気が…

 アルベルトの周りの空気が熱を帯び…

 まるで陽炎のように揺らいで見えた。


「親父さんもお袋さんも、娘がリンを守って攫われたのに、リンを欠片も責めやしない。

 無事でよかったって逆に喜んでくれたよ…。

 夫婦揃って善人なんだよ、彼らは……。

 その人達が、私に頼んだんだ……。

 娘を助けてくれってな。

 泣きながら、私に頼んだんだ」

 

 アルベルトが、初めて男を見た。

 その目には怒り…。いや、そんな生やさしい気配ではない。

 近づいただけで焼き尽くされそうな、壮絶な殺気。


 男は思わず後退りした。

 久しく感じたことのなかった圧倒的な威圧感に、身体中が震撼する。

 それでもなんとか短剣を抜いて、震えながら身構えた。



 アルベルトが長剣をゆっくりと男に向ける。


「私が、貴様の言う『こんなトコにわざわざ来た』理由はな……」


 剣が月明かりに鈍色に光り、アルベルトの顔を

照らした。


「あの子を助け出して……貴様らを狩るためだ」

 

 

 


 

 


 

 

 

 



 

 


お読みいただきありがとうございました。


本章も佳境を迎えました。

少しでも「続き読んでもいいかな」と思って

いただけましたら大変嬉しいです。


末永くお付き合い下さいませ。


次回、タイトル予告通りの内容です。

ご期待下さい。


タイトル予告「蹂躙劇」

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